第7話 新たな価値観

「台所は女人の務め——そう教わってきたが、もはやその時代ではないのだな」


 そう呟いたのは、勝家の側近であり、忠義に厚いことで知られる家臣・河原田信三郎かわらだしんざぶろうであった。


 未来の暮らしに少しずつ慣れ始めたある日の午後、仮住まいとなっている施設のキッチンでは、女中たちが慣れた手つきで調理や掃除を行っていた。その様子を、家臣たちは少し離れた場所から見守ることしかできずにいた。


「こうして見ているだけでは、まるで己が武士でなく、客人のようだな……」


「だが、男が女の仕事に口を出すのは、はばかられるものだろう……」


 そんな会話が交わされていたが、それを聞いていた市は、にこやかに口を開いた。


「皆さま、女の役目とされてきた家事も、この時代では男女の分け隔てなく協力するのが当然とされております。武士として誇りを持つのは大切ですが、時代の流れに背を向けてはなりません。」


 家臣たちは顔を見合わせた。勝家が未来での協力を誓った今、自分たちだけが古い価値観に縛られているのは、確かにおかしな話である。


「ふむ……では、試しに手を貸してみるか……」


 最初に動いたのは信三郎だった。おっかなびっくりキッチンに近づき、女中のお菊に声をかけた。


「なあ、お菊。この“皿洗い”というのは、どのように行えばよいのだ?」


 お菊は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに笑顔を見せて答えた。


「はい! こちらがスポンジ、そしてこの透明な液体が“台所用洗剤”です。お皿にぬめりが残らないよう、しっかり泡立てて洗うのがコツですよ。」


「泡立て……なるほど、まるで兵の鎧を磨くようなものか。」


 そう言って、信三郎は真剣な表情で皿を一枚一枚丁寧に洗い始めた。その姿に、他の家臣たちも釣られるように動き出す。


「俺はこの“掃除機”というものに挑戦してみよう。」


「ならば、俺は料理だ。火の管理は得意だからな。」


 武士たちは皆、最初こそ不器用だったが、戦場で培った集中力と器用さはすぐに発揮された。包丁を握る手は刀のように正確に動き、掃除機の操作も“槍を構えるように”と誰かが言うと、一気に上達していった。


 特に感動したのは、女中たちだった。かつては威厳に満ちていた武士たちが、まるで子どものように目を輝かせながら家事に取り組む姿は、微笑ましく、どこか誇らしかった。


「男も女も関係なく、皆で暮らしを支えるのがこの時代の“武士道”なのですね。」


 そう語ったのは、若手の家臣・久賀仁平くがじんぺい。彼は卵焼きを上手に焼けたことに感動し、その日から“料理番”を志願するようになった。


 やがて家臣たちは、当番制で掃除や洗濯、炊事を分担するようになった。女中たちとの連携も自然と取れるようになり、笑顔が増えていった。戦で命を懸けてきた者たちが、今では日常の営みの中で誰かのために働くことに喜びを見出していた。


 そんな彼らの変化を、市はそっと勝家に伝えた。


「皆、変わってまいりましたね。家事は卑しいものではないと、心から理解してくださったようです」


 勝家は静かにうなずいた。


「戦で人を守るのも、家で暮らしを守るのも、同じことかもしれぬな。……この時代で、また一つ学ばせてもらった。」


 過去の価値観を脱ぎ捨て、未来の人々と肩を並べて生きる覚悟。それは、勝家一行にとって真の意味での“転生”だった。


 彼らはもう、戦に明け暮れた日々を生きるだけの存在ではない。この21世紀で、生き、支え合い、新たな武士道を築いていく——その第一歩を、確かに踏み出していた。

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