第8話 居酒屋

俺は今日、居酒屋に来ている。

最近できたばかりの新装開店の店だ。

中に入ると…店員が全員チャッキー人形。


「いや、なんで居酒屋でチャッキーやねん!」

心の中でツッコミを入れる。


カウンターのチャッキーは注文を聞き、無言でおしぼりを渡す。

座敷のチャッキーはお盆を持ち、淡々と料理を運ぶ。

厨房のチャッキーたちは包丁を振り回し、串焼きを焼く。


俺はタッチペンでメニューを押す。

画面越しにDJ車掌がターンテーブルをスクラッチしながら、爆音でリズムを刻む。


「何にする?何にする?」

俺は淡々と指を動かす。


まずは**焼き鳥「ファイヤーバード」**を選択。

画面が一気に炎のエフェクトで光り、チャッキー店員たちが串を持って舞い上がる。

いや、焼き鳥でそんな演出いるか?


続いて、目玉のマンモスのユッケジャンクッパジャンユッケジャンクッパジャンユッケジャンクッパジャン。

長ぇ!しかも無駄に長ぇ!

チャッキーが巨大なマンモス肉を抱えて運ぶが、まだ「ジャンクッパジャン」がリズムに乗って繰り返される。



そしておでん。

「おでん、かもしれない」

いや、かもしれないって、メニューとして成立してないやろ。

チャッキー店員が無表情で鍋から取り出し、淡々と客の前に置く。

俺は淡々と受け取る。

「…今日も日常か」


すると横に座っていたスタイリスト10人が突然動き出す。


「え…何すんねん!」

心の中でツッコミを入れる間もなく、彼らはハサミ、コーム、ドライヤーを手に取り、料理に向かう。


スタイリストたちは表情ひとつ変えず、淡々と美容師モードで料理を整える。


ハサミやコームだけでは飽き足らず、湯豆腐をカットしたり、ドライヤーで肉を温めたりする。

さらに、バリカンを手に取り、店の前に置いてある牛の模型の毛を刈り、シャンプーとトリートメントを混ぜて謎のタレを作り出す。

いや、食べられへんやろ!


チャッキー店員にはコーヒーを薦め、テーブルの隅ではパーマをお客さんにあて始める。

いや、どこでやってんねん!居酒屋やぞ!


俺が淡々と料理を食べながら、心の中でツッコミを入れていると、店の奥から店長が登場。


…いや、居酒屋の店長とは思えない格好だ。

全身アルマーニのスーツ、靴もピカピカ、まるでIT社長がそのまま居酒屋に来たかのようだ。

手に持っているのは包丁ではなく、マウス。

いや、料理人ちゃうやろ!


店長はゆっくりと店内を見渡す。

「皆さん、タッチペンの操作は正しく行っていますか?」

いや、居酒屋の注文指導かい!


俺は箸を置き、ドリンクを注文することにした。

「ビール…いや、違うな。ビール、ビーリング、ビールド…」

注文表に書かれた文字を見ながら、俺は心の中で整理する。

「現在進行形?過去形?いや、もう英語の授業やんけ!」


俺は淡々とドリンクを待つ。

すると、店長がスマートにビール(?)を差し出す。

グラスには泡が立ち、液体は少し揺れているが、明らかに現在進行形と過去形が混ざったビールだ。

「どうぞ、ビーリング・ビールド・ビールです」

そう読むんやね!


俺は淡々とそのビールを手に取り、一口飲む。

味は…まあ、普通にビールだった。

しかし心の中ではツッコミが止まらない。

「意外と…飲めるやんけ!」


俺がビーリング・ビールド・ビールを口に運んでいると、居酒屋の照明がいきなり暗くなる。

スポットライトが俺を含む店内のテーブルに降り注ぐ。

「何事や…?」と思った瞬間、居酒屋の奥に指揮者が現れ、指揮棒を振り始める。


そして生演奏でジュラシックワールドの音楽が鳴り響く。

スタンディングオペレーションが起こり、店内お客さんも、チャッキー人形店員も、スタイリストたちも、DJ車掌も全員がリズムに合わせて動き出す。


ジュラシックワールドの生演奏が終わり

居酒屋の奥から一人の男がふらりと現れた。


年季の入った顔、少しヨレた着物、しかし目は鋭く、長年の風格を漂わせている。

その男――平家物語を語り歩いて40年――は、注文もメニューも関係なく、いきなり語り始めた。


「昔々、平家の栄華の…いや、その前に、俺がこの道を歩き始めたのは確か昭和の終わり頃だった。あの時、まだ若かった俺は、京都の裏道で…いや待てよ、話はそこからじゃなかった。いやその前に、俺は中学時代、学校の帰り道に猫と会ったんだが、そいつが妙に人懐っこくてな、あの猫、後に俺の人生の師となる…いや師っていうか、まあその、導きみたいなもんだ。そんで大学では…いや大学入ったのいつやったか忘れたが、とにかく、俺はサーフボードを背負って海へ行ったり、東京の地下鉄で寝過ごしたり、北海道でラーメン屋を探して迷子になったりしていた。そう、人生ってのは迷子になることが多い。迷子になった結果、俺は京都で平家物語を聞くことになる。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響き…いやそれだけじゃなく、俺は大阪でも聞いたし、名古屋でも聞いた。あ、いや、あの時はカラオケ電車でジュラシックワールドの生演奏も聞いたな…いや、それはちょっと余談か。しかし、余談じゃない、なぜならその経験が、俺を語り部にしたのだから。語り部になった俺は、道行く人々に平家物語を語ることになった。いや正確には語り歩いた。40年だ、40年。長すぎる。いやいや、まだ始まってもいない時期もある。人生の始まりも含めると、もっと長い。いや、そもそも俺が歩き始めたその瞬間から、平家物語は俺の中で始まっていたのだ。いやいや、そうだ、俺はまだ高校時代に、友達とプロレスごっこをしていたこともある。いや、それも関係ある。平家の武士も戦ってたろ?俺も友達と戦っていた、技を繰り出していた。あの時、俺は技名を叫びながら…いやいや、技名は忘れた。とにかく、俺は語り続けてきた。40年、いや50年、いや…もう数えるのも面倒だ。しかし、これが俺の人生であり、平家物語もまた、俺の人生だ。」


語りは止まらない。平家物語の歴史も、自分の中学時代の猫も、サーフボードも、プロレスごっこも俺は淡々と座って聞いている。

心の中で突っ込むしかない。

「いつから始まるんだ? 平家物語の本編は」


俺は会計を済ませると、淡々と立ち上がった。

スタイリストたちは湯豆腐を切り、ドライヤーで肉を温め、チャッキー人形は包丁を振り回して、DJ車掌はスクラッチを続け、平家物語を語り歩く男はまだ40年分の自分語りを垂れ流している。


俺は深呼吸し、心の中でツッコミを繰り返しながらも、表情は冷静そのものだ。

「はいはい、今日も日常やな」


そう、自分に言い聞かせる。

ここではこれが当たり前の世界だ。

常識も秩序も、ありとあらゆる枠組みも、すべて無意味。

しかし俺にとって、これが日常。


店のドアを開け、外の空気を吸う。

街の風景は変わらず、車や人々が淡々と動いている。

でも目に映る世界は、どこか常識とズレている。

いや、俺がズレているのかもしれない。


それでも、俺は淡々と歩く。

ツッコミを心の中に収め、今日も自分のペースで日常を生きるのだ。

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