【短編】タイトルが思い浮かばない
かみやまあおい
タイトルが思い浮かばない
カフェの窓から、秋の終わりを告げる冷たい風が吹き込んでくる。
目の前には開かれたノートと、まだ何も書かれていない一行。
いや、正確には違う。
物語は頭の中に全てある。
主人公の生い立ちから、彼女が恋に落ち、裏切られ、そして最後には一人で旅立つまでの全て。
登場人物たちの顔も、彼らが交わす言葉も、ラストシーンの夕焼けの色さえ、鮮明に描ける。
なのに、どうしても決まらないのだ。
タイトルが。
ペンを指先でくるくると回す。
ノートの端には、ボツになったタイトル候補がいくつも書き殴られている。
『最後の言葉』
ありきたりすぎる。
『夕焼けの向こう側』
ロマンチックすぎる。
『カエデと彼女』
なんだか安っぽい。
物語の全てを凝縮し、読み手の心を一瞬で掴むような、そんな完璧な言葉がどこにも見つからない。
ああ、どうしてこんなに難しいのだろう。
タイトルがなければ、この物語は存在しないのと同じだ。
誰にも読まれることなく、僕の頭の中だけで終わってしまう。
そう思うと、焦りが胸を締め付ける。
もう何日も、何時間も、この一行と睨めっこしている。
「何かお困りですか?」
いつの間にか、店員が空になったマグカップを下げに来ていた。
僕が言葉に詰まっていると、彼女は優しく微笑んだ。
「もしよかったら、これどうぞ」
彼女が差し出したのは、温かいココア。
無言で受け取ると、彼女はふっと笑って、またレジの方に戻っていった。
温かいマグカップを両手で包むと、少しだけ心が落ち着いた。
そうだ、焦る必要なんてない。
完璧なタイトルなんて、もしかしたらないのかもしれない。
ふと、物語の主人公の顔が頭に浮かんだ。
彼女は最後の旅に出る前に、こう言った。
「言葉なんてなくても、伝わるものがあるんだ」と。
そうだ。もしかしたら、この物語にタイトルは必要ないのかもしれない。
完璧な言葉を探すことこそが、僕を縛りつけていたのかもしれない。
僕はペンを握り直し、ノートの一番上に、力強く書き込んだ。
「タイトルが思い浮かばない」
そして、その日の夕方、僕は完璧なタイトルがついた物語を書き上げた。
【短編】タイトルが思い浮かばない かみやまあおい @thunder_aoi
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