第3話 記憶を取り戻しに



《少年》

 地下に降りるためのエレベーターは一つしかない。そこへ向かう。


 途中で何人かの看守にすれ違ったが、疑われなかった。


 しかし、院生の生活区域から出る入り口は一つで、そこが検問所になっていた。ここを抜けないとエレベーターにはたどり着けない。


 検問所を通してはるか遠くに感じるエレベーターを見る。


 僕は梨央を待たせて、まず僕だけで通れるか試してみることにした。緊張しながら進む。


「おい、そこ。勝手に通り抜けようとするな。看守証を見せろ」

 ポケットの中を探るとそれらしきものが出てきたので渡す。顔写真が貼ってあった。

「ほら、フードも脱げ。顔の一致を確認する。いつものことだろ?」


 非常にまずい。相手は二人だ。これ以上戸惑っていると怪しまれる。二人……やれるか?


「ほら、聞いているのk……。」


 一か八かで一人殴る。鈍い音が響いて一人倒れた。すぐさまもう一人のほうへ向かう。


 もう一人の看守は状況に気づいて、近くにあった赤いボタンを押した。その瞬間、けたたましい音が響いた。


「くそ、サイレンか」


 すぐにもう一人もノックダウンしたが、もう遅い。急いで梨央を連れてエレベーターに入ろうとする。


 幸い、近くには看守がいないらしい。でも早くこの場を離れないと応援が来るかもしれない。エレベーターのボタンを連打して到着を待つ。


 早く、エレベーター来い。


 エレベーターが到着する軽快な音が鳴って、扉が開く。よし、入れる。

 そこには四人の看守が立っていた。


「おい、サイレンの音がしたが、何事だ?」


 思えばエレベーターに誰かいることは考えておくべきだった。でもあまりにも切羽詰まっていて、そこまで考えが回っていなかった。


 舌がうまくまわらない。何か言わなきゃいけないのに頭が追い付かない。想定外の事態に頭が真っ白になる。


「おい、何か言えよ」

「こいつら怪しくないですか?」

「確かに。看守証見せろ」


 事態はどんどん悪いほうへ進んでいく。梨央を守りながら四人を相手するのは無理だ。梨央の顔を見ると真っ青になっている。俺がどうにかしなくては。


 とっさに腰にあったナイフを手に取り、梨央の首につける。鼓動が耳の奥を叩く。そのリズムと対照的に、ナイフの冷たさは氷のように無感情だった。


「こいつはここまで案内させた看守だ。少しでも動いたらこいつの首を斬る」


 無謀な賭けだった。相手が反抗してきたらなす術がない。お願いだから引き下がってくれ。

 その思いが通じたのか、看守四人は両手を挙げた。


「そのままエレベーターから出ろ」


 四人は順番に降りていく。少し安堵した。全員が出た時、俺はエレベーターに乗り込んだ。やっと地下へいける。そう思って扉を閉めようとしたが閉まらない。ボタンを連打する。なぜだ?


「おう、焦っているな。俺が開くボタン押しているからだよバカが。このまま従うと思ったのか? あのな、いいことを教えてやる。看守はランキングが低い奴らばっかりだから見殺しにしたってかまわないんだ」


 あぁ、終わりだ。何かが僕の心の中で崩れていく。看守四人が全員僕たちに銃を向けている。


「どうした? 殺さないのか? どうやらそいつは看守ですらなかったらしいな」


 甘かった。相手の警備状況も、施設内の構造も頭にはいっていない時点でまだ行動に移すべきではなかった。もっと念入りに下準備をするべきだった。


 後悔が頭の中を渦巻く。もう策はない。僕たちに次があるか分からない。絶望に浸っていたその時だった。


 ものすごい悲鳴が聞こえた。少年院のほうからだ。


「なんだ? お前らまだなんかしたのか?」


 大量の足音が聞こえる。こっちに向かって走ってくる。空気が振動し、肌がざわめく。どんどん音が大きくなる。


 次の瞬間、検問の門が破られた。大量の人が入ってくる。院生だった。






 後で知ったことだが、僕たちの行動に触発されて院生全体が脱出を試みようとしたらしい。


 今はそんなのどうでもよかった。




 四人の看守は目の前の光景にあっけにとられていた。次々に院生が入ってきて、目の前で暴れまわっている。


 そして僕の獣のような眼光は看守が開くボタンから指を離した瞬間を見逃さなかった。閉まるボタンを連打。


「ドアガ、シマリマス」


 その音を聞いてやっと看守たちはこちらを向いた。だけどもう遅い。ドアが閉まっていく。しかし、一人の看守が焦って梨央に発砲しようとしていた。


 今度は死なせてたまるものか。無意識のうちに体は梨央を守っていた。発砲音とともに左の脇腹に激痛が走り、一瞬意識が飛びかける。梨央が息をのむ音が聞こえた。


「しっかりして!」


 梨央の声が頭の中でこだまする。


 今度は? 自分の心の声に疑問を抱いている余裕はなかった。意識が朦朧とする。地下二階に着いて扉が開く。まだ終わらない。


 そこにも看守が立っていた。






《梨央》

 少年の左脇腹から血が流れていく。状況を理解する暇もなく、地下二階に着いて扉が開く。看守が立っていた。


「サイレンが聞こえたが何事だ」

「けが人がいます。通してください」


 私は自分が涙声になっていることに驚いた。看守は慌てて道を開ける。私は大きな少年を背負って進む。途中でよろける。少年の温かさを感じてまた目頭が熱くなる。


 私を庇ったんだ。そのせいで少年は……。


「保健室は突き当たりを左だ」


 後ろから声がした。心の中で感謝しながら進んだ。一歩一歩、着実に。







《看守》

「あれたぶん看守じゃないですよね? 通してよかったんですか?」

「……」

「多分あなたも気づいていましたよね? 保健室の場所教えていたし」


 看守は大きなため息をして言った


「子供が必死になって友達を助けようとしているんだ。それを止められるか?」

「……それもそうですね」


 小さく笑ったその顔は、どこか誇らしげだった。


 






 《少年》

 いつのまにか気絶していたらしい。目を覚ますと、白い天井がぼやけて見えた。保健室のなかっぽい。左の脇腹は包帯で巻かれていた。


「ちゃんと弾丸取り出した?」

「これだよ? 結構とるの大変だったんだから」


 血で赤くなった弾丸がそこにはあった。弾丸を持つ彼女の手は震えていた。一人で全部やってくれたらしい。


「看守はいないの?」

「院生たちの暴動?に全員行っちゃったから」


 二人きりだった。しばらく沈黙が続いた。


「あのさ、私君がボーダーって聞いて、結構怖くなっちゃって……」

「知ってる」

「このまま記憶取り戻すの大丈夫かなって……」

「当然の心配だよ」

「でも!」


 いきなりの大声にうろたえる。


「でも、君は私を守ってくれたから。私は君を信じられる」


 沈黙がまた二人の間を流れる。


「僕はまだ怖いよ。君を傷つけるかもしれない」

「それでも私は後悔しない。行こ。記憶を取り戻しに」

「それ今日二回目だよ」


 笑い声が響き渡った。これは一生記憶に残る時間となる。



 この後の残酷な運命を彼らはまだ知らない。







 《梨央》

 資料室に入る。紙の独特なにおいが鼻につく。


「資料いっぱいだね。ここから君のを探すのは骨が折れそう……」

「手分けして探そう」


 資料は入った年代別に分かれていた。今年の物はすぐ見つかった。


 二人で一枚ずつめくる。二人とも緊張しているのが分かる。


 少年のものは最後のページだった。二人で一斉に見る。過去の犯罪歴の欄にはずらりと文字が並んでいた。


「なに……。これ……」


 窃盗、万引き、暴行、脅迫。ずらりと並んでいた。それはまだいい。目に映ったのは「母親殺害」と「風花さま殺害」。手の震えが止まらない。


「これはどうゆう……」

「全部思い出した」

 少年はこちらを振り向く。見たこともないくらい殺意と憎しみであふれた冷たい視線。


「風花を虐めたのはお前だったのか」



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