青い野球帽
神連木葵生
遺言配達便
僕はもうすぐ死んでしまうらしい。
これは確実に訪れる未来。
夢の中で何度か逃げようとしたけどそれは叶うことは無かった。
僕が死ぬことは必然の未来。
だからこそ、その未来を知ることで特別な権利を得ることが出来た。
僕はこれで何ができ、誰を助けることができるだろうか。
・未来の自分の死を確信した方を対象にした、死後の所有物配送サービスです。
・手紙、声、物品、何でも配達させて頂きます。
・お代は魂のカケラ一つで、どんな物でも、どんな時でも。
・何か心残りはございませんか?
「青い野球帽」
僕はもうすぐ死ぬだろう。夢で何度も見た。
目の前にある震える銃口。そこから破裂音と共に弾が発射される。
それだけしか分からないけれど、これは確実に訪れる事実だと僕は知っている。
そしてこの事実で、僕は生きていられないことも知っている。
幼い頃から僕は色々なものに対して不器用だった。勉強、運動、遊び、もっとたくさんの事が苦手だった。
けれど一つだけ僕だけが出来ることがあった。
それは予知。
細かくコントロールできる
その中で自分の死を知った。
「ごめんなさい。死後に届けたい物が考えつかないんだ」
「えっ」
開口一番そういうと、元死神だと言うの男は意外そうに声をあげた。
「自分で言うのも難ですけど、けっこう人気なんですよ? 遺言配達。便利ですよ? ありませんか? よーく考えて頂いて……」
深紅の名刺をズイと押し付けてくるものだから受け取ってしまうけれど、名刺を見て考えてみても贈りたい人、贈りたいものが思いつかない。
それで誰かを助けられたら良いなとは無意識に思ったけれど。
「じゃあ、贈りたいものができるまで、ちょっと待ってて下さい」
「あ、はい……呼べばすぐに出てきますので……」
黒づくめの男の人が気のない返事をする。案外面白い人なのかもしれない。
贈りたい人が居ないと言っても、そう思う人が居ないわけではない。
「いってらっしゃい」
鈴の鳴るような声が背中にかかる。
ドアを開けながら振り向き、その向こうの人に手を振る。
「行ってくるね」
その人は長い黒髪をゆるく結んだ美人。いつもながら自分の恋人は綺麗だと思う。そして優しい。僕にはもったいない人だ。その彼女も不思議な力がある人だった。その力で今は占い師をしている。そういった不思議な力が、お互いを引き寄せることになった。
だから僕の逃れられない死も、既に彼女に伝えてある。彼女は寂しそうな顔をしたが『これも運命なのね……』といって受け入れてくれていた。
そして、いつも日々の感謝は常に、お互い伝えるように心がけていた。
いつ何があっても悔いが残らないように。不思議な力を持つ二人がゆえに。
というわけで彼女には遺言配達便はいらないだろう。
次に友人たちとなるが、
「よお」
背の高い筋肉質の一人が片手をあげ、
「おはよ」
細身のオシャレな彼が挨拶してくれる。
僕には幸運にも親友が二人いた。
「今日もあの美人の彼女に見送りされてんのか。羨ましいぜ~」
怒りっぽいが力自慢の彼と、
「アンタも早く彼女作ればいいだろ。彼女はいいぞ~」
ずる賢いが頭の回る彼。
「君の彼女も美人だもんね」
「二人ともオレに対する当てつけだな!」
「まぁ、どんな女を作っても、俺の彼女が一番だけどね!」
小さい頃からいつも三人でつるんでいた。
僕は二人に付いていくのがやっとだったが、最終的には彼らと共にあった。
僕らは毎日野球で遊び、その延長でアマチュア野球の選手にまでなった事もある。
もっとも数年も持たずに、所属チームを辞めてしまったが。
それでも三人でつるみ、あれやこれやと仕事を見つけたり、辞めたり、と繰り返していた。
だが、貯まったのは貯金でなく借金だった。
その働き方が悪かったと言えばそうなのだろう。自業自得と言えばそうなのだろう。
そんな三人にとって運命の時は音もなく現れた。
「お前らの借金、チャラにする方法、教えてやろうか?」
怪しげな黒塗りの車からサングラスの男が囁く。お金を借りている会社の社員だった。
その会社自体に普段から怪しい噂はあったが、自分たちがそれに巻き込まれるとは、思っていなかった。
選択肢があるようでいて、選択させない雰囲気を出している。
後で来いと言われた場所に行ってみれば、どこぞの廃墟に大きなテーブルが置かれ、その上には銃器が各種ゾロっと並んでいた。
さすがにそれを見て僕たちは青い顔を見合わせた。ゾクリと背筋が寒くなったのを覚えている。
サングラスの男に囁かれる度に、その場のやばい雰囲気が増していった。
「コレで銀行襲ってこい」
朝食を頼むように気軽に言う。
力自慢の彼が何か言おうとするが、サングラスは言わせようとはしない。
「借金返済の期限はとっくに過ぎてんだ。待ってやって更には返済の方法を提案してやる、そんな俺らの方が優しいくらいだろ?」
頭の回転が早い彼も何か言おうとするが、男のサングラスが光る。
「他に返済の手はあんのか? てめぇらの抱える金額はもう個人が支払える額じゃねぇから、俺らに世話になってるんだろうが」
言われてしまうとグゥの音も出ない。
僕が最後にでも、と言うと同時にサングラスの男は、
「覚悟を決めろ」
短くそう言って、廃墟から姿を消した。
重い沈黙が辺りに広がる。
みんなの視線が銃器に行き、また床に移った。
何度かそれを繰り返したあと、力自慢の彼がテーブルの上にある拳銃とショットガンを取る。
「ぎ、銀行強盗なんて、コイツら見せれば楽にできらァ! サッサとやってサッサと終わらせて借金チャラだ!」
頭の回転が早い彼は壁に背を預けていたが、その目は冷静にどの武器にするかを見定めていた。
「テーブルには指定の銀行の見取り図もある……準備しておけば比較的成功率が高い……」
僕は銃を取るのも怖かったし、銀行強盗のことを考えるのすら怖かった。
「……ほ、本当にやるの……?」
二人の動きが止まる。だが二人の沈痛で焦りの顔は一つの言葉を表していた。
「やるしかないだろう」
どちらが言ったのかは覚えていない。
僕たちには選択肢がなかった。
三人でそれぞれ二つずつ、銃が入った荷物とお金を入れる用のバッグを持ち、目出し帽をかぶった。
そして見取り図に描かれていた大きな銀行に乗り込む。
「お、俺らは銀行強盗だ! 全員手を上げて、大人しくしろ!!」
力自慢の彼が代表して声を上げると、銀行員も客も悲鳴を上げて従った。
その銀行員と客をホールに集め、全員しゃがむように銃で促す。
「ひぃ、お助けを……!」
「静かにしてもらえますか……」
嫌だったけど、自分で選んだ拳銃で声を上げた人に注意した。
「はいぃ!」
注意した人はまるで化け物を見るような目で、こちらを見上げる。それがとても痛く感じる。
「金を袋に詰めろ! 早くしろ!」
力自慢の彼が怒鳴ると、担当の銀行員たちは、大慌てでお金をこちらが用意した袋に入れていく。
ここまで銃を発砲することは無いことは有難い。
これが済めば袋をもって、裏口の外にある車で退散。そうすれば銀行強盗が達成できる。
誰の被害もなく。いや、銀行側の被害は痛いだろうけれど。
そんな甘い事を考えていた時、
パァン!
銃の発砲音が響いた。まさか!?
「大人しくしろって言っただろ!」
頭の回転が早い彼が天井に銃を向けている。一発撃ったのだろう。
「何をしているの!」
撃つ予定はなかったはずだ。思わず声を上げる。
「こいつが余計な動きをしたからだ!」
頭の回転が早い彼が目の前にいる尻もちをついた男を銃口で指し示す。
尻もちをついている男は、一般の人でその眼光は鋭い。
悔しそうにしているが、隙あらばこちらに襲い掛かろうとしているのが、嫌でもよくわかる。
「お前たちの思うようにさせるものか!」
正義感あふれる人なのだろう。だが、いま冷静さは欠けているのは痛い。
僕がその人を止めようと近寄ると、その人は頭の回転が早い彼に襲い掛かった。
パァン!
「ぐぁっ!」
向かっていった男が撃たれて地に伏せる。苦しむ姿を見るに命に関わる所では無いようで、撃たれてはいるが一安心する。
「何を……」
言いかけて、銃口がこちらに向いているのに気づいた。
「お前もなんか文句あるの? あるならお前も撃つよ」
そう言われては引き下がるしかない。
自分も銃を持ってはいるが、彼と撃ち合いになるのは、勝ち負けに関わらず避けたいと思った。
きっと不器用な僕が負けるに違いないけれど。
けれど、そこで彼と対決をしておけばよかったのかもしれない。
ジャキッ。
彼が自動小銃を構え始めたからだ。
「何を……!」
今度こそ止めようとしたけれど、彼の手で退けられてしまう。
「どけっ」
頭の回転が早い彼が笑っているのがわかった。純粋な笑いとはちがって、その顔が歪んでいた。
それを遠くで見ていた力自慢の彼が様子を察して、声をかけようと口を開けた瞬間だった。
ダダダダッ!
自動小銃は人質たちに向けられ、撃たれた人たちが悲鳴も上げられず衝撃に撥ねるのが見て取れた。
僕は、ただ、ただ、その信じられない光景を見ているだけしかできなかった。
「……ふうっ」
頭の回転が早い彼が一息つくころには死屍累々の地獄絵図が出来上がっていた。
濃い火薬の臭いと血の臭いが漂ってくる。
命がまだ尽きてない人も、あー、うーとうめき声をあげている。
なんて事を……
こんな事をするはずじゃなかった。
自分たちがしてしまった事に激しい絶望を感じていた。
視線を投げれば、力自慢の彼も同じように絶望しているように見える。
「お前、なんて事を……」
彼が言うと、頭の回転が早い彼が「どうしたの?」というように小首をかしげた。
「銃があって、たくさんの『的』があった。そうしたらやることは一つでしょ」
いつもの彼とは全く違って見える。
「お前も撃ってみたらわかるよ」
嬉しそうに言っていた。
トリガーハッピーというにはおぞましい顔をしている。
事件の前まで「どう終わらせるか」を考えていた彼なのに。
どうしてこんな事に。僕はどうしたらよかった?
握っていた銃の硬さを嚙み締める。その腕をゆっくりと上げた。
「何お前、こっちに銃を向けてるのさ」
頭の回転が早い彼がドスを聞かせた声を出す。機嫌を損ねた時の声だと、長年の付き合いでわかる。
だが、銃は彼に向けたまま動かさない。
「……やりすぎ、だよ……」
言おうとするが、口の中が震えてしまってうまく言えない。けれど彼には伝わったらしい。
「俺にやりすぎとか、お前、誰に歯向かってるかわかってんの?」
彼も僕に合わせてか、自動小銃から拳銃に持ち替えて、こちらに銃口を向ける。
ただ、その銃口は自動小銃を撃った影響なのか分からないが、少し震えていた。できれば、それが長年の付き合いの迷いであると、思いたい。
それと同時に、彼と真っ向から喧嘩した記憶を思い出す。いつも僕がボコボコにされて、でも僕は最後まで負けを認めなくて、結果的にドローになっていた。
僕は今回も負ける気はない。というより、彼に勝たせてはいけないと思っていた。
静かに安全装置を外し、ガチリと撃鉄を指で引く。
「くっ」
その音に頭の回転が早い彼が唸る。
「お前たち、仲間同士でやめろよ‼」
力自慢の彼が割って入ろうとするが、僕が手で制す。
これだけは誰にも邪魔はされたくなかった。例え長年の仲間だとしても。
でも、こんな状況を望んではいなかった。
どうすればよかった?
友人と銃を向け合う、これが答えなのか?
出ない答えを反芻し続け、耳が痛くなるような緊張がその場に張り詰める。
パパァン!
二つの銃声が重なる。そして倒れるのは頭の回転が早い彼ではなく、瘦せぽっちの彼の身体。頭の回転が早い彼が撃った場所は、瘦せぽっちの彼の額。頭の回転が早い彼に向けて撃った弾は、彼の腕をかすっただけだった。
「お呼びですか?」
倒れた身体のすぐそばに、黒いコートを着て、灰色の髪を伸ばした男が現れた。
だが、残された二人はその男に反応することは無い。その姿が見えていないのだ。
反応したのは額を撃たれた彼だ。
「あぁ、君と契約したくて……」
倒れていた身体を起き上がらせると、瘦せぽっちの彼の身体は透けていた。
そして撃たれた身体は静かにその場に残った。
黒づくめの男に立ち上がるのを手伝ってもらう。
彼は自分の穴の開いた額を気にしたが、その穴からは血も何も出る様子がなかった。
「僕は死んだの?」
彼が問うと黒づくめの男はコクリと頷いた。
場違いな胸に差した薔薇も頷いたように見えた。
「えぇ。大体の場合、人間は額を撃たれれば死にますから」
そんな話をしていると生きている二人の男が叫びあう。
「なんで殺した!! 何年も付き合ってきた仲だろう!!」
「うるさい! 何年も付きまといやがって! お前もだ!」
頭の回転が早い彼が力自慢の彼に銃口を向けた。
つられて力自慢の彼も手に持っていた銃を向けた。
「ほら、お前も俺を撃つつもりなんだろ!?」
頭の回転が早い彼が言うが、しまったと舌打ちをする力自慢の彼。
「お前が銃を向けるからだろう!! 銃を下せよ!!」
力自慢の彼が手を伸ばそうとするが、頭の回転が早い彼は近づくなとばかりに銃を構え直す。その奥歯が噛み締められたのが分かったのは本人だけか。
「いつもいつも、俺に指図をするなァ!」
パァン!
銃口から煙が上がった。それは力自慢の彼の銃だった。
「あ? あ……」
自分の胸に穴が開いたのを確認すると、頭の回転が早い彼がずるずると崩れ落ちていく。
「くっ、間に合わなかった……」
痩せぽっちの彼が呟く。できるなら彼らも救いたかった。自分にできるなら。
だが、人の死の運命をたやすく変えられるようにはなっていない現実がある。
いくら予知の能力がある痩せの男であっても。黒づくめの男はそれは黙っていることにした。
「貴方様のご希望は……」
「できれば生き残った彼の命を助けたい。あらゆる手を使っても」
「ふむ」
力自慢の彼は自分の手を、手に握られた銃を見ていた。
仲間を仲裁し助けるどころか、この手で殺してしまった。
この仕事は誰の血を見ずにできるはずだった。
簡単な仕事なはずだった。
なんでこんなことに……
「父さんっ!」
泣き声と共にそんな叫び声が死屍累々の中から聞こえる。
「!?」
おもわず力自慢の彼はそちらに銃を向けた。
それは青い帽子を被った少年だった。
「少年を守りたい!」
瘦せぽっちの彼は、生きてる内に出したことがないような大声で叫んだ。
「はい」
黒づくめの男がそれに答える。
パァンッ!
力自慢の彼が驚きに少年に向かって発砲してしまう。
その弾丸は少年の前に躍り出た痩せぽっちの彼に被弾した。
「なっ!?」
力自慢の彼が声を上げると同じく、少年もその寄りかかってくる遺体に驚いていた。先ほどまでそこに無かったはずだ。
飛び出してきたように見えたが、どう見ても彼は生きてはいない。
目出し帽から見える見開かれた虚ろな目、ポカンと開いた口、だらりとした四肢。それは確かに生きてはいないように見える。
しかし、それが勝手に動いて少年を守ったのである。
力自慢の彼も少年も混乱していた。それが冷静にもさせた。
少年を殺すべきか否か。
彼は普段ならもっと冷静に違う事を考えられるはずだが、今の異常な環境で必死に逡巡していた。
殺さないと、いや、殺すべきではない。
また遺体が動くのではないか? 先ほどだけのものか?
銃を握る手に力が入る。しかし、と力を抜く。それを繰り返してた。
少年も覆いかぶさる遺体を見つめ、それを避けて銃を持つ彼を見つめ、どうするべきか考えていた。
その中でふと、少年の被っていた帽子がコロリ、と転がって落ちた。
瘦せぽっちの彼はそれを見て、「あ」と声をあげた。対して力自慢の彼は、たかが帽子と意識から弾いていたようだが。
「あれは……!」
透けた瘦せぽっちの彼が近寄ると、取れない手で帽子を取ろうとしていた。
「何かありましたか?」
黒づくめの男が問うと、瘦せぽっちの彼はにこやかな顔を見せる。
「これ、これをアイツに注目させたいんだ!」
薄く透けた手で必死に青い帽子を主張していた。
「この帽子を!」
力自慢の彼が少年を注視している中、その耳元にそっと聞こえるものがあった。
『転がった帽子を見て』
「ッ!?」
確かに聞こえた。瘦せぽっちの彼の声が。聞こえたその方向に顔を向けるが彼がいるわけでもない。
いまだに彼の遺体は少年の傍にある。
だが確かに聞こえた。
十数年聞いてきた声だ。間違うはずがない。
声に注目していたが、彼の言った言葉『転がった帽子を見て』というその言葉に意識を向けた。
床に転がるのはただの青い帽子だ。
それは少年が被るにしては、少し古ぼけた野球帽だった。おそらく父親のものか。
前面に野球帽らしく、チームの頭文字がワッペンになっている。
その頭文字は……B、その刺繡は男が見知ったブルータイタンズのものだった。
「!! お前、ブルータイタンズが好きなのか……?」
力自慢の彼がぼそりと呟くと、少年が飛び上がるように驚いた。こんな状況で話すことではない気もするが、これが力自慢の彼の仲ではとても大事な内容だった。
「え!! あ……、うん。ブルータイタンズ、好き……!」
少年も困惑して答えるが、彼の中でも野球の話は重要なカテゴリーだった。このチームの話は特に。
瘦せぽっちの彼も思い出していた、その所属していた野球チーム。
チームの歴はさほど長くはない。自分たちの所属と数年後の離脱と、同じぐらいの歴史しか持っていなかったはずだ。
「もともとは父さんが好きだったけど、僕も小さいころに試合みた!」
聞いては見たが、では試合を見たと言ってもきっと少年の記憶には残っていないだろう。
そんな風に力自慢の彼も、瘦せぽっちの彼も思っていた。
だが、
「とても力強いピッチャーと、すごく頭のいいキャッチャーと、ここ一番の勘で打つ痩せのバッターが最高なんだ!」
挙げていった選手はすべて自分たちのことで。
一瞬、顔で気づかれないかと思うが、その時気づく、自分たちが目出し帽で顔を覆っていることに。
合わせて気づく、自分たちが銀行強盗をしていることに。
「僕も彼らみたいにすごい野球選手になるんだ! だから殺さないで……!」
少年の中ではその『選手たち』は今も少年の中で生きていて、今現在も憧れのようだった。
眩しい。眩しいその様子に瘦せぽっちの彼は目を細めて微笑んだ。
対して力自慢の彼は肩を落として泣いていた。
少年の中の輝かしかった3選手は堕ちてしまった。堕ちて銀行強盗をして、人を傷つけ、仲間割れで二人は命を落とした。
こんなみっともない事があるだろうか。
今、自分たちがその選手だと言ったら、きっと絶望させてしまうかもしれない。
自分たちの青春は野球にあった。
諦めずに野球を追い続けるべきだったかもしれない。
けれど、自分たちは諦めた。
色んなものを諦めた結果がこれだ。
悔やんでも悔やみきれない。
力自慢の彼は膝をつき崩れてしまう。
そしておもむろに銃口を自分のこめかみに向け、
パァン!
銃声はハッキリと鳴ったが、弾丸は彼には届かなかった。
「間に合った……」
瘦せぽっちの彼は流れない冷や汗をぬぐった。
「ギリギリでしたね……」
黒づくめの男もドキドキとする胸を抑えると、胸の薔薇がゆらりと揺れた。
本当にギリギリだった。瘦せぽっちの彼の『予知』が働いたからこそ間に合った一瞬だった。
力自慢の彼と銃の間には瘦せぽっちの彼の頭があった。
その大きな身体を抱きしめるように覆いかぶさっていた。
その身体は少し暖かく感じるのは気のせいか。
「なん、でっ!? おま、え……!!」
何故、瘦せぽっちの彼が少年のところから、ここに移動してきたのはわからない。
わからないが、力自慢の彼が泣きながら、瘦せぽっちの彼の遺体を抱きしめた。
痩せの彼はきっと言っている。間違いなく。「生きろ」と。それが痛いほど伝わってきた。
自分たちはどこで間違ってしまったのか。
こうなるはずではなかった。
手や身体が血で汚れるはずではなかった。
銃で人を撃つはずではなかった。
人から金銭を奪うはずではなかった。
こんなはずでは、
銀行に激しい嗚咽が響き渡った。
その後、警察が突入するころには、無抵抗の犯人とおぼしき男が一人いた。
銃で撃たれた重軽傷を負った人たちは、応急処置がしてあり、唯一無傷の少年は男の無実を唱えていた。
中で遺体が移動したと男と少年は主張したが、それは何かの間違いだろうと、なかば強引に処理された。
事件は死者が出る大きな事件ではあったが、残った男はけが人の応急処置や、仲間割れとはいえ凶悪犯を射殺した功績もあり、罪は通常にしては軽いものとなった。
少年は男と面会を重ね、数年後には優れた野球選手になることを切望されていた。
やがて男は刑を終えた。そこに成長した少年が来て記念撮影をしたとき、その少年の手には青い帽子があったという。
アンティークの部屋で、心地よい音楽が小さなレコードから奏でられている。
「今日は豊作ね」
薔薇は三つならんだカケラを手の代わりの葉で撫でる。
「最初は依頼が無いかと思ったから、ビックリしたけどね」
ゆっくりと薔薇がカケラを葉で持ち、花弁に飲み込ませていった。
「後味もいいかもしれない♪」
言いながら葉っぱの手で頬に触れる。
「ここ最近では一番かもしれないね」
植木鉢の中で薔薇は一回転してみせた。
黒づくめの男がアンティークのカップにお茶を入れる。
「では、乾杯」
「かんぱーい」
カップとカケラをチンと鳴らせるのだった。
青い野球帽 神連木葵生 @katuragi_kinari
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