拝啓 聡明なあなたに向けて
柳上 晶
第1話
見返した日記には、一ページだけ意味のわからない箇所がある。
それは、現在行方不明になってしまった兄の日記だった。その中にあった、一つの絵。あまり絵が達者ではなく、どちらかといえば可愛らしいその絵は森の中のようで、その真ん中で人が寝転んでいるらしい絵だ。しかも、やけに新しい。
兄が行方不明になったのはかなり前のことだ。それも、1ヶ月や2ヶ月なんてものじゃない。ひょっとすると一年経っている可能性もある。ただ、行方不明になった時期は曖昧で、普段から姿を見ないような人だったので重要視されておらず、結果、一度も姿を見ることなく時間は過ぎていき、私たちの中では死んだことになっていた。
そして今、強制的に実家に帰らされ、兄が遺したものを整理中に、この日記を見つけたのである。
日記を、絵を描くような人だったのかと再確認し、記憶の齟齬を埋める。そういえば、絵はたまに書いていたような。
訳もわからないので紙ゴミの中にまとめて置いておき、整理を続けようとすると、夕飯だと呼ぶ声が響く。それにはーいと返事をして部屋を後にした。
「大きくなったよな」
「仕事は何してるの」
「仲のいい人はいるの」
「結婚はいつするの」
夕飯と同時に投げかけられる質問は、どれもこれもくだらないものばかりで飽き飽きしてくる。こう言ったものが面倒だからこそ実家にはあまり帰りたくなかったのだ。
空返事を続けてついに面倒になった私は、やや苛立ちながら、わざとらしく足音を立てて部屋に帰った。
昔からそうだ。私が一方的にイラついて、適当にあしらって勝手に苛立つ。
月明かりがのぞく窓を開けて、遠くを眺める。部屋から見える景色などたいしてありはしない。それに、昔と景色がガラッと変わっており、見慣れないものの方が多い。それでも、唯一見える公園は、昔から変わっていない。
昔のことをいくら思い出しても、家族に関することはあまり思い出せない。それほど自分が薄情な人間なのだろう。
そんなことを思いながら眺めていると、ふと兄との思い出を思い出した。
昔から変わっていないあの公園で、兄と一緒に遊んだのだ。それも、公園近くにあった森の中で。宝物を埋めたり、探したり、木に登って辺りを見渡したり。
私が暇そうにしていたら必ず誘って公園で遊んでくれていた。
ハッと思い出し、兄の部屋に行く。ゴミ箱に捨てた日記を拾い上げ、親に見つからないようこっそりと家を出た。
月明かりが道路を照らす中、私は公園へとたどり着いた。記憶は薄れているが、何となく、懐かしいような気がした。
私は公園には目もくれず、森の中に入る。ややひらけた道を迷いなく進むと、その先にあったのは月明かりのステージ。木が生えていない不思議な場所。
そこのちょうど中心付近を掘ってみる。記憶が正しければ、この辺りにあるはずだ。
案の定、そこにあったのは缶の箱。宝箱と称し、兄と共に埋めていたものだ。その中には、何を入れていたか。
開けてみると、手紙が三通入っていた。古びて黄ばんだ紙が二つ。未来の自分に向けての手紙だった。兄と私の分。拙い文字で頑張って書いたのだろうと予想できる内容だった。そして、比較的新しいのが一つ。
大切に、丁寧に開けて中を見ると、誰でもいい誰かに宛てた内容が書かれており、1番最後に兄の名前が書いてあった。
どんな内容だったかを誰かに教えるのは野暮なほど、激しい後悔の念のようなものが書き連ねてあった。
私はそれを箱に戻し、持ってきた日記も入れて蓋をし、埋め直す。
兄がどのような道を辿ったのか、説明するまでもない。
見上げた星空は、ひどく輝いて見えた。
拝啓 聡明なあなたに向けて 柳上 晶 @kamiyanagi177
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