第5話:凡人にはちょっと無理

太陽が照っている。空は快晴。バカみたいに良い天気がジリジリと身体を焼き尽くしてくる。時刻は11時半。正午の集合までもうすぐだと重い足を動かす。



「っだぁー…なんでこんな暑っつい日に外歩かなきゃいけないかなぁ…そもそもなんで集合時間が正午なわけ?お腹空くと思わないの?ってか昼食出してよ…」



恨み言が絶えない。ブツブツと1人呟きながらも、重い足は目的地に着いてしまう。都会のど真ん中にある、硬っ苦しい重い雰囲気を纏う建物。きっちりスーツを着こなす人々の中には、緊張した表情でおずおずと中に入っていく人も。

そして建物の前にデカデカと書かれた、【警視庁】の文字…頼むからマジで帰らせてほしい。なんで集合場所が警視庁なのさ…人多いしみんなきっちりしてるし堅苦しいし…私の苦手な空気なんですけど。人見知りニートにはかなりキツイ。


文句を言っても仕方がない。できるだけ人と目を合わせないように下を向きながらロビーを通って受付に向かう。送られた手紙を見せればにこやかな笑顔でエレベーターの場所と会議室を教えて貰えた。

なんか…随分と手薄?私が誰かから手紙を奪った悪い奴とかだったらどうするんだろ。身分も確認されなかったし…不審ま奴を建物内にばら撒くことにならない?それともここを集合場所にした時点でなにか対策が為されてるのか…ま、これも"考えてもわからん"の範囲か


エレベーターを上がって会議室に向かう。幸か不幸か、同じタイミングで会議室に向かう同士はおらず、エレベーターを降りた所から私1人。つまり、自分で扉を開けて会議室に入らなきゃいけない。色んな人に紛れて入りたかったのに…

意味はないかもしれないが恐る恐る、ゆっくり扉を開ける。中には50人ほどの男女がバラバラに席に座っている。ピリリとした空気とオドオドした空気が共存していて、なんとも居心地が悪い。微妙に集めた視線から逃げるように最後尾の席に座って、私は細く長い息をついた。


それにしても、と私はそっと部屋にいる人たちを見渡す。

人が少なすぎる。ダンジョンが合計幾つあるか知らないけど、日本の探索者全員呼んだんだよね?場所的に遠い人は他で集合になるとは書いてたけど…100近い数のダンジョンがある中で、探索者が50?みんな中に入らなかったのか、それとも……まぁ、入った自分が特別な気がして嬉しいからいいんだけどさ。

それにダンジョンに入るような人たちだからめちゃくちゃファンタジー好きか、あるいは自分に自信のある最強系の人ばっかだと思ってたけど…思ったよりに若い女性やサラリーマンもいるらしい。それにみんなワクワクより不安が大きそうな…いや、そうか。怖いもの見たさで入っちゃって、スキルは貰ったけどすぐ出てきた、って人もいるのか。そりゃ怖いよね。その中でも大して不安を見せてない人たちは…根っからの主人公体質か、ダンジョンを楽しめる系の人。見ただけでなんとなくわかる。いや私みたいな人見知りもいるかもだけど。


そんなことを考えていれば、ガチャリと会議室の扉が開く。12時きっかり、スーツを着た大人が3人入ってきた。その内の1人が教壇に上がる。



「皆さん、本日は招集にお答え頂きありがとうございます。私は昨日より日本政府ダンジョン課に配属になった遠藤と申します。どうぞよろしく」



昨日、ね。まぁダンジョンができたのは昨日だし当然だけど…昨日、ねぇ?



「本日は皆さまに、この世界に何があったか。何が生まれ皆さんの身に何が起きたか。我々のわかる限り説明させて頂きたいと思います。疑問点などがありましたらその都度お聞きいただければ、可能な限りお答えさせていただきます。」



説明…やっぱりダンジョン的な情報は持ってんのね。ってことは情報収集ってどう考えても私ら自身のことな気がするんですケド。いや、ダンジョンに潜って実際なにがあったか聞いときたい可能性も微レ存



「昨日、この世界にダンジョンと呼ばれるものが発生しました。発生の原因は不明ですが、そのダンジョンにおいて幾つかわかったことがあるのでこちらを共有させていただきます。

まず前提として、ここにいらっしゃる皆さまはあの門の中に入っています。そして我々の調査の中で、ダンジョンに1番最初に入ったものはスキルと呼ばれる不思議な力を得ることが確認されています。皆さま自身も、ダンジョンの中でスキルを得たことを認識されていると思います」



ちょっと待って、発生原因不明って言った?しかも昨日って…今日来た意味の半分くらい終わったんだけど。そもそもこんな速攻招集されて政府が昨日把握したわけないでしょ。誰も信じないっての。



「ダンジョンは1番最初は1人しか入れません。ですがその1人が出たあとであれば何人でも同時に入れますし、あとから入ることも可能なことが確認されています。ただしその場合、スキルを手に入れることはできません。スキルは1番最初に入った者のみとなっていると考えられます。

そして本日、皆さまを招集した理由こそがそのスキルに関わることです」



ほぉ?興味深い。



「まず最初に、知らないかたもいると思いますのでスキル、そしてステータスというものについてご説明します。

皆さま、自分の前に手を翳して【開示】と唱えてみてください。ご自身のステータスである名前やスキルが確認できます」



色んなところからポツポツと開示の声がする。まぁ確かにラノベとかに興味ない人はわかんないかも。誰かの声に続くように私も開示を唱えた。…こういう時に「私わかってます」みたいな空気は出さないほうがいい。出る杭は打たれるかもしれないし、そもそも"わかる人だ"と認識されるのは、なんかこう…恥ずい。そこまで優秀な奴じゃないんで。


それに…開示を何度も自分や周囲にやってたら、鑑定系のスキルが手に入るかもじゃん?



「開示によって見れるステータスは他の人にも見せることができます。ただし他の人に開示を使うことはできませんのでご注意ください。

さて、それではスキルとステータスの説明です。」



来た。



「ステータス、特にレベルはダンジョン内での経験値と考えられます。

皆さまの中で遭遇した人もいるかもしれませんが、ダンジョンにはモンスターと呼ばれる異形のものがいます。それらと戦うことでレベルは上がっていくものと考えられますが、レベルが上がったうえでのメリットは現在解明されていません」



ってことは、レベルが上がった人はいるんだ。それに予想してたけどレベルアップでスキルは貰えなさそうかな。



「そしてスキルの説明です。スキルは人智を超えた様々な特殊能力であり、ダンジョンの中ではとても重要な武器となります。先程お話したモンスターを倒すなどに利用でき、何度も使用することでスキル自体のレベルが上がることも確認されています。

加えてスキルは様々な形で取得することもできます。ただし明確な方法はわかっておらずこちらも調査中です。

またスキルはダンジョンの外では使用できませんので、そちらに関する事故などはご安心ください」



おっと、結構重要。ダンジョン外では使えないんだ…ありがたいね、もしスキルのことが探索者以外にバレたとき魔女狩りに合わずに済みそう。特殊な力ってそれだけで人の危機感を煽るからね。

それにスキルを取得…やっぱりできるんだ。



「スキルを持ったからといってダンジョンに行かなければいけない義務はありません。ですが中にはスキルの使い方がわからなかったり、力を持つことで不安に思う方もいるでしょう。

そこで我々は、スキルや戦い方を含めた実践想定の講義をしたいと考えています。」



ん〜?なるほど?



「スキルの使い方、ダンジョンでの戦い方、経験値の積み方…その他我々で教えられる限りのことを教える講義となっています。また、実践想定だけでなく、実際に複数人でダンジョンに挑むことも可能です。

もちろんこの先ダンジョンに行くつもりがない、というかたもおられると思いますので強制ではありません。」



なんか…違和感?



「この世界は現在、何が起きてるか不明な点が幾つもあります。我々だけでは対処できないこともあるかもしれません。その時に我々の指示を聞いて動いてくれる人が、他者より知識が多い人が、少しでも多くいて欲しいというのが我々政府の偽らざる本音です」



なんだろ。本音も確かに事実ではあるんだろうけど…なんか、中途半端?強制じゃないし契約もしなさそう。それになんと言うか…説明が浅い。こう、ダンジョンに対する権利とか国民としての義務とか法的手続きとかややこしい説明が入ると思ってたんだけど…思った以上に探索者任せな気がする。政府の手駒が必要なのは予想通りだけどそれも言い方変えただけで隠す気なさそうだし…隠せないと思って諦めた?隠せなくても取り繕おうとするのが大人じゃない?



「我々日本政府は現在、警察組織や軍と協力してダンジョンの調査を行っています。各地にあるダンジョンでは皆さまと同じように警察や軍人が入って情報を収集しています。

もし少しでも興味がある、あるいは不安があるというかたがいれば、我々に皆さまのお手伝いをさせていただければと思い本日こういう招集のしかたをさせていただきました」



あぁ、警察に軍。それはちょっと想定してなかった。確かにダンジョンの中で銃撃っていいなら結構経験値稼げそうだし情報も入るわ。

で、そんなバンバン銃撃ってたら狙撃系のスキルは手に入りそうだなぁ。真似できねえじゃねえか!


ってか、なんで政府がこんな下からなんだ?それが1番の違和感。ダンジョン探索に協力させたいなら、政府契約の探索者以外はダンジョンに入れないとか言っておけば手元に置いとけるだろうに。探索者の自由を尊重してる?でも、探索者がどっか知らないところで勝手にダンジョンに入って独学で知識持っても政府にメリットないでしょ。

しかもスキルを把握する気もないみたいだし…いや講義を受ける人はスキルを伝えるだろうけど、講義は義務じゃないんでしょ?それとも、講義を受けない奴らはろくに探索なんてできないと思ってる?勝手に突っ込んで行って勝手に死ぬから無視してもOK的な?

だとしても。ダンジョンに行く行かないに関わらずスキルは全員聞き出してもいい気もするけど…あぁでもダンジョン外でスキル使えないならいいのか。


ふむ…やっぱり私の思ってる以上に政府は私たち個人を大事にしてるのか。でも政府の指示を聞いてくれる人がほしいって言ってた、し……あ。


そうだ、その可能性を忘れてた。

政府が、一枚岩じゃない可能性。

探索者を利用したい勢と個人の尊厳を守りたい勢、スキルを国益に使いたい勢と怖いから使わないでほしい勢、手駒にしたい勢と自由にしたい勢。政治に興味ない私でもパッとこういう対立が思い浮かぶんだ。実際の政治世界はもっとどろどろでぐちゃぐちゃなんだろう。

そして、派閥が対立したままルールを作ると、どっちつかずの中途半端な形になる。そう考えればこのよくわからない講義の話にも納得がいく。結局、探索者をどういう形で収めたいのか政府でも結論がついていない。だから義務や契約が作れない。

うん、私の中では結構納得できる。ただの想像でしかないけど、このまま個人情報の義務がないならマジで有り得そうな可能性だと思うんだけど。


さて、その上で私はどうするべきか…



「講義は座学を重ねた上でダンジョンやスキル、敵モンスターの知識を増やし、希望者はダンジョンに入って実践的な授業をしたいと思っています。複数の探索者に担当1人をつけ、互いのスキルや戦い方を知ることでダンジョン探索者のコミュニティを広げることも利点となるかと。」



ちょっと待った。あー、と。ん?そうなるのか………

無理無理無理無理無理無理!講義なしで!座学はともかく実践は講師1人に生徒複数なの?複数&複数じゃないの?学校の授業じゃんマジ無理。だってそれ、あれでしょ?みんなで順番にモンスターを倒してみましょうとか、順番にスキルを使ってみましょうとかでしょ?無理。もし自分だけできなかったらとか考えたら気が気じゃない。

大学の論文でみんなの完成度が高すぎて自分の発表がどれだけ惨めだったか…先生の厳しい目と周囲の同情混じりの目は未だにトラウマだ。

そういうのぜーんぶ嫌になって逃げ出したのに、なんでファンタジーでも公開処刑みたいな講義受けなきゃなんないのさ!それに全員で歩調合わせるのも苦手だし。こちとらニートな一匹狼なもんで。


うん、講義はナシで。

行動には座学知識が必要?そもそも座学苦手でテスト赤点の人間にそんな真っ当なこと言わないでほしい。しかも現状ラノベ知識だけで賄えそうだし、そもそも派閥別れてる可能性のある政府の知識は信用しきれない。

うん、政府にはちょっと申し訳ない気もするけど社不ニートなんだ。マイペースに行かせてもらおう。


それに、私のスキルは"講義"に向いて無さそうだし。



「最後に本日話した内容を纏めた資料と、その他ダンジョン課の資料をお配りします。もし気になることがあればどうぞご連絡ください。

それでは、講義が必要な人は別途紙面を用意しますので、お帰りになられるかたは後ろの扉からお願いします。

本日はありがとうございました」



最後まで住所や個人情報の報告義務はなかった。監視を付けられてる可能性もあるけど、やっぱ"あえて"な感じはするなぁ。個人の尊厳を守ろうとする人が政府中枢にいるってのはありがたい話だ。全部ただの予想だけど。


政府の人の声でパラパラと数人が立ち上がる。思った以上にみんな残るんだ…まぁ警察や軍からの教えがあるなら受けたいか。ダンジョンに入る入らないは置いといても、聞くだけじゃ不安なこともあるだろうし。

軽く全体を見回しながら前の人に続くように部屋を出る。あの人数がダンジョンに潜る気でいるなら、やっぱり残らなくて正解だ。絶対人付き合いできない自信がある。


それにしても、と私は同じように部屋を出てエレベーターに乗るメンツをちらりと見る。

不安そうな、ようやく安心できたという表情をしてるサラリーマンや女の子は、きっと何か気の迷いで入ってしまっただけでダンジョンに行く気がない人たち。それとは対照的に面倒くさそうな、ようやく解放されたというような表情を浮かべて早々に席を立ったメンツは…政府に従う気もなく自分に自信があるメンツだろう。

うーん、政府が一枚岩じゃないから仕方ないのかもしれないけど…なんかトラブりそ〜絶対関わりたくねえわ。


私は別に人見知りなだけで自信満々じゃないからセーフ



さて……んじゃダンジョン行きますか!

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