第8話 風花と梨央と警察
あれ? 僕は何をしていたんだっけ? あ、そうだ。梨央と一緒に記憶を取り戻すため資料室に来ていたんだ。
そして記憶が大量の情報として頭の中を支配していた。脅迫、暴行、母親の死……そして風花。
僕は右手に違和感を覚える。
「は? なんで……」
そこには血だらけの右手があった。ぎこちなく前を見ると梨央が倒れている。頭を殴られて血だらけだ。
「え? これは僕がやったのか?」
梨央は風花を虐めた相手だ。でも、もうとっくの昔だし反省もしている。風花だってもう……多分……亡くなったのだ。
資料をみると風花の殺人の罪は俺に擦り付けられている。
きっと気が動転していたんだ。だから僕は梨央を……殴ったのか?
全てが不愉快だ。風花を守れなかった僕も、風花を忘れていた僕も、殺人の罪を僕に擦り付けた警官も、梨央を殴った僕も。
あぁ。僕は何をすればよかったんですか? 何が正解だったんですか?
あの時みたいに僕に話してくれよ……風花。
僕は子供のように声を震わせながら泣く。前が見えない。
看守が帰ってきて僕たちを見つける。
梨央は救急車で運ばれ、僕は事情聴取ができる状態でもなかったので、寝かせられたらしい。
この事件は少年院大量脱走未遂事件と合わさって世界を震撼させた。前日まで仲の良かった子を殺す勢いで殴り続けた少年。サイコパスというレッテルを貼られて世界に広まる。
《狂気 ボーダーによる親友殺人未遂事件!》
この不可解な事件は少年院で起こった。
少年院に収監されていた少年が一人の少女を相手に殺害未遂事件を起こした。
よくあるのはランキング弱者が強者を妬んだ、あるいは強者が妬まれたからという動機。
しかし、今回の事件はランキング弱者同士だった。しかも前日まで仲が良好だったようだ。
少年は精神的におかしく、とても話を聞ける状態ではなかった。
動機は不明だったが、少年は殺人の前科があり、証拠も十分そろっていたため、犯行は確実と言える。
少年はアルビノという生まれながらにしてのランキング弱者であり、擁護する意見もある一方で、人の心がないと批判する意見が大多数を占めた。
事件の全貌解明を期待している。
僕は目を覚ますと椅子に座っていた。なんだ? ここは。目の前には三十代くらいの男性が座っている。
ライトが眩しい。やけに何もない狭い部屋だった。
「やぁ。起きたかい?」
頭がうまく働かない。僕は……梨央を殴って……。
「私は警察官なんだ」
そう言って男は警察手帳を見せてくる。僕は取り調べを受けているのかな。全てがどうでもよかった。適当に話して終わるか。
「目を覚ました直後で悪いが聞きたいことがある。梨央という少女を殴ったのは君かい?」
「はい」
「どうして殴った? 危うく死ぬところだったよ」
警察の声は優しいような冷たいような。話すのが面倒くさい。刑とかどうでもいいし、何年少年院にいても構わない。どうせ僕には何もないのだから。
「なんとなくです。うざかったから」
「どうしてうざいと思った?」
「そこまで言う義理はないです」
「君と梨央は仲が良かったそうじゃないか」
そう。仲が良かった。もう過去の話。警官の口ぶりからすると梨央は死んでいないかもしれない。でももうきっと僕とは関わろうとしない。
「そうかもしれないですね」
「彼女の遺族はとても悲しんでいる。君の話を家族にしていたそうだ」
「そうなんですか」
バン! 警官は立ち上がって机を叩いた。僕の心はまるで遥か彼方にあるようだ。
「お前はなぜそんなに無機質なんだ? 人を殺しかけたんだぞ!」
別に初めてじゃない。人を殺すのも、大切な人を失うのも。警官の声が頭に響いてガンガンする。大声で怒鳴らないでほしいな。
「何か言えよ!」
壁で音が反響して周囲から罵倒されているようだ。そういうのには慣れている。
警官は顔をしかめていた。きっと優しい人なのだろう。少しだけ申し訳ない気がした。
沈黙が流れる。
ゆっくりと警官の口は開いた。
「君、嘘だよね。そういう風に言うの」
「……何を根拠に?」
「……勘かもしれないな。でも君は現場で泣いていた。今のような冷淡さはなかった。それに看守から聞いた話だが、梨央の身代わりとなって銃を受けた時もあったようだね。それらの話を聞く限り、君がそういうことをするとは思えない」
そこまで調べていたのか。心の中で少し感嘆する。
「言語道断だ。それはあなたの意見だ。何の証拠にもなっていない」
「……そうかもしれないな」
警察は押し黙る。なぜこの人は僕を庇おうとするのだ? 僕には何の価値もない。僕はランキングが低いから助けても君のランキングは上がらない。
「俺が君に関わる事件を担当することは二回目だ」
いつの話だ? 僕は犯罪を何度も犯しているが、取り調べを受けたのは初めてな気がする。
まさか……。
「風花の時ですか?」
「そうだ」
俺は警察だ。常に正義の立場でいなければならない。
正義を語る側が悪に染まってはならない。
当たり前だ。だからこそ難しい。一生、無理やりつけさせられる「模範」と言う仮面。永遠に肩にのしかかる義務感と後悔。この警察という仕事を始めた時点で間違っていたのかもしれない。
風花さま殺人事件――。俺の中で「正義」が崩れた最初の瞬間だった。
俺は当時現場にいた佐々木警部補と俺の同期の高橋巡査長と共に、風花さま殺害事件を担当することになった。
「今日から現場入りする黒川です。階級は巡査部長です。よろしくお願いします」
その場に警察がいた現行犯逮捕ならすぐに話は終わるだろうと高を括っていた。高橋とも知り合いだったから尚更気が抜けていた。
「黒川、久しぶりだな」
「一年ぶりくらいか?」
「今回は一緒の担当だな」
「最近調子はどうだ?」
「なかなかかな」
俺と高橋は同じ時期に警官になったが、俺のほうが一足早く巡査部長になった。でも昔からのため口は消えなかった。
「犯人はこの子でいいんだよね?」
その子は肌と髪色が白色だった。恐らくアルビノだろう。アルビノではランキングが高いということはまずない。嫉妬からの殺人だろうか?
「まず、現場の様子を聞かせてほしい。俺見てないし」
「俺が教えるよ」
高橋の話によると、少年が暴れているところに高橋が到着したらしい。警官が何人も倒れていたそうだ。そこに風花さまが来て、それを見た少年が叫びながら襲い掛かり事件は起きてしまったということだ。
佐々木警部補にも話を聞いた。
「俺が付いた時にはもう事件は終わっていた。風花さまは銃で撃たれていて、少年は茫然としている様子だった」
「風花さまは銃で撃たれたんですか?」
「高橋から聞いていないのか。高橋が銃を奪われて、それを凶器として使ったそうだ」
「なるほど……」
「俺が知っている話はこのくらいだ。これからの現場の指揮はお前に任せようと思う。何かわかったらその都度報告を頼む」
「了!」
なぜ高橋は銃のことについて言わなかったのだろう?
自分の失態を言いたくなかったからかな?
俺はその時は深く考えなかった。
次に俺は加害者である少年に話を聞きに行こうと思った。
「高橋、加害者の少年は今どこにいるんだ?」
「もう少年院に入っているよ」
「早くないか? まだ事件の調査は終わっていないのに」
「あまりにもすごい暴動だったからな。少年院に早めに入れた方が得策とされた」
「話を聞きに行けるか?」
「分からない」
俺はとりあえず行ってみることにした。
行くと意外とすぐに少年に会うことができた。
「君がその少年か」
白い肌と髪。アルビノ。報告書と一致していた。ただ、暴力をふるっていたという割には目に活気がなく、とても暴力できるような様子には見えなかった。
「お前は警察が来る前、つまり風花さまが来る前の時、何をしていた?」
「分かりません」
「お前はなぜ風花さまの殺害をしたんだ?」
「分かりません」
お話にならなかった。何を質問しても「分かりません」しか言わない。これではまるで同じ返事しかしない機械と話をしているようだった。
「もういい!」
俺は大きなため息をついて部屋を出た。成果はなし。時間の無駄だったようだ。
俺は高橋にこの話をする。
「少年は記憶喪失か何かなのか?」
「ただ分からないふりをしているだけだと思うぞ」
「なんで?」
「事件後、精神科に連れていかれたけど異常はなかった」
「そうなのか……」
俺は自分のデスクに戻り、コーヒーを注ぐ。これではまるで埒が明かない。俺が来ても何も新情報をつかめていないではないか。
俺はコーヒーを飲みながら事件の資料をもう一度読み返す。そうするとある一文に目を引かれた。
”加害者と思われる少年は精神科へ連れていかれ、重大な精神疾患が見つかった。そのため今は少年院で治療を受けている。”
なぜ高橋は嘘をついたのだろう?
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