第17話

 ロザリーの切り替えは早く、次のターゲットはエイベルだった。

「国を守る王太子様の隣に聖女がいれば、国は安泰です」

 自分こそ王太子妃にふさわしい宣言から始まったロザリーの接近。

 まためんどくさいのに狙われたと思い、当初からロザリーが何か仕掛けを持っていると疑っていたエリザベスは、ロザリーのエイベルへの接触を避け、差し入れも全て止めていた。自分がいない時はモーガンに引き継ぎ、ロザリーのつけいる隙は作らないようにした。



「殿下がロザリー嬢をかばって水を被った」

 その事件は、エリザベスが苦手なイングレイ語の補講を受けていた時に起こった。

 自分が守られる立場のくせに、嫌がらせを目撃してロザリーをかばい、バケツの水を被ったエイベル。とっさのことでモーガンにも防げなかったらしい。


 水をかけた令嬢は捕らえ、学校側に引き渡し済み。エイベルは既に城に帰っており、後は王家が対応することになった。そうモーガンから報告を受けて、エリザベスはこの一件は解決済みとみなして帰宅した。



 ところが、翌日会ったエイベルは何故かエリザベスを睨みつけてきた。そしていきなり

「これからは昼休みも来なくていい。おまえは俺についている必要はない」

と言われた。理由もわからず拒否されたことがエリザベスにはショックだった。友達だと思っていた今までがちょっとなれなれしくしすぎたのかと反省してみたりもしたが、どう考えてもおかしい。

「承知しました」

 エリザベスは一礼して一歩退いた。

 エイベルに付き添うモーガンの目がエリザベスを見てわずかにさまよった。同情でもなく、貶むでもなく。


 護衛はモーガンに任せるにしろ、この変化の理由を突き止める必要がある。エリザベスは手始めに昨日の事件を再調査することにした。

 水かけ事件が起こったのはエリザベスの補講が始まってすぐ。補講が終わると事件があったことが伝えられ、エイベルは帰ったとモーガンに言われた。

 事件を見た者を探して話を聞き、事件現場に行くと、かすかに嗅ぎ慣れない匂いがした。水撥ねしたのか周囲の植込みの葉に部分的に色が変わっているものがあり、エリザベスは数枚の葉と、窓の下の少しだけえぐれた痕跡のある土を集め、袋に入れた。


 全身びしょ濡れになり、着替えのためかエイベルは校舎の中に移動したが、モーガンだけでなくロザリーもついて行ったようだ。どの教室に行ったのか、行先まで知っている者はいなかった。


 事件を起こしたジョアン・レストン子爵令嬢はモーガンが捕らえ、その後教師に引き渡したと言っていた。教師に話を聞きに行ったが、昨日は泣くばかりで話を聞ける状態でなく、家の者が迎えに来たので一旦帰宅させていた。ジョアンは今日は学校に来ず、昼前になって家の者から退学届が提出された。


 放課後にレストン子爵家を訪ねたが、ジョアンはいなかった。王子の護衛として王城から確認に来たと告げると子爵が応対に出てきたが、エリザベスを見て若い女の護衛に緊張感をなくし、安堵したのが見えた。王城からの取り調べにもかかわらず担当者を家に通す気もなく、このまま玄関先で追い払おうと思っているようだ。エリザベスは子爵を一瞥し、

「ご令嬢ジョアン殿にお会いしたのだが」

と要件を告げると、エリザベスから滲み出る圧にびくりとしながらも淡々とした口調で答えた。

「人違いだろうと殿下に対してあのような振る舞い、許されるわけがありません。娘は勘当し、即刻修道院に送りました」

 ターゲットを誤ったとはいえ、王子に水をかけたとなれば娘は厳罰を下され、下手すれば家は取り潰しだ。王家からの処分を待たず急ぎ修道院送りにしたのは体裁を整えるためか、それとも娘の命だけでも守ろうという親心なのだろうか。


 エリザベスは公爵家の護衛にジョアンの行方を追跡させた。すると修道院にいたのは子爵家の侍女で、途中でジョアンは馬車を乗り換え、身分を偽って隣国に出国したことがわかった。

 用意周到すぎる。



 モーガンの挙動もおかしい。エイベルがあの日城に戻った時間を確認すると、モーガンがエリザベスに報告に来た時にはまだ城に戻っていなかった。しかもその日モーガンはエイベルと一緒に城に戻っていて、その時刻は予定より一時間ほど遅れていた。エリザベスが補講を終えた時、エイベルが学校のどこかにいたにもかかわらず、エリザベスには会わせないように嘘をついていた。一体何を隠そうとしていたのだろう。


 エリザベスが調べた内容は公爵を通じて王城に報告されたが、レストン子爵への調査は一旦終了、モーガンの件は王城預かりとなった。エリザベスには詳細は知らされないが、裏で動いているようだ。エリザベスにはエイベルの様子を心配する婚約者として遠くから引き続き観察するよう指示が出た。なるほど、そういう役目には「婚約者」は都合がいいのは理解できた。



 エリザベスを遠ざけて以降、エイベルはロザリーと過ごすようになった。

 学校の中で公然と腕を組み、いつからか揃いの腕輪をつけている。エイベルはロザリーから手渡された飲み物や食べ物を躊躇なく口にし、それをモーガンも止める様子がない。視線は常にロザリーに釘付けで、今まで女性に向けたことのない優し気な笑顔を振りまいている。エリザベスは黙々と観察していたが、妙に不快だった。


 外で食べる物には注意しなければいけないのに、あんな怪しい物を口にして。指や腕への装飾は邪魔になると嫌がっていたくせに、ロザリーからのプレゼントなら受け入れるようだ。ロザリーを目で追ってにやけているが、友情と恋とではあんなに視線が違うものなのか。

 エイベルもその弟のブライアンもこれまでは王族として常に表情を大きく崩さず冷静さを保っていた分、見ているだけで恥ずかしいデレデレした表情が無性にイラついた。



 ロザリーは令嬢らしい振る舞いができず、周囲の者から浮いていて時々嫌がらせを受けていたが、しばしば自分の持ち物を傷めたり、何もないところで突然転倒して見せたりすることがあった。自虐癖でもあるのかと思っていたら、噂によるとエリザベスがロザリーをいじめていることになっているらしい。

 エリザベスは嫌がらせ実行犯達を捕まえ、ロザリーに嫌がらせをしないように「お願い」した。代わりにロザリーの怪しい動きを見かけたら報告するよう依頼し、情報提供者には銅貨を1枚、情報によっては銀貨を、お金を受け取れない者には意中の人の情報を1つ渡すことにすると、誰もがエリザベスのお願いを聞くようになった。

 

 令嬢達のいじめがなくなると、入れ替わって下位貴族の令嬢がロザリーに何かを仕掛けるようになった。こちらの実行犯も捕まえて聞いてみると、ロザリーに弱みを握られ、あるいは金銭を受け取っていじめを演じ、捕まった時にはエリザベスの指示でやっていると証言することになっていた。エリザベスはロザリー以上の金額を積み、次に依頼があれば報告するよう、これまた「お願い」をした。ロザリーの指示に従うかどうかは当人に任せ、もしそこで自分の名を出しても罰することはないと約束した。令嬢達は皆安堵の表情を見せた。


 今回の件では公爵家の金を好きなだけ使っていいとは言われているが、金をちらつかせれば簡単に寝返る者が多く、金の力は怖いと改めて感じた。

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