第4話 少年の過去~出会い~
僕は生まれつき、肌が白かった。所謂、アルビノってやつだ。そのおかげでランキングが五億を上回ったことはない。常に平均より低い価値。
小学校では気味悪がられた。友達はできなかった。無視されていた。ランキングが低い人と関わってはいけないという教育のせいだ。
ランキング低いのは悪。反面教師だ。
僕は生まれた時から反面教師だった。生まれた時から悪だった。そして、無視はだんだんといじめに変わる。
ずっとヒーローごっこの悪役をやらされているようなものだった。悪は虐めるのが正義なんだ。先生すら止めない。本当にこれが教育にいいと思っているのだろうか。虫唾が走る。
始めから虐げられる側として生まれたものに何ができるのだろうか。
そんな苦悩は当たり前。口にするまでもない暗黙の了解として誰もが心の中に抱いている疑問、葛藤、不安、絶望。
そうなのかもしれない。でもこのころの僕はこの一方的に提示された暗黙のルールに従えなかった。諦めがつかなかった。でも抗うこともできなかった。
だから、逃げた。
いつしか学校に行かなくなった。そして同じように学校に行かない人と遊ぶようになった。そんな集団の治安がいいわけがない。
ランキングも一向に上がる気配がなく、治安の悪い集団と仲良くするようになった僕を母は見捨てた。毎日生活費だけおいて顔を合わせなくなった。父親は元々いなかった。逆に重荷がなくなって清々したように感じた。
そんな風にゴミみたいな生活を送っていた。中学に入らなかった。でも義務教育だし、入ったことにはなっていたんだろうか。わからない。行ったことはなかった。
でも人生何が起こるか分からない。そういうことはいつも唐突に起きる。人生を変える転機。それは風花さまとの出会いだった。
相手は誰だっただろう。大喧嘩したんだ。確か集団内で意見が割れた時だ。原因はしょうもないことだった気がする。それでも頭固い人同士のプライドと誇りがかかっていた。
三日三晩くらい続いた。家にまで乗り込んできたからそれはもうハチャメチャだった。
結果は俺らが一方的にぼこされて終わった。不愉快だった。こちらは人数的に不利だったのに勝ったあいつらは俺たちのことを雑魚呼ばわりして、奴隷のように扱おうとした。
俺はキレて一人で殴り掛かった。腕の骨が折れて動けなくなるまで殴り合った。相手を何人か道連れにはしたが、俺は救急車に運ばれた。
目を覚ますと白い天井がぼやけて見えた。病室だった。
「右腕が結構ちゃんと折れちゃってるから、多分治るのに二から三か月はかかると思う。治っても一年くらいは折れやすいから喧嘩とかは絶対しないように。」
それだけ言って看護師さんはどっかに行ってしまった。
こういうのは二回目だから分かっていた。レントゲン写真を見る限り手術してもいいんじゃないかくらいはっきり折れている。若干粉砕している個所もある。
じゃあなんで手術しないのか。簡単だ。ランキングが低いからだ。今のランキングは七億~八億くらい。ランキング七億未満は完全自費だ。払えないのを見越したうえであえて提案してこないのだろう。
二から三か月と言っているが、実際は長ければ半年くらいかかるんじゃないか? 入院にかかる費用は? 食事代は? お母さんにもらう金額で足りるかな。貯金を崩すしかないか。
そうこう熟考していたので横から話しかけられていることに気づいていなかった。
「……すみません、ちょっといいですか?」
肩を触られてビクッとした。すぐそばに顔があってたじろぐ。
「全然気づかないので。すみません」
話しかけてきたのは女の子だった。見るからにお家がよさそうな。
「何の用?」
「えっと……。その、年が近そうだったので……お話出来ればと。」
相手の反応を見て自分が結構冷たく接していたことに気づく。ちょっと申し訳なかった。
「名前なんていうんですか?」
「えっと、風花って言います」
そう言ってほほ笑む姿はまるで天使のようだった。
風花は変わった人だった。
「その怪我どうしたんですか?」
「ちょっと喧嘩しちゃって」
「喧嘩ですか? それはよくないですよ?」
ちょっとお母さんみたいだった。
「今日のごはんどうしましたか?」
「カップラーメン」
「二日連続じゃないですか。健康に悪いです。明日は違うもの買ってきますから」
「いやいいよ。自分で選ぶから」
「あなた健康に悪いものしか買ってこないじゃないですか」
何も言い返せなかった。
「包帯変えましたか?」
「まだ」
「手伝いましょうか?」
「いいよ、自分でできるから」
「包帯の巻き方わかるんですか?」
「……。」
僕の実母よりも母親らしい気がした。
「そういえばなんで風花は病院にいるの?」
「いたら悪いですか?」
「えっと、そういうことじゃなくて、どこか悪いのかなぁって」
「……そうですね。ちょっとまぁいろいろありまして……」
気まずくなってしまった。
風花は自分のことをあまり語ろうとしないタイプの人だった。でも周りの様子を見るといやでも耳に入る。
「あそこのお嬢さん、天皇家のお方らしいですよ」
「学校で虐められていたんですって。かわいそうに」
看護師さんが風花に会いに来る時、毎回「風花さま」と呼んでいた理由が分かった。
本当に自分がこんなに馴れ馴れしく話していていいのか。そう思うようになった。
「僕にあまり話しかけないほうがいいよ?」
「なんでですか?」
「僕ランキング低いから」
「だから何ですか?」
ランキング低い人は悪だから。小学校でそう教わるから。君のランキングも低くなるから。言い返す余地はたくさんあった。でも口は動かなかった。
「なんでランキング低い人と話したらダメなんですか?」
「……なんで……なんでだろうな」
代わりに出た言葉はなんとも情けなかった。なぜだろう。涙が止まらない。風花は僕を抱きしめてくれた。
「私、ランキング制度嫌いです」
「なんで?」
「あんなもの誰も幸せにしません」
意外だった。風花は天皇家だからランキングはそれなりに高いはずだ。
「ランキング高い人は幸せになるんじゃないの?」
風花は睨むように僕を見た。
「聞いたの?」
「何を?」
「私が天皇家ってこと」
「え、えー、そ、そうなの!」
余計強く睨まれてしまった。ちょっとわざとらしかったかな?
「知ってたでしょ」
「いや、知らなかったです」
「……嘘は嫌い」
鋭い眼光。今までの風花とは別人のようだ。
「ごめんなさい。知ってました」
おかしい。いつも風花が敬語なのにいつのまにか逆転している。
「でも君になら、話してもいいかも」
「なんの話?」
風花は決心するように息をのむ。
「私、虐められていたんだ」
風花の口からいきなり語られだしたのは壮絶ないじめの数々。
風花が生まれながらにして高いランキングを持つことに嫉妬した生徒たちが起こしたらしい。
僕は開いた口が塞がらなかった。
僕は生まれながらにしてランキングが低かった。だから虐められた。
彼女は生まれながらにしてランキングが高かった。だから虐められた。
一見矛盾しているように見えて非常に合理的なこの二つの文。それでは、どうだったら幸せになれたのだろうか。
「『なんであんたがランキング高いの』って言われたら何も言い返せないよ。彼らのいじめを私は否定できなかった。どうすればよかったと思う?」
今度は風花が涙目になっていた。
僕は抱きしめてあげることしかできなかった。
僕たちは自分たちの過去を共有しあった。
風花の話をたくさん聞いた。家に雇っていた使用人がとてもやさしかったこと、その料理はとてもおいしかったこと、でも成長するにつれて、ランキングを上げるためにランキングの高い人に媚び売っているだけだと気づいたこと。
弟が生まれた時は感動したこと。でもまだ五歳の時で記憶が薄いこと。可愛かったこと。
学校のこともだ。虐めはだんだんエスカレートしたこと、アレルギーの牛乳を無理やり飲まされたこと、でも虐めている人の家庭は大変だったこと、虐められている自分に優しくする人は全員媚び売っているように感じてしまったこと、そういう風に優しさをすぐ媚びだと思ってしまう自分に嫌気がさしたこと。
そして僕のことをそう思わないために、皇族だと名乗らなかったこと。
僕も話した。アルビノのことも、学校での扱いも、そのあと学校に行かなくなったことも、母のことも、喧嘩のことも。
「私が名前聞いたとき君ないって言ったよね?」
「うん。お母さんが付けてくれた名前はもう忘れたから」
お母さんが最後に僕の名前を呼んだのはまだお父さんがいた時だった気がする。僕が五歳の時だ。
「じゃ、私つけていい? 名前ないと呼びにくい」
「うん」
「光。体が真っ白で周りを照らしてくれるから光」
「体白くても光ってはないでしょ」
笑いながら言う僕とは対照的に風花は真面目だった。
「私の未来を照らしてくれたから」
顔を赤くしながら言う風花は可愛かった。
「そ、それに私の名前は風、花って自然の字だから光を合わせようと……」
急いで付け足す風花を見て遂に笑ってしまった。
「な、なにがおかしい! こっちは真面目だぞ」
二人で大笑いしたこの日は一生の宝物だ。
こんな日々が続けばよかった。そう、続けば……。
僕は手術を受けることができた。風花のおかげだ。
「私が手術代払います。それで文句ないでしょ?」
治りがとても早くなった。そして今日、家に帰れる。本当はもっと風花と話していたかったけど……。
「じゃ帰るね」
「うん、また会おうね」
「連絡先交換しよ」
これで僕らの繋がりは途絶えない。きっとまた会える。
帰る途中、もう一度振り返ると夕焼けに照らされた病院はきれいだった。
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