第20話

 慣習になっていた夜会の準備品のプレゼントもなく、当日の迎えの約束も、待ち合わせる時間の問い合わせもなかった。エリザベスがエイベルに向けた問いの通り、エイベルはバーギン子爵令嬢ロザリーを選んだのだ。この夜会のパートナーも、そしておそらくこれから先も…。


 義父や義兄がエスコートを申し出てくれたが謹んで断り、あえて一人で会場に向かうことにした。周りからつまらない噂を立てられようとも、悪目立ちしようとも恐るるに足らず。



 エイベルが聞かなくとも、エリザベスと仲のいい侍女ヘレンが事前にエリザベスの当日のドレスを確認し、瑠璃色のドレスに合わせてエイベルにも青を使った衣装を準備していた。しかしエリザベスは青は着ないだろうと予想していた。そしてその予想通り、当日になってその服に汚れが見つかり、着ることはできなくなった。

 タイミングよく新人の侍女アリーが別の服を出してきたが、緑でまとめられ、小物まで全て準備済みだった。

 エイベルは出されたままそれに着替え、アリーは自分の選んだ服が夜会用に選ばれたと得意げな顔をした。

 しかし王子が着替えを終えて夜会に向かった後、アリーは衛兵に連れられて別室で聴取を受けた。


 アリーはブライアンの推薦で城の侍女になり、最近エイベル担当になったばかりだった。ヘレンが事前に選んだ服は衣裳部屋にあり、侍女であれば誰でも触れることができ、アリーが汚れをつけたのを護衛の一人が目撃していた。

 アリーは何故緑を選んだのか。エイベルが持っていない緑の刺繍の入ったタイ、エメラルドのタイピンを用意したのは誰か。

 さほど問いつめられないうちに、アリーは頼まれて言われたとおりに準備したことを自供した。王子の宝飾品にまで触れる権限のないアリーに準備させるため、緑色の装飾品を依頼主が用意していた。王子がつけても遜色のない上等な品を用意できる人物。その依頼主はキャサリンの父親、ブラッドショー侯爵だった。


 アリーの父親は侯爵から支援を受けていて、アリー自身も侯爵のおかげで王城の侍女の職に就いており、侯爵の頼みを断ることはできなかった。しかも悲恋の王子と聖女の仲を取り持つ演出だと言われれば断る理由もなく、むしろ喜んで引き受けていた。

 こんなことがおとぎ話のように大団円につながる訳もないのに。




 エリザベスが城に着くとすぐにエイベルの服は青ではなくなったと聞かされた。そもそも出迎えにも来ていない。全ては想定通りだ。

 好奇心に満ちた視線にひるむことなく、エリザベスは一人会場に向かった。


 二人は既に会場入りしていた。

 公の場で、婚約者を目の前にして揃いの色の服を着たバカップル。

 エリザベスは気合いを入れ、奥歯をかみしめた。

 いつでも来い。


 エリザベスは婚約がなくなること自体は別に構わなかった。所詮はつなぎの婚約者役だ。しかし今の王子の相手ロザリー、この女が将来王太子妃になることだけは許せない。聖女としても偽物。自分の意を通すために平気で嘘をつき、人を脅すことに罪悪感を持たない。薬を使って権力者の心をつかむような女からこの国を、エイベルを守る。それこそが護衛としての自分の勤めだ。


 エイベルはあちこちから挨拶を受けていたが、さすがに婚約者でもないロザリーを連れて回ることはなかった。薬に犯されながらも理性的な判断をする。ロザリーにとってもままならない相手なのかもしれない。


 エリザベスは時が来るのを待っていた。断罪されるなら二人がそろってからだと思っていたが、気がつけばロザリーが目の前にいた。ロザリーは自分の手に持っていたワイングラスを自分自身に向けて傾け、エリザベスに体当たりしてグラスを床に放り投げた。


 ガシャーーン


 ガラスの破壊音に会場は静まり、全ての視線がエリザベスとロザリーに向けられた。これがスタートの合図だ。

「ひ、ひどいわ、エリザベス様」

 ロザリーの悲鳴にエイベルが駆けつけた。ロザリーはエイベルの背後に隠れ、エイベルの腕に両手でしがみつきながら少しだけ身を乗り出してエリザベスを見ていた。

 淡い緑のドレスを染め、床にも散らばるワインの深い紅色が、エイベルに仕組まれた言葉の再生を促した。

 怒りのままに、エイベルは会場にいる貴族たちの前で叫んだ。

「エリザベス・シーウェル嬢、聖女ロザリーに対する数々の嫌がらせ、目に余る。おまえとの婚約は破棄だ!」


 すぐさまエリザベスはドレスの裾を引き上げ、深々と礼をすると

「承りました」

と返した。

 あまりの即答に周囲からどよめきが起きていた。

 自分が承諾したのだから、これで収まるだろうか。エリザベスは裾を握ったまま緊張していた。

 しかし、エリザベスの期待も虚しく、エイベルは言葉を続けた。

「そして、私は」

 まずいっ!

 即座にエリザベスは裾をさらに引き上げ、次の瞬間青いドレスの裾が花開くように広がった。綺麗な弧を描いた美脚の回し蹴りを喰らい、エイベルはその勢いで吹っ飛んだが、その先にいた護衛のフランクが素早く体を受け止めた。エイベルは気を失っていた。

 エイベルの背後でこれからの断罪を思い浮かべ、ほくそえんでいたロザリーは、突然目の前の盾を失い、すがるところのなくなった手をさまよわせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る