第6話 武士の意地と受容

 かつて、柴田勝家は死を覚悟していた。戦国という無慈悲な時代の中で、最期の刻を迎えることに一片の迷いもなかった。己の命と引き換えに忠義を貫き、家臣と共に滅びる覚悟を持っていた。それが、奇跡のような出来事によって未来へと転移し、今や清潔な寝具に身を沈め、静かな夜を過ごしている。


 白く光る天井、無音で空調を調節する機械、湯を沸かすにも火を使わぬ台所。これが“21世紀”という時代の暮らしなのかと、勝家は目を閉じながら自問した。


「……俺たちは、本来なら戦乱の世で、武家として潔く果てるはずだった。だというのに……このような“はいてく”と呼ばれる物に囲まれ、のうのうと生きていて良いのだろうか……」


 その呟きは、天井に吸い込まれるように静かに響いた。未来の快適さは、死地を覚悟した者にとって、時として罪悪感すら伴うものであった。


 そのとき、隣に座っていた市が、穏やかな声で語りかけた。


「勝家様、よいのです。私たちは生きているのですから」


 勝家は思わず顔を向けた。市は柔らかく微笑んでいたが、その瞳には確かな意志の光が宿っていた。


「この時代の方々は、私たちのことを怪しまず、受け入れてくださった。住む場所を与え、学ぶ機会を与え、こうして日々の暮らしを支えてくださっている。それを無碍にすることは、かえって彼らの善意を傷つけることになりませんか?」


 勝家は言葉を失いながらも、市の言葉を一つひとつ噛み締めていく。その想いは、どこまでも真っ直ぐで揺るがぬものだった。


「市……」


「私たちがここで新しい生活を送ることは、戦国の世で私を支えてくれた者たちへの感謝でもあるのです。もし神が我々にもう一つの人生を与えてくださったのなら、それを無駄にせず、この時代で力を尽くすことこそ、報いになるはずです」


 その言葉に、勝家はしばらく黙し、そして深く息を吐いた。どこか霧が晴れるような感覚が胸に広がった。


「……そうだな。確かに、我々はこの時代の者たちに助けられている。ならば、その恩に報いるためにも、この時代での役割を見つけるべきだろう。逃げてはならぬな」


 市は微笑みながらうなずいた。


「私たちの知識も、経験も、きっと何かの役に立ちます。共に新しい道を切り開いてまいりましょう」


 その夜、勝家は全ての家臣を集めた。畳ではなく、柔らかなソファと照明のもと、彼はかつての軍議のように語り始めた。


「皆、この時代の者たちは、我らを温かく迎え入れてくれた。今こそ恩に報いる時だ。かつて戦で磨いた技、知恵、礼節……それらを、今一度この地で活かす時が来たのだ」


 家臣たちは一様に神妙な面持ちで聞き入り、やがて深く頭を下げた。それは、過去にしがみつくことではなく、新しい時代に生きる覚悟を持った者たちの姿だった。


 やがて彼らは、歴史や戦術、文化、礼法など、戦国の知見を現代に伝える取り組みを始めた。子どもたちに甲冑の構造を説明し、地域の防災訓練に戦術的視点から助言を与え、時には時代劇での演技指導の依頼も飛び込むことがあった。勝家自身も、かつての武将としての威厳を失わず、現代人との交流の中で人々に深い感銘を与えた。


 かくして、彼らはただ“過去から来た者”として生きるのではなく、“今を生きる者”として、新たな役割を果たし始めたのである。


 現代という舞台に立った柴田勝家とその一行は、もはや過去の亡霊ではなかった。彼らは未来の大阪で、新たな意義と使命を見出し、生きることに誇りを取り戻していた。

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