2 『怪物と女子高生とブラックの缶コーヒー』
いつものように、ブラックの缶コーヒーを飲みながら行く当てもなく歩いている。
いつもと同じ日、同じ毎日。いつも通りな日々を僕は過ごしている。違いがあるとすれば……。
ガサッ。
「…………」
僕は振り返る。誰もいない。
最近、誰かに見られている気がする。具体的にいつからなのかはわからない。思い出すのがめんどうだから。
ただ、決まって夕方の時間帯だ。それだけは覚えた。
見てくる人は、僕に何か用でもあるのだろうか。いや、そもそも用があるなら、なぜ話しかけてこないのだろうか。
「まぁ、いっか」
僕は、考えることを放棄した。
ーーーーーー
また別の日、この日も誰かに見られている気がする。こうも毎日続くと、めんどくさい気持ちになってくる。まるで、蚊が顔のまわりを飛び続けているような気分だ。……もし見つけたら殺そうかな。
そんなことを考えながら、缶コーヒーを片手に当てもなく道を歩く。
すると……
「待って!」
呼びかけられる。
僕は振り返って問いかけた。
「…………なに?」
「わ、私は……そ、その……」
「僕に何か用?」
目の前には、なぜか震えている女子高生がいた。寒いのだろうか。
女子高生は震えながら何か喋ろうとしている。だが、なかなか言葉にならない。
「何か用があるなら、早くしてほしいな」
「ひっ!?」
「?」
女子高生はビクッと肩を震わせる。……本当に早くしてほしい。
「…………何もないなら、もう行くね」
「……ぁ…………あ……」
女子高生は口を開くが、言葉は出てこなかった。
僕は、前を向き直り歩き出そうとして、ふとこの女子高生に伝えたいことを思い出す。
僕はもう一度振り返って……。
「そういえば、お姉さんだよね? 最近、僕を見てくるのは?」
「ひっ!?」
さっきと同じように、ビクッと肩を震わせる。そんなに寒いのだろうか。
「もう見てくるのやめてね。蚊が顔のまわりを飛び続けてるみたいな感じで、とても嫌だから」
「…………」
女子高生は、何も喋らずに僕の言葉を聞いてくれる。静かでいいなと思った。
「もしやめないなら」
「も、もしやめない、なら……?」
「殺すよ」
「ッッ!!?」
ビタンッ!!
女子高生は大きな音を立てて尻餅をつく。そして、これ以上ないくらいに震えながら口を開く。心なしか目に涙を溜めているようにも見えた。
そんなに寒いのなら、早く家に帰ればいいのにと思った。
「わ、わわ、わたしを……ここ、ころす、の……? ど、どう、して……?」
「?」
僕は、ゆっくりと女子高生に近づいていく。足元に広がる影が、生きているかのように少しだけ蠢いた。
「お姉さんは殺されたいの?」
「ッッ!!」
女子高生は激しく首を横に振る。いちおう、殺されたくないということでいいのだろうか。
「わかった。じゃあ、殺さない。そのかわり、もう見てこないでね」
「えっ……こ、殺さない、の……?」
「?」
女子高生の質問の意味がよくわからない。殺さないと言っているのに、どうしてそんなことを聞いてくるのだろうか。やっぱり殺されたいのだろうか。
「見てこないなら、殺す理由もないし。…………それとも、殺されたかった?」
「ッッ!?」
また激しく首を横に振る女子高生。
「じゃあ、殺さないよ」
僕の言葉を聞いてどう感じたのかわからないけど、女子高生の頬に涙が流れていく。震えもまだ止まってないみたいだ。
結局、この女子高生は何がしたかったのだろうか。僕を呼び止めたかと思うと、何も喋らずに震え出す。とくに用がないのなら、早く帰ればいいのにと思った。
「僕はもう行くね。お姉さんも早く帰りなよ」
僕は振り返って歩き出す。だが……。
「キ、キミのこと……知ってるの!」
「…………何の話?」
僕は再び振り返る。女子高生は尻餅をついたまま言葉を続けた。
「キ、キミは、私のこと、知らない?」
「お姉さんが何を言ってるのか、よくわかんないな」
女子高生は涙を流しながら、言葉を搾り出している。だけど、本当に女子高生が何を言っているのか、僕には理解ができない。
「わ、私は……キミをし、知ってる……あの、路地裏で……キ、キミを、見た」
「路地裏?」
僕は覚えるのが苦手だ。だから、起こったできごとなどはすぐに忘れる。
でも、女子高生の言葉で、最近おもしろいことがあったのを思い出した。それは、二回目に笑った日のこと。
そう、確かあの日に路地裏で、スーツの男の人と血まみれの女子高生、そして、近くに転がっていた……。
「あぁ、あのときの醤油のお姉さん?」
「しょ、醤油??」
「うん、あの路地裏でスーツのおじさんに刺されて死んだお姉さんでしょ?」
「ッッ!? し、死んだ……私、が?」
「そうだよ」
女子高生の顔がどんどん青ざめていく。心なしか、呼吸も浅くなっているような気もする。
「で、でも、今、私……ここに、生きて……し、死んで……?」
「今は、生きてるよ」
「生きて……る??」
「うん。あのときお姉さんが僕にめんどうなことをお願いしようとしてたから、生き返らせた」
「い、生き返らせ、た……?」
「そうだよ」
「た、助けて、くれた、の?」
「まぁ、そうなるのかな」
僕は淡々と答える。あのときの行いにとくに理由はない。ただ、めんどうなことを避けたかったからしただけ。
だというのに……。
「あ、ありが、とう」
「別にいいよ」
「キミに、な、なんてお礼を、すれば……」
「お礼もいらない」
「で、でも」
「いらないよ」
気がついたら、女子高生から震えが止まっていた。涙も止まっている。あいかわらず、尻餅をついたままだけれど。
僕は、これ以上のめんどうごとは嫌だったので、女子高生を放置してここから離れようとした。
「ま、待って!」
「……まだ何かあるの?」
「キミは、何者なの!? に、人間じゃ……ない、よね?」
「僕が何者かは、僕にもわからない」
「わからない……??」
「うん、わからない。まぁ、生きていくのに困らないから、気にしたこともないけど」
「そ、そう、なんだ……。ねぇ、キミはいつも何をしてるの?」
「そんなこと聞いてどうするの?」
「それは……」
なんでこの女子高生は、こんなにも僕に質問をしてくるのだろうか。……とてもめんどくさい。
「わ、私は……キミのことが、知りたい」
「なんで?」
「り、理由は……私にも、よく、わからない…………ほんと言うと、キミのことが、す、凄く怖いって、思う……」
女子高生は、チラチラと僕を見上げながら消え入りそうな声で答える。ただ……
「でも、知りたいの」
最後の一言だけは、ハッキリと聞こえた。
「はぁ……」
僕はため息をつく。……とてもめんどくさい。
「それで? 知りたいから、なんなの?」
「話が、してみたい」
「今、してるけど? これじゃダメなの?」
「えっと、その……ま、また……会え、る?」
「嫌だけど」
僕もハッキリと伝える。でも……
「じゃ、じゃあ! そ、その……」
女子高生は引き下がらない。……とても、凄く、めんどくさい。
もう、いっそのこと殺してしまおうかとも思った。
「あのね、お姉さん。これ以上、しつこいようなら……」
殺すよ。そう言おうとした、そのとき……。
「あっ!! 缶コーヒー、買ってあげる!」
「…………………………え??」
女子高生からの言葉に、僕は固まってしまった。
「キ、キミが、いつもブラックの缶コーヒーを飲んでるの、知ってるよ! わ、私と会ってくれる、なら! 毎日、ご馳走してあげる!」
「…………」
「これで、どう? 会ってくれる?」
「…………本当に、コーヒー買ってくれるの?」
「うん! や、約束する!」
「……わかった。お姉さんと会うよ」
「やった!」
「はぁ……」
女子高生は尻餅をついたまま喜んでいる。僕はというと、とんでもないめんどうごとに巻き込まれた気がして、深いため息をついてしまった。
まぁ、今回のは自業自得なのだけれど。
「それで、明日から会えばいいの?」
「う、うん! あ、明日から、よろしくね」
「わかった。じゃあ、また明日。お姉さんも早く帰りなよ」
僕は、今度こそ女子高生に背を向けて歩き出す。そのはずだったのに……。
「待って!!」
「…………今度は何??」
「た、立てない…………腰が、抜けて……」
「…………」
「ひッッ!!?」
僕の足元から広がる影が、蠢きながら伸びていき、女子高生の体に纏わり付く。そのまま、立てなくなった女子高生を立たせる。
すると、私を食べないでーーッ!!と叫び声を上げながら暴れ出した。
僕は考える。
どうして人は、僕を見ると食べないで!と叫ぶのだろうか。美味しそうな見た目をしているわけでもないのに。
「いやぁぁぁーーーッッ!!?」
「まぁ、いっか」
叫び続ける女子高生を眺めながら、僕は考えることを放棄した。
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