殺し屋と学生服

砂糖醤油

殺し屋と学生服

 殺しをする時、私はいつも学生服を着る事にしている。

 特に制服の種類に思い入れはない。

 潜入には便利かもしれないが、その理由は正解ではない。

 高校生になれなかった私はきっと馴染まない。

 ただ、奪われた事を忘れないようにしたいだけだ。


 誰をどのようにして殺したか、そんなものははっきり言ってどうでもよい。

 仕事を達成して数か月食いつないでいければそれでいいからだ。

 ターゲットも、まぁ命を狙われるほどの人間なんだろうなとしか思わない。

 殺しに同情はいらない。

 考えたところで、明日の飯が食えるわけではないのだから。

 行き場のない恨みがあればそれでいい。



 脇腹が痛い。



 恨んでいたかったのだ。

 誰かのせいにしたかったのだ。

 私は「普通」はなれないのに、何故彼らはのうのうと好き勝手に生きているのか。

 恨みの吐き出し口を見つけたくて、とにかく殺してきた。

 世界を綺麗にしたいとか、そんな大それた願望はない。

 ただ、何かのせいにして殺す。

 押し付けるように殺す。

 生きるために殺す。

 ちょっと血が騒ぐのを感じて、私は本当に終わっていると実感する。



 咳をする。

 視界が少し眩んだ。



 最近になって思った。

 世界がどうなろうと構わないけれど、私は恨みのはけ口を間違えていたのではないかと。

 殺した相手への同情ではない。

 途方もない作業に私は疲れ果てていた。

 こんな形じゃいつまで経っても終わらない。

 それは、何となく嫌だ。

 だから死ねばいいと思った。



 痛みが増す。

 じっとりとした液体が体から滲んで、流れ落ちていくのが分かった。



 今日も私は制服を着た。

 少しだけ方向性の持った恨みを抱えて、いつものような足取りで事務所へたどり着いた。

 自分にとっては都合が良いけれど、殺し屋が本拠を構えるなんてアナログだと思う。

 同僚たちが視界に写った。

 境遇はどうでもいい。

 彼ら彼女らも結局私と同じ、奪う事でしか生きていけない者達だ。

 情はひとつもわかない。

 私は銃を取り出した。


 銃弾が的確に同僚たちの眉間を貫き、あっさりと命を奪っていく。

 丁寧に、確実に、いつものように命を奪う。

 どうでもいいが、才能はあったのだろう。

 本当にどうでもいいが。


 それから階段を上って、見つけた人間を片っ端から始末した。

 何かを喚いていたが、人殺しに倫理を説く時点で間違いだ。

 唾が飛んで、喧しかったから引き金を引いた。

 返り血が面倒だったので、適当に距離を取ってから殺した。

 私はその程度で人を殺せる人間で、彼はその程度で人に殺される人間だった。

 クソだなぁと思った。



 シャツをブレザー越しに手で確認すると、赤く染まっていた。



 2発くらい銃弾を食らったが、ともかく偉くない人は全員殺した。

 最後に残ったのは、私に生き方を強制させた男だった。


 扉を開け、既に事態を把握していたのか、男は動転していた。

 口を魚のようにぱくぱくと開ける様子を見て、何だかがっかりした。

 この人でも命が惜しいんだな。

 結局人間なんて誰も彼も、壊れるまでは同じだよな。


 男は最初に金を持ちかけた。

 一生分を生きていける金をやると。

 私は要らないと答えた。、と。

 男は傷を治してやると言った。

 私は必要ないと答えた。

 男は次に地位を持ちかけた。

 私はどうでもいいと答えた。

 男は最後に、無様に命乞いをしながら普通に生きさせてやると言った。

 心底私はうんざりした。

 「普通」が何故美しいのか。

 血にまみれていないからだ。

 「普通」を生きるには、私の手はあまりにも汚れ過ぎていた。


 普通に生きたいけれど、私が普通に生きられないから世の中は成り立っている。

 そんな事も分からないのか。

 死への恐怖で頭が働いていないんだろうな。


 こんな人間でもちょっとは尊敬していたと思っていたけれど。

 まぁでも、がっかりしたな。

 私はいつも通りに引き金を引いた。



 血の気が引いていくような感じがする。

 穢れた血が体から抜けて、少しずつマシになっていく気がする。



 「殺し屋」としての私の役目は終わりを告げた。

 達成感は全くなかった。

 悪は栄えないが、滅びもしない。

 一つの組織を潰したところで、きっと同じような組織が生えてくる。

 世界が完全に綺麗になる事はない。


 どうでもいいか。

 私は致命傷を負って、やっと自由になれた。

 この命は残り数時間くらいだけれど、それが丁度良い。

 生きる事が出来てしまったら、私はきっとそれに縋るだろう。


 痛みを感じながら歩く。

 海に行きたかった。

 深い理由はない。

 美しそうだったから、なんて誰かのものをそのまま写した理由だ。

 けれど私の足は消えそうな灯火の中で、必死に動いていた。


 学生服を着た女の子とすれ違った。

 ちょっと血を見ただけでひっくり返りそうなくらい、ひ弱で尊い女の子だった。

 彼女は何を思って生きているのだろうか。

 明日が楽しみだとか、宿題だとか、ひょっとしたら退屈とさえ思っているかもしれない。

 退屈と思うことさえ、愛おしかった。


 私も環境一つ違えば。

 流行りの奇抜なスイーツを堪能して。

 好きなところに行って、写真を撮ってSNSにあげて。

 歌いたいだけ歌って、泣きたいだけ泣いて、笑いたいだけ笑って。

 恋愛に悩んで、苦しんで。

 ちょっとの対立もあって。

 友達との思い出を振り返って、泣いたり笑ったりできていたのかな。

 

 もしも、なんてものは現実逃避だ。

 過去には帰れない。

 罪が綺麗さっぱりなくなる事はない。

 私は、私でいる限り「普通」には届かない。

 分かっているよ。

 私なんかがなれないから、「普通」は尊いんだ。


 砂浜にたどり着く。

 霞んでいく視界の中に、青が確かに見えた。



 ちょっと眠い。



 流石にもう歩けないと、私は砂浜に倒れ込んだ。

 痛みも気にならず、ただ「もう死ぬんだな」と他人事のように思った。


 あぁ、でも。なんだか。

 砂浜で眠るって、何だか学生っぽくて。

 私には過ぎた末路なんじゃないかなって、ちょっと面白かった。

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殺し屋と学生服 砂糖醤油 @nekozuki4120

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