第6話:非日常の作り方


動きやすい服装で、荷物は最小限。携帯をポケットに入れて他に持つのは、肩から下げたエナメルバックの中に100均の野球バット、計5本。それに公園で集めた大きめの石十数個と、同じく公園の砂。水の入ったペットボトル2本。あと今日政府から貰った資料をクリアファイルに入れてこちらもエナメルバックへ。持ち物以上。


よし、準備OK



「今日もよろしくお願いします」



門に一礼、昨日の負け惜しみの分の宣戦布告。さぁ、今日もいっぱい楽しませてもらおう。

開いた門から石造りのダンジョンへ。ひとまず入ってすぐ遭遇という形にならなかったことに安堵しながら荷物を下ろした。エナメルバッグから1本バットを引き抜く。


今日やることは3つ

1つ、自分にもモンスターにも開示を使いまくること

2つ、スライムを倒しまくって経験値を稼ぐこと

3つ、ダンジョンを散策すること


ついでに、戦ってるうちにスキルを取得できればいいんだけど…そんな上手くはいかないと思う。ひとまず、と。



「まず1戦、かな」



開示、と唱えれば昨日と同じスライムのステータス。昨日ぶりのお見合いに、ワクワクした心が止まらない。

ステータスを消してバットを牽制のように軽く振りながら1歩、また1歩近づいていく。スライムがぎゅうと身体を縮めた――来る。

跳んでくるなら行動の予測は可能…と、横に転がったすぐ傍をスライムの粘着音が過ぎった。



「いやこっわ!やっぱ見切るとか避けるとか普通は無理なんだって主人公ども!」



一直線に跳んでくるなら横に避けれる。その予想があってもこんなギリギリになるなら見て、理解して、避けるのは普通に無理。私の命の危険が先に来る。



「これ繰り返してたら見切りのスキル付くのかなぁ…スキルより先にレベ上げ優先だな」



もう一度スライムと向き合う。ぴょんぴょんと跳ねたスライムがまた身体を縮めた。ちょっと恐怖で竦む身体に鞭打ちながらバットを振り回す。見切れる気はしないけど目は離さない。当たれ当たれ当たれっっ!


ばしゅ、というバット越しの手応えとともにスライムが壁へと弾かれ、エフェクトになる。スライムが当たったバットは鞄と同じくどろっと溶け始めていた。



「スキルに幸運持つと、ラッキーで当たったのかちゃんと狙えたのか自分でわかんないな…幸運頼りは絶対どっかで詰むから嫌なんだけど」



そもそも。スキル《幸運少女》というのがタチ悪い。スキルっていうのは使おうとして使うものでしょう?幸運ってどう考えても常時発動型のものじゃない?政府の人は使えば使うほどレベル上がるって言ってたけど幸運ってどうやって使うんだって話だ。



「とりあえず魔石1個。バットはまだ使えそう。レベルってスライム何体で上がるんでしょう、ね!」



ダンジョンの中だ。ゆっくりはさせて貰えないらしい。ぴょんという音とともにまた新手がいらっしゃった。



「【開示】」


【ステータス

名称:スライム Lv.1

スキル:《毒液》 Lv.1】


「特に変わりなし。おk」



怯えるな、止まるな。連戦なんてレベ上げ族にはありがたいものだ。幸運スキルをものにできなきゃどうせ詰む。スライムの連戦で、考え続けろ。


スライムは飛び跳ねて近づく攻撃しか今の所ない。ラノベでも特殊攻撃をするスライムなんて特殊個体ぐらいだしこれが通常と見ていい。それに最初のダンジョンの1Fで初見殺しがあるとも思えない。…あぁでも別にこれ初心者向けダンジョンってわけじゃないわ…何が起きるかわからない、油断禁物。

スライムの攻撃はよく見ること。タイミングが合えば向こうは避けることできない。身体を縮めて、跳ねた瞬間に、バットを上から振り下ろすっ!

べシャッと、液体が弾ける音がした。跳ねた液体が靴に少しかかり…じゅわっとその部分が僅かに溶ける。



「あっぶな!はぁ!?倒したあとの飛び散った分も毒液効果あんの?あるか普通は。そうだ、消えるまではその液体も"スライム"だもんな」



冷静になった思考でうんうんと頷く。今のは予想できたのに軽く見た私が悪かった。



「穴とか空いてないし大丈夫、かな。かかった量が少なかった?それともすぐエフェクトになったから効果が薄かった?ん〜知っときたい気もするけどこれ確かめようないよな〜」



ダンジョンにおいて知識は超重要。自分で確認できるものは絶対しといたほうがいい。そのために色々持ってきてはいる。

ただ…スライムの毒液を実験する方法がない。思いつくのは倒さず少量の毒液を浴びてみる、とかだけどあんな跳ね跳んでくる奴相手にどうやって生かさず殺さずの立ち回りをすればいいのか。知識は重要だが本当に大事なのは生き延びること。私もスライムもLv.1で、1体倒すのもギリギリな今に試せることじゃない。


まずは、とにかくたくさん戦って私自身の経験値を上げる。

石をポケットに数個詰め込んで、半分程の長さになったバットを握る。安全のためにもう1本持っときたい気もするけど、二刀流は自分で事故る気がするのでせめて広いところでやりたい。


なんせ今から、初めてダンジョンの通路に入るんだから。


懐中電灯代わりに携帯のライトで通路を照らす。落とす可能性もあったので迷ったが、ライトとカメラを両使いできる携帯を使わない手はなかった。カメラ使うかわからんけど。でも首から下げれるようにすればよかったな、反省。


松明があるとはいえ主な通路は光が届かず暗い。角は特に注意を、と1つめの脇道を照らして…ぴょんとすぐ先にスライムが跳ねた



「ヒャッ…!待ってそんな幽霊みたいな表れ方しないでもうちょいわかりやすく出現して!?動いてるときは水音するじゃんほぼ待ち伏せじゃんかあ!!」



叫びながらスライムがいる脇道を照らす。脇道と勝手に呼んでるだけで普通に通路になってる道の先は、またポツポツと松明が照らしていた。けど今はそれどころじゃない。

バットを構える。スライムが近づいてくれたおかげで松明の範囲内、携帯で照らす必要なし。

それに少し安心して……みょーんと聞こえた音に身体が強ばった。


いやだって。敵は目の前にいて、音も正面から聞こえるはずで。バットで牽制しながら、ポケットに入れかけた携帯を元の通路に向ける。白い光が、跳ねるスライムを捉えた。



「だっから…幽霊みたいな表れ方すんなっつってんの!?さっきまではいなかったはずなのに脇道照らしてる間に近づいてくるのはズルくない!?しかもゆったりと音響かせて…ってかスライムが水音ってのが尚更タチ悪いんだけど、もうちょいポップな音楽引き連れながら現れてくんないかなぁ!」



落ち着け落ち着け落ち着け!瞬時に命の危機になるわけじゃないから落ち着け!これは挟み撃ちじゃない。逃げることもできる。それに距離も違う。大丈夫落ち着け。

冷静に思考を回せ。2体いるから焦るんだ。なら2体同時に相手にしなければいい。まず1体いなくなればいい。つまり。



「【開示】!」



叫ぶ。両方ステータスは変わらない。よし。

先に現れていたスライムが身体を縮めようとしている。距離は近い。そのままさらに近づいて、バットを振り下ろす。そうだ、スライムが貯めを作るより私が振り下ろすほうが早いじゃん。


1体目のスライムがエフェクトになるところを目の端で捉えて2体目。さっきみたいに近づく余裕はない。半分より短くなったバットで向き合うのは怖すぎ。ってか携帯で照らしながらは戦いにくい。相手はもう身体を縮めてる、来るかも…咄嗟に、バットを投げた。これで倒せるなんて思ってない。障害物があれば飛びかかってこず、逃げる隙を作れると思っただけ。そしてバットはスライムに当たり…スライムが、溶けていくバットを丸ごと飲み込もうとしている。


捕食本能。ラノベでよく見るスライムの生態系に、ゾクリと嫌な汗が流れる。

今しかない。

靴を放り捨てて靴下を脱ぐ。その中にポケット石を詰め、ダッシュ。片足裸足でダンジョンを走る恐怖はなかった。それよりバットを吸収したスライムが強化する可能性のほうがよほど怖かった。


靴下を振り下ろす。すぐ飛び退いたおかげで液体は足にかかることなくエフェクトとなって消えていった。



「勝った…!」



恐怖と歓喜の中で呟く私の前に、【開示】の文字が出現した。



【開示】

【天堂湊音:Lv.1→2】



「レベルが、上がった…レベル上がった!」



思わずガッツポーズが出る。ファンタジーを経験している高揚と、"自分はやれたんだ"という歓喜がじわじわと湧き上がる。



「きた、できた、やれた…進めた!あぁ最っ高…!」



もう1度ステータスを確認して、またニヤける。たった1歩、されど1歩。自分の力で掴み取ったという事実がなんとも言えない快楽になる。



「さぁ…さぁ、まだまだやるよ。もっとやるよ。まだやれるよ私は!気抜くな、ここで落ち着くな私!」



パンパンと頬を叩く。そう、ここがゴールじゃないんだ。まだまだ始まりだ。

放り捨てた靴を履き直す。靴下は溶けたので裸足で。少し違和感はあるが動くのに問題はない。魔石も回収。昨日のと合わせてこれで5個。何になるかわからないけど集めておく意味はあると信じたい。

バットも石ころもなくなったので一旦入口まで戻る。休憩がてらに壁を背に座って、水分補給を取りながら政府の資料を開いた。


パラパラとページを流し読みする。書かれているのはほとんど今日の招集で言われたこと。

レベルの上げ方だとかスキルレベルだとか…スキルの実例は書かれていない。向こうも無闇矢鱈に情報を垂れ流す気はないんだろう。へぇ、スキルは回数だけでなく長時間使うことでも経験値になるらしい。だろうね。


かろうじて新たなスキルの獲得方法として「ダンジョンで同じ戦法を続けることでスキルの経験値を得られる可能性もある」と書かれているが…なんだその曖昧なの。間違ってないだろうけど…って、もしや政府も獲得の確かな原因がわかってない?私はラノベ見てるからこういうものだと理解できるけど…そっか、ラノベ知識ないのか。ファンタジーの理解度でいえば私みたいなのはちょっと政府より優位かも。

…それにしては、ダンジョンとかステータスとか、ファンタジー用語使ってましたけどね〜?


あとはモンスターについて。スライムのステータスと、物で叩けば倒せること。特殊個体の表記も特になし。

待って、モンスターってスライムしか書いてないの?他モンスターなし?ってことはどこも最初はスライム…初心者向けダンジョンってことになる?

あーダンジョンについても載ってる。敵はスライムしかいない。環境はそれぞれ異なる。そして…ボス部屋


ヒューと口笛を吹く。やっぱりあるよね、知ってた、素晴らしい。ただ政府もボス部屋の中まではまだ調査できていないらしく、それ以上の情報はない。ダンジョン出現してまだ2日目、そりゃそうだ。あるとわかっただけで私としては充分。


それにしても、と私は更に思考を回す。政府はやっぱり私たちより持ってる情報が多いけど、ダンジョンの全てを知ってるわけではないらしい。ならダンジョンとは何なのか…


1つ、神様が人間への試練として生み出した可能性。世界中のダンジョンを制覇できなければ、人間は出来損ないとして絶滅させる、みたいな。こういうので神様を説得できるのは主人公だけだから私にはどうしようもない。一旦放置。

2つ、異世界で問題が起きて、逃げ出すためにこの世界にくっついた可能性。この場合ダンジョンだけでなく向こうの現地民とかも来る気がする。ワールドワイドな問題、私じゃどうしようもないな、放置。

3つ、異世界の魔王か勇者か、向こう側の存在がこっちに転生してきて、魂と一緒に魔力とかも持ってきちゃった可能性。この場合派生してどんどん向こう側の人が転生したり転移したりしてやべえ戦争みたいになる気がする。ま、主人公である当人たちがなんとかするから私には関係ないか。

4つ、政府が戦争かなにかのために黒魔術とかに手を出して成功してしまった可能性。さすがに自国がそこまで終わってると思いたくない。いや、SNSの噂では世界各地にダンジョンがあるらしいしこれは違う、と思う。

5つ、昨今のラノベやアニメ流行りにより人々の想像力が豊かになって、その強大すぎる想像が世界に反映された可能性。正直これが1番平和でありがたい。主人公が最後の敵倒したあとに世界からダンジョンもファンタジーもなくなる、ってオチみなりにくそうだし。


パッと思いつくのはこの5つくらいか。どれだったとしても政府が隠してる情報はありそうだし、政府が事前情報を持ってる限り政治に利用されるのは変わらなさそ…うん、独学でいいや。


他に見とく情報は…とページを捲る手が止まる。松明のぱちぱちという音だけが響く世界に、ぴちゃんと聞きなれた水音が響いた。

ってかあの松明、火消えないんだ。あれも魔法の一種か。


余計な思考を振り払って新しいバットを握る。部屋にスライムが入ってくる。開示を唱えて通常のスライムであることを確認。ぴょんぴょんと跳ねたスライムが、身体を縮めた。…今!横に転がり避ける。何度も戦ってタイミングにも慣れ、恐怖心が薄れたからか今度はしっかり避けれた。すぐに立ち上がる。スライムが跳ねる。こちらも1歩、距離を詰める。縮む、見る、避ける。身体が慣れてくればだんだんすぐ動けるようになる。さっきのレベルアップで自分に自信もついた。距離を詰める。スライムが縮むより、私がバットを振り上げるほうが早いっ!


バチュンという感触とともにスライムがエフェクトになる。あえて時間をかけて戦ったせいで精神的に疲れたが、まあまあ頑張ったほうだろう、と。



【開示】

【スキル:《危機察知》を獲得】



「!【開示】っ」



咄嗟に自分のステータスを開く。今日だけで何度も見た文字列に加わった新しい文に、なんとも言えない感情が湧き上がる。



【開示】

【ステータス

名前:天堂湊音 Lv.2

スキル:《幸運少女》 Lv.1、《危機察知》Lv.1】



ダンジョンに入ったときからラノベのモブとして死ぬことを恐れて、自分より強いとスライム相手に全力で、曲がり角でスライムに当たりそうで驚いて、1vs2で危機感を覚えて、休憩中にもバット片手でいつでも戦える準備してて。

多分、そういう積み重ねが、スキルとなって顕現した。何度もやれば新しいスキルが得れるって私の予想は間違ってなかった!これなら開示を繰り返すことによる鑑定や、あえて何度もスライムを避けたことによる見切りもスキルになる可能性は十分にある。それが知れたのはとても大きい。


それはそれとして。私のラノベ知識に判断を委ねるのであれば。



「《危機察知》ってどう考えても常時発動型なんだよなぁ」



常時発動型のスキルは使っているという自負が得られない。多分経験値は積み上がってるしその内レベルアップすると思うんだけど…スキルのおかげなのか自分の実力なのかいまいちわかんないのがなぁ…特に幸運。常時発動型だけどいっつも幸運ってわけじゃないだろうし。危機察知もどれくらい察知できるのか…ってかスキルってなんだ、五感が良くなるとか身体能力が上がるとかでいいのか?

普通のラノベなら身体に影響出るんだけど…どうだ?



「まだ全然わからんな…やって試していくしかないか」



できることは増えてるはず。大丈夫、起こった事象が幸運だと思えば幸運だし、危ないと感じたら危機察知だ。結果論で思い込めばそうなる。その割合が人より高くなってる…はず!



「幸運と危機察知…私の第六感は強い!おk、いける!」



私はくるりと手の中でバットを回す。うん、なんか行ける気がしてきた。これも危機察知で危機がないことをわかってるからかもしれない。


あとは…見切りと鑑定かな

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