第7話 少年の過去~思い出と絶望と末路~
あれ?これは悪夢か?
僕の腕の中には風花がいる。風花の血で裾が汚れている。僕は首元のネックレスをしっかり掴む。もう一人警察が来た。
「風花さまじゃないか。誰がやった?」
隣の警官は恐れおののきながらつぶやく。
「この子がやりました」
その言葉を聞いた僕は言葉にならない叫び声をあげながら警官に殴りかかった。
後悔が頭の中を渦巻く。
あぁ。僕はもっと根本的に間違えていたんだ。
風花の魂は僕ごときの魂を汚した程度でどうにかなる問題じゃなかったんだ
次の日、僕と風花は病院から十分歩いたところにあるショッピングモールに来ていた。
「どこ行く?」
「僕あんまりショッピングモール来たことないんだよね……」
「自分で提案しといて?」
「耳が痛い」
「仕方がないなぁ。私がエスコートしてあげる」
そう言う風花はいつにも増して上機嫌だった。僕は見たことないものだらけで頭がパンクしそうになった。
「ねぇねぇ。見て見て。ゲームセンター!」
「ゲ、ゲーム?」
「ほらほら、UFOキャッチャーだよ」
ゆーふぉーきゃっちゃー? なんか思っていたゲームと違う。明るくて目がチカチカする。
「こうやって……位置調節して……とる。あ……」
アームは見事にクマのぬいぐるみをすり抜けた。風花はクマのぬいぐるみを見てからこっちをじっと見る。
「見本ありがと。すり抜けさせればいいのか」
「違う! このぬいぐるみをとるの!」
僕はポケットから小銭を出す。すると風花は怪訝そうな顔でこちらを見る。
「そのお金は?」
「盗んだものとかじゃないよ。風花のおかげで悪い集団と絡むのはやめたからさ」
風花は照れたような顔をしていた。
今持っているお金はお母さんからの資金の貯金の残りといらなくなった生活用品を売って手に入れたものだ。今日までしかない僕には生活用品なんて必要ない。お金も使い切っていい。
僕は百円玉を取り出して機械に入れる。すると変な音が鳴る。
「ここの矢印ボタンを長押しするの」
ボタンを押すとアームが動き出す。手を離すと少し揺れながら止まる。もう一つのボタンを押す。
僕はタイミングを見計らって止める。最初はここら辺で様子見だ。
アームは意外と早く降りる。そして無造作に指を曲げ、また上へ上がる。曲がり角で少し揺れる。そして投入口の真上で指の力を緩める。
手から離されたクマのぬいぐるみはゴロンと大きな音をたてて落ちる。
あれ? 一回で成功してしまった。
「えー。光すごい! 才能ある!」
風花はものすごいテンションだった。こんな風花を今まで見たことがない。
「じゃこれあげる。プレゼント」
「ありがとう! 私彼氏にUFOキャッチャーとってもらうのが夢だったんだ」
そう言う風花にドキッとする。なぜか熱がこもる。
「喜んでくれてうれしいよ」
それからも僕らは浮かれ気味のテンションでショッピングモールを回る。
「見て見てこの服。私に似合ってる?」
「このデザートおいしそう」
「この本知ってる? 最近人気なんだよ」
風花は子供のようにはしゃぎまわって、楽しかったような、疲れたような。でもそんな幸福の時間は不思議なことにあっという間に過ぎ去ってしまった。
時間は夕方。
僕らは店を出る。
「楽しかった?」
「そうだね」
夢の時間が終われば、僕は現実に引き戻される。
風花と話すのも残りわずかだ。
「あのさ、光にプレゼントがあってさ……」
夕日に照らされた風花は幻想的だった。
袋から風花は何かを取り出す。
「ほらこれ!」
渡されたのは二匹の蝶が絡み合うようにデザインされたネックレス。光を反射してきらきら光る。僕は言葉が詰まってしまった。
「ありがとう」
きっとこれは僕と君の関係を表すただ一つの物のように思えてきた。離れ離れになれば、残るのはきっと記憶だけになってしまう。
きっとこれが君との日々を鮮明に思い出させてくれる。
「つけてみてよ」
ネックレスをつけるのは生まれて初めてだ。僕はおそるおそる首にかける。蝶の羽が胸元で軽く揺れる。
「この蝶々まるで僕たちみたいだね。二人で合わせないと飛べない。互いが必要不可欠な存在」
「これからもこうやって切磋琢磨していけたらいいなぁ」
そっか。風花には”これから”が見えているのか。僕にはその未来は眩しすぎた。気が付くと涙が出ていた。
「光、涙出ているよ」
「あれ? ほんとだ」
風花は笑う。
「さぁ。帰ろう!」
「なんで風花も泣いてるの?」
「は? 泣いてないし」
「いやだって出てるじゃん」
「出てないし」
僕らは帰路につく。きっとこの日々は忘れない。そう思いながら風花と談笑する。
僕は風花を病院まで見送った。
「光、また明日」
僕は激情を全て心の底で押しとどめ、笑顔を浮かべながら風花に最初で最後の嘘を吐く。
「うん。また明日」
僕は交番に向かった。そろそろ自首しなければ。これ以上引き延ばすと本格的に警察が動き出すかもしれない。
覚悟を決めてここまで来たんだ。今更後悔なんてない。なのにどうしてだろう。足が進まない。交番はすぐそこだ。
それに……自首するのは俺だけじゃない。あいつも吐かせる。
俺はゆっくりと交番へ向かう。
「すみません。光です。その……看護師を脅したという話は聞いていると思うんですけどちゃんと俺がやりました。母殺害の罪もあわせて自首しようと思って」
「あぁ。探していたよ。定期観察も来ないから。それじゃ、奥で話を聞くよ」
警官は優しい笑顔で僕を見て、軽く中に入るよう促した。
警官がドアを開く。僕は中に入ると警官はドアを閉める。ここは警官がわずかに後ろを振り向くタイミング。
後ろから飛びつき、ナイフを首筋に当てる。
「君、こんなことしてただで済むと思っているの?」
そう言う警官の声はさっきとは比べ物にならないほど冷たかった。
「僕は自首したのであなたも自首してください。話、聞きますよ?」
「何の話?」
「風花の診断書を医者に書かせていたの、あなたですよね?」
「あぁ……。その話か」
警官はニヤリと笑った。
「なんでそんなことをしたんですか?」
「どうしてだと思う?」
「あなた、今の立場分かっているんですか? 殺人犯にナイフを向けられているんです」
「はいはい。……単純な話だ。命令されたんだよ」
「どういう目的ですか」
命令? 誰か別の人の思惑か?
「その前に……ナイフ、どかしてくれない?」
警官はナイフを持っている俺の右腕をつかみ、振りほどこうとする。俺は左腕で首を絞めた。警官は必死に抵抗するが、ついに失神した。
「まずい。聞けなくなってしまった」
何者かの指示なら手紙とかあってもいいはず。中の書類を探る。僕はそれらしきものを見つけた。
天皇陛下からの指示だ。
俺はそれを読んですべてを理解した。怒りが煮えたぎった。ナイフを手にもって警官に近づく。
これじゃ、きっと母を殺しても終わらない。看護師を脅しても終わらない。反省させても終わらない。
元凶はこいつらじゃなかったのだ。表面的に解決するだけじゃ無理だ。
こいつを殺すのも表面的なのかもしれない。でも他に方法が見つからなかった。思い切ってナイフを振りかぶり喉元に向かって振り下ろす。
当たる前に止まった。誰かに手を抑えられた。
「何をしているの?」
怯えた表情で立っているそれは風花だった。
「ほら、こっちへ行くよ」
風花は僕の手を引っ張って外へ連れ出す。
「ねぇ。なんでこんなことしたの?」
風花は涙目だった。でも伝えなくちゃいけない。
「きっと駄目だったんだ。根本的に間違えていた」
「何を?」
「僕が君の美しい命を守るためにするべきこと」
「……なにその美しい命って?」
「僕は守りたかったんだ。君を」
「守りたい? 私がいつ警官を殺せなんて言った? いつ看護師を脅せって言った? 君のそれ全部おせっかいって言うんだよ」
「書類に書いてあった天皇の指示が君を陥れていたんだ」
「知ってる。そんなのとっくに知ってるよ。光。私の使用人に少量の毒が入った料理を作らせたせいで体が弱かったことも、あえて一般の学校に入らせたことも、医者に診断書まで書かせていることも。長く生活していればそれくらいの違和感気づくよ」
「……じゃなんで僕に話そうとしてくれなかったの?」
「光の言動は常軌を逸しているんだよ。なんでそこまでするのか分からない。言ったら君天皇殺そうとするじゃん」
「そうしなきゃ君は幸せになれない」
「違うよ。それが間違っている」
風花がなぜこんなに僕に怒っているのか分からない。君を守りたいだけなのにどうして君は僕を拒絶するのか。まだ首元にかかっていたネックレスは色あせていた。
「もういい! 知らない」
風花は闇の中へ消えていった。僕は茫然と立ち尽くした。風花にまで見捨てられた。もう僕には何も残っていない。
交番に何人かの警察が来た。俺はどうすればいいか分からなかった。いや、こうすることしかできなかった。
憎しみと絶望が僕の体を動かす。本能のまま警察に向かって殴りかかった。何も考えられなかった。記憶もほぼない。
パトカーが来る音が聞こえる。敵が増える。気にせず殴り続ける。
意識は朦朧としていた。十分ほどそうしているうちに、いきなり体が止まった。
若い警察に銃を向けられていた。ちゃんと心臓を狙っている。あぁ。僕は死ぬのかな。それでもいいな。
僕が一歩足を進めると銃声が鳴り響いた。
弾は僕に当たらなかった。風花が僕の目の前に飛び込んできたからだ。風花は悶えながら倒れる。
警察はつぶやく。
「俺は……風花さまを撃ったのか」
風花は撃たれた腹を抑えながら必死に言葉を紡ぐ。
「結局私は君を見捨てられ……なかった。ご……めん……ね」
風花はゆっくり目を閉じる。
あれ?これは悪夢か?
僕の腕の中には風花がいる。風花の血で裾が汚れている。僕は首元のネックレスをしっかり掴む。もう一人警察が来た。
「風花さまじゃないか。誰がやった?」
風花を撃った警察は恐れおののきながらつぶやく。
「この子がやりました」
その言葉を聞いた僕は言葉にならない叫び声をあげながら警官に殴りかかった。
どうすればよかったのか。ハッピーエンドにしようとしていたのにこれでは完全なバットエンドだ。後悔が渦巻く。
獣のように襲い掛かる僕は太ももを銃で撃たれて倒れた。
恐らくこの後僕は完全に風花を殺した罪を擦り付けられ、少年院へ連れていかれ、現在に至る。
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