第21話
王子を蹴り飛ばしながら、誰もエリザベスを捕らえようとしない。公爵令嬢と王族、どちらが守るべきものか、比べるべくもないのに…。
思いがけない展開に、ロザリーは呆然となっていた。
「さて…」
ロザリーに向けてエリザベスは挑発的な笑みを見せた。
「何がひどいのか言ってごらんなさい、バーギン子爵令嬢」
一人で立っているだけなのに圧を感じる。エリザベスから滲み出る闘気にロザリーは恐怖を感じた。エイベルを頼ることはできない。自分で何とかしなければ。ロザリーはエリザベスを睨みつけ、指さした。
「人にワインをかけておいて、私をかばってくださったエイベル様にまで危害を加えるなんて!! 王族への反逆罪よ! 衛兵、早く捕まえなさいよ!」
しかしロザリーがどんなに叫んでも周囲の衛兵はその場に立って成り行きを見守るばかりで、エリザベスを捕らえる気配はなかった。
会場にいた目撃者もエリザベスの味方をした。それもそのはず、この周辺にはシーウェル公爵と懇意にしている貴族を集めているのだ。
「体当たりしたのは、ロザリー様の方でしょ?」
「シーウェル公爵令嬢はワインを持っていなかったぞ」
「確か、ワイングラスを持っていたのはバーギン子爵令嬢だ」
エリザベスは腕組みをし、ロザリーに冷笑を向けた。できるだけ怖く見えるように、格の違いを見せつけて。ここが見せ場だ。
「公爵令嬢であるこの私に冤罪を仕掛けるなんて、なかなか大した度胸ね」
「え、冤罪じゃないわ! エリザベス様が私に」
エリザベスが左手を挙げ、指を鳴らすと、エリザベスに近い場所の照明が落とされた。
「皆様、お動きにならないように。怪しい動きを見せたものは捕縛してよいと、王より許可をいただいています」
照明が半分に落ち、薄暗くなった会場でぼんやりと黄色く光るものがあった。
床に落ちているグラス。ロザリーの指。さらには後方にいるバーギン子爵の指も光り、子爵は慌てて指を近くのテーブルクロスにこすりつけたが、まだほんのりと光が残っていた。
給仕を担当していた者が一人、グラスの乗ったトレイを運んできた。赤ワインの入ったグラスが五つ、どれもステムが黄色く光っていた。
「確かにバーギン子爵様がこのトレイからワインの入ったグラスをお取りになりました。お取りになったのはお一人だけです」
給仕はそう説明すると、礼をして下がった。
「この辺りではスパークリングワインを提供させてましたの。この付近にいる方々には青いラインの入った蝶ネクタイをした給仕からは飲み物を取らないようお伝えしてました。本日の余興のためにね。皆様、ご協力いただき、ありがとうございます」
エリザベスは周囲に感謝の会釈をした。柔らかな笑顔を周囲に振りまき、会場をひとめぐりした視線がロザリーのところで止まった。
「この会場でこのグラスに触れたのは、バーギン子爵とあなただけ」
エリザベスは自らの手を広げた。白い手袋には何の色もついていなかった。手袋を取ったその手にも。
「私はそのワイングラスに触れてませんのよ?」
ロザリーはとっさに言い訳を考えたが、思いつくより先にバーギン子爵が逃げ出した。
「衛兵! この私を罠にかけようとした愚かな二人を捕らえなさい!」
エリザベスの命でロザリーとバーギン子爵は衛兵に捕らえられ、会場から連れ出された。
この後の二人の処分は王家に任せることになっている。もちろん罪状は公爵令嬢への冤罪行為だけではない。もっと大きなたくらみを暴くためのきっかけに過ぎないのだ。
緑のドレスに映える赤い色。
夜会には赤ワインを多めに。
ロザリーが赤ワインの入ったワイングラスを持っていた時点で、エリザベスは勝利を確信していた。陳腐な断罪を利用した婚約破棄の余興。ワンパターンないじめられ役に陶酔する小者など、公爵令嬢という肩書を武器にしたエリザベスの敵ではなかった。
「エイベル殿下を運んで」
エリザベスは運び出されるエイベルと共に会場を離れた。ここから先は婚約者ではなく、護衛としての役目だ。
騒ぎの裏で、ブライアン、キャサリン、そしてブラッドショー侯爵が王の呼び出しを受けていた。
ブライアンはキャサリンに手を引かれて北の塔の一室に向かい、キャサリンの願うまま激烈にまずい薬を素直に飲んで眠りについた。この後、薬の効果が消えるまでの数日間、北の塔で過ごすことになる。
ブラッドショー侯爵は拘束され、王の前で罪状を告げられた。
バーギン子爵と共謀し、二人の王子に薬物を盛った罪。エイベルに至っては発狂するか、下手すると命を落としかねない量だった。隠し持っていた薬、薬を盛るよう指示を受けた侍女の証言、薬の量や効き目をやり取りしたメモや、万が一エイベルが死んだ場合のバーギン家への補償を約束した書類も見つかった。
第一王子エイベルを追いやりブライアンを王太子にするため、自分の娘を王太子妃に、将来の王妃にするために仕組まれた事件。数々の証拠を前に、ブラッドショー侯爵は言い逃れることはできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます