第3話 人間タイヤ



朝、俺は車に乗っていた。

信号が赤になり、車は止まる。隣の車も止まった。ふと見ると、異様な光景が目に入った。


「え…タイヤがない?」


よく見ると、車体の下にタイヤはなく、人間が車を支えながら移動しているのだ。

タイヤ役Aとタイヤ役B、タイヤ役Cとタイヤ役D。全員で車体を持ち上げ、前に進めている。まるで巨大な人力カーリングだ。


運転手が声をかける。

「次、右まわってー」

「タイヤ役、わかったー!」

タイヤたちは息を合わせ、車体を揺らさず旋回しようと必死だ。


しかし、タイヤ役Aがタイヤ役Bに文句を言う。

「もっと綺麗にまわらないと、遠心力で運転手さんしんどいんやで!」

Bは反論する。

「いや、あんたらが一番しんどいやろ!」


俺は黙って見つめる。頭の中でツッコミが止まらない。

「いや、これ車やぞ…。普通タイヤが回るやろ…。なんで人間やねん…!」


通行人も振り返るが、誰も驚いていない。歩行者も自転車も普通に通り過ぎる。どうやらこの世界では、人間タイヤは日常らしい。


俺は赤信号の間、淡々とその光景を観察する。

運転手はハンドルを握りながら指示を飛ばす。

「もっと右!ゆっくり!ああ、遠心力!踏ん張ってー!」

タイヤ役たちは全力で回転し、汗が飛び散る。

車体は微妙に揺れ、見ている方はヒヤヒヤする。


信号が青に変わると、車はゆっくりと進み始める。タイヤ役たちは息を切らしながら必死で回転を続ける。

俺は心の中で呟く。

「いや、交通ルールもクソもないな…。誰が止めるねん、これ…」


交差点を曲がるたび、タイヤ役同士の掛け合いが聞こえる。

「もっと息合わせろや!」

「いや、俺はもう限界や!」

運転手はそれでも冷静に指示を出す。

「右右!速度維持!」


俺は少し笑いそうになったが、表情は淡々と保つ。

だが心の中では、突っ込みが止まらない。

「いや、車ってそういうもんやないやろ…。普通タイヤ回るやろ…。誰が運転してるんや…!」


信号がまた赤になり、車は止まる。タイヤ役たちは車を支えながら汗だくで休む。運転手はハンドルから手を離し、深呼吸している。

俺は静かに車の窓から外を眺める。赤信号の間だけでも、世界の常識の崩壊が目に飛び込んでくる。


「今日も、変な日になりそうだな…」

頭の中で淡々とツッコミを入れつつ、彼は次の信号を待つ。


信号が青に変わり、車はゆっくり前進。俺は横目で観察していると、ふと前方に目をやった。


すると、前の車を運転しているのはチャッキー人形だった。

赤いオーバーオールにドリルのような笑顔、両手でハンドルを握り、ゆっくり車を動かしている。

タイヤ役A・B・C・Dの全力ぶりを横目に、チャッキー人形は涼しい顔で運転している。


さらに踏切に差し掛かると、カラオケ電車が通過していった。

電車の座席にはマイクを握る人々、女子高生もサラリーマンもお婆さんも、みんな熱唱している。運転席のDJターンテーブルからはリズミカルな音が流れ、車両全体が歌とビートで満たされている。


俺は思わず頭を抱える。

「いや、もう何が現実か分からん…。チャッキー人形が運転し、人間タイヤが支え、カラオケ電車が通過…」


しかし、周囲の人々は全く驚かない。通勤の人も、子供も、犬を散歩させる人も、皆いつも通りに行動している。

この世界では、シュールで奇妙な光景が日常なのだ。

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