第7話 海水浴
俺は今日、海に来た。
サーフボードを片手に、海が呼んでいる気がしたのだ。
砂浜を走り、波に向かう。太陽は完璧。潮風も完璧。ここまでは最高のシチュエーションだった。
だが、横を見た瞬間、その呼び声は一瞬でかき消された。
そこには――
黄金の甲冑をまとった数百の武士たち。
海風を受け、髪をなびかせながら、馬を踏みしめ砂浜に整列している。
太陽を反射する槍の先端が、一斉に空を突いた。
「出陣じゃああああああああ!」
その怒号が響いた瞬間、地平線の向こうから黒船が姿を現した。
大砲の口が炎を吐き、轟音と共に砂浜を抉る。
爆煙の中から飛び降りてくる無数の影。
それは、チャッキーだった。
赤毛をなびかせ、邪悪な笑みを浮かべながら――
まるで悪魔の軍勢。
「かかれえええええええええ!!」
武士の軍と、チャッキーの大群が砂浜で激突した。
斬られても斬られても立ち上がるチャッキー。
爆ぜる火花、舞い散る砂、血のように赤い夕日が戦場を染める。
一体のチャッキーは武士の槍を奪い、空高く跳躍。
そのまま馬ごと武士を貫いた。
別のチャッキーは俺のサーフボードを掴み、信じられないスピードで波を切り裂いていく。
空では、チャッキーたちがパラシュートで黒船から降下してくる。
(どこの特殊部隊や!)
そして黒船の甲板。
巨大なスポットライトが灯り、DJブースが浮かび上がる。
ターンテーブルを操るのは――電車の車掌。
耳をつんざくようなビート。
「サムライVSチャッキー! 今夜は地獄のサマーフェス!」
大砲がリズムに合わせて炸裂する。
武士たちの鬨(とき)の声が重低音と混ざり、砂浜はもはや戦場であり、ライブ会場でもあった。
俺はただ呆然と立ち尽くしていた。
サーフィンどころではない。
(ええい、なんやこれは! 俺のビーチの夏、返せぇぇぇぇぇぇぇ!!)
黒船の甲板に、突如スポットライトが走った。
武士とチャッキーが死闘を繰り広げる砂浜をよそに――そこでは別の戦いが始まっていた。
「はい、マグロ入りますーー!!」
ド派手な声と共に、巨大なクロマグロが甲板にドンッと置かれる。
その周囲に集まるのは、例の10人のスタイリスト。
全員、真剣な表情。
だが手に持つのは包丁ではなく――美容師のハサミ、トリマー、ドライヤー、鏡。
「前髪、ここ整えますねー!」
「サイドは鋭めに!武士カットで!」
「お客さーん、肩こってませんかー?」
「いや魚やろ!肩ないやろ!」
チャッキーたちが襲いかかる。
だがスタイリストの一人は、ドライヤーをマシンガンのように構え、熱風でチャッキーを吹き飛ばす。
別のスタイリストは、巨大な鏡で太陽光を反射させ、チャッキーを目くらまし。
さらにもう一人は、トリートメントを豪快にぶちまけ、黒船の甲板をスケートリンクのようにしてチャッキーを転倒させる。
「はい、マグロの赤身できましたー!」
「こちらトロ! 今なら炙りにしてもいいですよー!」
甲板上では、血と汗と海水と…なぜか醤油の匂いが混ざる。
観客のように集まった武士たちは戦いを忘れ、マグロ解体ショーに拍手喝采。
チャッキーですら最前列で正座し、ガン見している。
気づけば電車の車掌がビートを刻み、甲板はまるで「戦場寿司フェス」の様相。
武士の鬨の声と、マグロ解体の実況が重なり、波と砲撃がリズムを刻む。
俺はサーフボードを握りしめ、ただ呆然とその光景を見ていた。
(いや、なんでやねん。戦場のど真ん中で寿司と美容室の融合やってる奴ら、お前らが一番カオスやぞ!)
その時――海の家から、突如としてあの壮大な音楽が鳴り響いた。
「パッパパーン! パッパパーン!」
そう、ジュラシックワールドのテーマ曲だ。
武士もチャッキーも一瞬手を止め、壮大な音に振り返る。
スタイリストたちもマグロの中落ちを手に「えっ、このタイミングで?」とざわめく。
そして――波の上に現れたのは、一台のボブスレー。
その中に黒人男性。サングラスをかけ、全身ずぶ濡れで、なぜか全力で波に乗っている。
「イエーーーッ!!」
彼は雄叫びをあげながら、波を切り裂き、ボブスレーごとサーフィンをしていた。
ジュラシックワールドのテーマに合わせて、波の動きすら演出されたかのよう。
その姿はまるで人類史に残るスポーツの祭典。
「いやなんでボブスレーやねん!サーフボード使えや!」
心の中でツッコむが、周囲の誰も驚かない。
武士は普通に「おお、見事な乗りっぷりじゃ」と感嘆し、チャッキーたちは甲高い声で拍手を送っている。
スタイリストに至っては「サーファー感出すならここハイライト入れます?」と勝手に提案。
俺はサーフボードを持ったまま、波打ち際でただ立ち尽くしていた。
もう、海も戦も美容も、すべてが渾然一体となり、BGMはジュラシックワールド。
(いやほんま、今日の海どうなっとんねん…)
海の家からジュラシックワールドのテーマが最高潮に達したその時――。
波の上を滑るボブスレー黒人、黒船から飛び降りるチャッキー軍団、武士の突撃、マグロを解体するスタイリスト。
もうどこを見ても非現実の見本市。
…と、その混沌の砂浜に、場違いな姿があった。
「……あれ? 俺の車どこ?」
Tシャツに短パン姿の男。肩で息をしながら、砂浜を右往左往している。
よく見ると、彼のゼッケンには「タイヤ役A」と書いてある。
「いや、ここ海やぞ!? 車ないやろ!」
俺が心でツッコむ間もなく、彼は必死だ。
「たしかにこの辺に停めてたはずなんやけどなぁ……」と、砂浜を手で掘り返し始める。
隣で武士が斬り合いをしていても気にしない。
黒人がボブスレーで波を切り裂いても気にしない。
チャッキーが爆笑しながら飛びかかってきても気にしない。
ただひたすら、自分が支えるべき車を探している。
「運転手さん、待っとるやろなぁ…はよ見つけんと…」
その姿に、思わず俺は声を出しそうになった。
いや、運転手もこの戦場におるわけないやろ!
ていうか、そもそも車がここに来るわけないやろ!
だがタイヤ役Aの目は本気だ。
その目は「俺の使命はただ一つ、車体を支えること」と言っていた。
そう思いながらも、俺は声を出さない。
今日もただ、心の中でツッコミを入れるだけ。
サーフボードを小脇に抱え、踵を返す。
海に入る気はもう失せていた。
太陽は変わらず眩しく、砂浜の熱気は変わらず強い。
けれど、これが俺の日常だ。
異常すぎる日常。
だからこそ、何も言わず、何も驚かず、ただ帰る。
俺はいつも通りの歩調で、海をあとにした。
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