第18話

 水かけ事件のあった場所から持ち帰った葉や土を王城の薬師が分析し、一時期異国で流行った高揚感を高める依存性の高い薬が含まれていることがわかった。呪術師が心を操る術をかける時に補助薬として使われることでも知られている。幸いなことに王家お抱えの薬師は解毒薬の処方を知っていた。いろいろ混ぜられてパワーアップした解毒薬は、良薬口に苦しの手本のような出来映えだ。どうやって飲ませるかが悩みどころだが、背後の黒幕をおびき出すため、解毒薬の使用はもう少し先送りされることになった。

 エリザベスは日々顔色が悪くなっていくエイベルが気がかりだった。



 王城では近く夜会が開かれることになっていた。

 夜会は好きではなかったが、今回はロザリーが参加すると聞いている。この会を利用してロザリーが何かを仕掛けてくる可能性は高い。不謹慎ながらエリザベスは少しわくわくしていた。


 金で味方についた令嬢から面白い話を聞いた。

「ロザリー様は夜会で淡い緑のドレスを選んだそうです。赤い色を引き立たせたいとか」

「そう。緑ね」

 夜会でロザリーとドレスの色が被っては最悪だ。緑のドレスは避けることにした。

 エリザベスは銀貨を一枚つまんで手渡した。かっこよく悪っぽく見せようとしたが、あやうく銀貨を落としそうになってお手玉のようになり、格好がつかなかった。



 学校の廊下ですれ違いざま、エリザベスはエイベルから声をかけられた。話しかけられたのはずいぶん久しぶりだったが、不機嫌を隠さず、睨みつけながらいきなりエリザベスを責め立ててきた。

「ロザリー嬢が階段から突き飛ばされた。大きな怪我にはならなかったが、おまえの指示でやったと証言を得ている」

 近くで見たエイベルは顔が黄色みをおび、肌が荒れて吹出物ができていた。薬がきついのだろう。しかし目は正義に燃えて、打倒エリザベスとばかり聖女のために戦う意欲を見せている。

 廊下で話すような内容ではないが、滅多に燃えない男の見せたやる気、受けて立とう。

「そのような事実はございません」

 エリザベスは友人としてではなく、婚約者の王子と向き合っていることを示すため、丁寧な言葉遣いをした。

「そうした事故があったとは伺っております。ですが、それと私にどのような関係が?」

「しらばっくれるのか」

 一方の言い分しか聞かず、証拠もない状態でエリザベスを責めるエイベル。目つきもおかしく、これは夜会で何か仕掛けてくる前振りに違いない。そう思ったエリザベスは、はっきりと自分の意向を伝えた。

「身に覚えのないことで責められるのは不本意です。…ですが、殿下が私よりバーギン子爵令嬢をお選びになるというのでしたら、私に異存はありません」


 今度の夜会、ロザリーを選ぶんだよね?


 そう聞いたつもりだった。しかしエイベルは何も言わなかった。

 エリザベスは一礼して、振り返ることなくその場を立ち去った。

 エリザベスが婚約者役にしがみつこうとしているとでも思っているのだろうか。エイベルの勘違いを、エリザベスは鼻で笑った。

 王子の婚約者であることに未練など何もない。

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