第7話:非日常の使い方
バットを軽く振って状態を確認する。叩きつけた先端は溶けてるけど長さは十分、まだ使える。
あとは、と荷物を確認して石ころと砂を取り出す。砂は本来目眩しのつもりで持ってきたのだが、スライムしかいないと想定される以上必要ないだろう。異端種とか出てきた場合は…逃げよう。今相対すべき敵はスライムだ。
石をビニール袋から出して、砂を半分入れる。口をしっかり閉めてブンブン振り回し、中身が零れてこなければOK。取り出した石は脱いだもう片足の靴下の中に。これでぶん回せる武器が3つ増えた。
残った石は音を出したり囮に使ったりできるかもしれないのでエナメルバッグの側面に入れる。
バットはすぐ取り出せるようエナメルバッグの右側から柄を出してチャックをギリギリに。空いた空間に石と砂の武器を入れて、最後にもう1口水を飲んでペットボトルも入れる。同じところに魔石が入った袋も入れようとして…いや待て。割れ物を石とかと一緒に入れるのはタブーじゃないか?魔石を割れ物と呼ぶかは知らんが…
「魔石って、めっちゃ脆くて割れるイメージと、絶対割れない鉱石のイメージがあるんだよなぁ…」
武器の素材として使うラノベなら加工前は割れやすく、魔力の源として扱うラノベなら割れにくい、そんなイメージ
この世界の魔石がどんな作用をもたらすかはわからないが、少なくとも、異世界もので魔石を売るときは出来るだけ傷なく綺麗なほうが高く売れる。この世界でも売れるなら、だけど。
「まぁどっちにせよ傷はつかないようにすべきか。ハンカチハンカチ…」
手放したくなくて持ってきた昨日の魔石も合わせて5個、ハンカチに包んで袋に入れる。石を入れたのとは反対の側面のポケットに入れておけば、まあまあ安全だろう。私がエナメルバッグを雑に扱わなければ。
片手にバットを持ちエナメルバッグを背負う。準備は整った。
ここからは更に奥に進む。スライムが無限ポップで場所を選ばずポップする場合、私の後ろにポップする可能性がある。荷物を置いていって溶かされるなんて絶対ごめんなので全部持っていくことにした。入口安全部屋じゃないし…ちょい重いけどバットも石も砂も戦闘でどんどん消費されていく予定なので軽くなる。問題ない。
唯一の不安は、想定外の異端種とか特殊個体とか出てきた場合だけど…その時はバックを振り回しながら逃げる。大丈夫、いつ機能してるかわかんないけど《危機察知》があれば異変には気づける、はず!
とにかく!レベル上がって新しいスキルも手に入ったのにここでスライム相手に臆病になっちゃいけない。
ここからの目標!
まずスライムあと4体…いや、3レベまでスライムを倒すこと。2レベになるまでに5スライム…まだレベル低いし同じくらいの数で上がると思うんだけどなぁ
次にボス部屋が見つかるまで探索すること。これは言わずもがな、ダンジョン探索をするなら目指さねば。
最後、攻撃をいっぱい避けて見切り系のスキルを手に入れること。これはほんとにこのやり方でスキルを手に入れれるかわからないけど…無かったら絶対いつか詰むし、敵の動きに慣れるのはスキル関わらず必須行動だ。やらない理由はないのでガンガンやっていく。スキルが貰えれば儲けものってことで。
「んじゃ、行きますかー!」
パシッとバットを地面に叩きつけて気合いを入れ、1歩。水音のする通路を携帯の明かりで照らしながら開示を叫ぶ。
「まず1匹っ!」
1匹か1体か1スライムか知らんけど!ぴょんと跳ねるスライムにこっちから近づく。ステータスはいつも通り。大丈夫、絶対勝てる。レベルが上がった故の自信が近づく私の背中を押す。
スライムが跳ね、そのまま縮む。縮む動きが止まった瞬間、横に移動…いや壁!?咄嗟に足の力を抜いて地面に落ちた私の頭の上をスライムが通り抜けていく。
「、やっべぇ落ち着け自分落ち着け私」
待った、落ち着け私。
そう、当たり前だけどここは通路だ部屋になっていたさっきまでとは違う。しかもエナメルバッグを背負ってるから体積が大きいし咄嗟の移動が遅い。それをちゃんと理解しろ。
ふぅ、と息を吐き出しながらもう1度バットを構える。再度跳ねて近づいてきたスライムが、また身体を縮める―今。
振り下ろしたバットでスライムを捉える。ベシャッという音にほっと安堵の息を洩らす。
「いや…さすがに焦りすぎだわ」
今のはちょっとやばかった、反省。場所を考慮せず壁に当たったのも問題だけど、そういうことじゃない。"当たった瞬間パニックになった"ことが問題なんだ。だって落ち着いて考えれば、この道はそんなに狭くない。すぐに身体の向きを変えればスライムは避けれたし、避けれなくてもバットで薙ぎ払うことはできたはず。そもそも当たったことに驚いてちゃんと見てなかったけどあれ、多分しゃがまなくてもスライムの直線行動からは外れてた。全然問題なかったはずだ。
なのにパニクって焦って戸惑って…あぁ、怖かった。
「大丈夫、私は大丈夫、絶対大丈夫…よし、もう1回」
魔石を回収して自己暗示のように繰り返す。よし、と携帯を構える。今のパニックでも携帯を手放さなかった私はさすがの貧乏性。落として割ったら怖い。それを考えられる私にはまだ余裕がある。おk、大丈夫。
ふぅ、と再度気を引き締めて奥の道を照らし…ぴょん、と闇から出てきた姿に一瞬身体がビクついた。あぁ、さっきのでまだ身体がパニクってるっ…!
「大丈夫…【開示】」
ほぼ無意識のルーティンのように唱えてステータスを確認。変わりなし。大丈夫、私ならやれる。
まっすぐ、スライムを見つめて1歩近づく。スライムもぴょんと近づいてくる。手は震えてない、バットはいつでも振れる。よし。
1歩近づく。スライムが身体を縮める。それに合わせてバットを頭上へ。収縮が止まった。くる。振り下ろす。
慣れたはずの1連の動きなのに精神がやられる。生まれた魔石を拾いながら、また少し短くなったバットを軽く振った。まだ、いけるかな
「っつーかあれだな、毎回バットの長さが変わるの怖いわもっとビート板くらい面積あったら当てるのも楽だし先端も広いんだけ、ど……あ?」
音がない世界なので自分でぼやきながら身体をリラックスさせて、ふと気づいた。
私、やらかしたかもしれない。
もしかしたら今日のダンジョン探索で1番の失敗、反省点
「これ、最初はラケットとかのほうが良かったのでは?」
面積広くて捉えやすいし、1部溶けても使える場所あるし、バットと同じように百均で売ってた気もする、し…
「いや!テニスにせよバドミントンにせよラケットは複数個持ち運びにくいし!このバックに入れるには大きすぎる…いやバットも全部は入ってないけど…いや、でも絶対バットのほうが良かったから!ラケットだと、ほら、面の部分がなくなったらすっぽり穴空くもんね!危険だもんね!バットはエイム大事だから溶けなくても危険だし大丈夫!大丈夫じゃねえよバカああああっっ!!!」
私のバカぁぁぁそりゃ最初緊張するわ。ピンポイントで当てなきゃいけないんだから怖いに決まってんじゃん!昨日来たときは鞄だったから当てやすかったんでしょうがコノヤロウなんで百均で気づかないかなぁ私!?
…しゃあなくない?買いに行った時点で自分の中にはバットしか選択肢なかったんだから。
喧嘩漫画とか主人公最強系の現代ファンタジーとかで男主人公だと、初期武器は家に置いてある野球バットかその辺に転がっている鉄パイプと相場は決まっているのだ。野球バットは持ってないし現実じゃその辺に鉄パイプは転がってないので百均に買いに行った結果、私は速攻でプラスチックの野球バットを買ったのだ。なんの迷いもなく。
「はぁぁ…文句言っても今更だし行きますか。長さ短くなるってことは毎回良い緊張感で戦えるってことだし、色んな状況に対応できるし結果ワースってことで」
よし、落ち着いた。なんかさっきまでより気分がすっきりしてる。やる気おk、いける。
バックを背負い直して前を向く。バットは新しいものにしようかと思ったけど…ちょっと試したいことができた。
脇道を左に曲がる。理由?迷子になりそうな道は「曲がり角は絶対こっちに曲がる」って決めてたら帰り道迷わずに済むからだよ。デスゲーム漫画で言ってた。
照らした先にスライムがいても驚かなくなってきた。いつでも来いと思ってるからか、《危機察知》で問題ないと判断できるからかは未だに全然わからない。
そして、ここから実験。さっき通路で2スライムに挟まれたときは、バットがスライムに飲み込まれて強化されることを恐れた。でも実際どうなる?スライムの強化の定番は敵モンスターを喰らってその姿になるとかだけど…短くなったプラスチックバットなら、どうなる?
武器は複数あるし門からあまり離れていない今ならダッシュで逃げれる、と思う。《危機察知》も特に反応してない、気がする。《幸運少女》で当たるなって思えばきっとラッキーで攻撃当たらないかも。
…やっぱ常時発動型込みって作戦考えれなくない?それでもやるけどね!
スライムに向かってバットを投げる。ぐにゃりと身体を歪めたスライムがバットを受け止め、呑み込む。短いバットはそのままスライムの中で溶けていき…
「あー…そう、なるのか」
スライムから、腕が生えた。なんかこう、短めの腕みたいな…うん、さっきまで私の手の中にあったバットが、スライムの腕みたいに生えてきた。
「呑み込んだものに身体の1部を変えれるのね、おkおk。普通のバットで試さなくて正解かなぁリーチ一緒になるし。いや、スライムだったらあの腕伸ばせたり…できるなら今までの戦闘で使ってるか。【開示】」
【ステータス
名称:スライム Lv.1
スキル:《毒液》 Lv.1
装備:あり】
おっと、ステータスが変わっちゃった。これは、バットでくるか、また跳んでくるか。せめて攻撃の種類は見てから逃げるか判断したい。
バックから新しいバットを取り出す。ステータスが異なる以上伸びる可能性もあるからなんとも言えないけど多分リーチはこっちが上。跳んできたらリーチもなんも無いけど。
1歩近づく。跳ねるスライムはまだ縮まない。もう1歩進む。また距離が近づく。もう1歩、こっちはバットのリーチ圏内。どう動く?スライムがぴょんとまた近づいた。近づいた?おk、決まり。
タンっと後ろに下がった私の前を、バットの形をしたスライムの腕が通った。そうだよね、縮まず来るなら当然バット振ってくるよね?毎回飛び跳ねて攻撃してくるところからわかってたけど、リーチの長さを考慮する知能はなさそう。その辺はまぁラノベによるから断言はしなかったけど今回で確信できた。これならバットを囮に跳ねて、みたいな戦いはしてこなさそう。いや距離取ってたらあの飛び跳ねがくるか?遠距離は勝ち目ないんで却下で!
「普通にリーチで勝たせて貰います!」
バットを振る早さは飛び跳ねと同じく早いけど、リーチは伸びない。スライムの早さにはそもそも怖がらないくらいには慣れてきたし、それに近づけば、どこまで行けば危険か本能で察せられる。あぁこれ
戦闘による経験値と、その経験値の積み重ねで得られるスキル。なるほど、スキル習得のコツ掴めるかも。
エフェクトになったスライムからバットは返ってこなかった。まぁ予想通り、取り込まれたってよりは呑まれ喰われたんだなと納得していると、視界に文字が現れた。
【開示】
【スキル:《動体視力》を獲得】
「……ちょーっと待てよ〜?」
えーっと、これは?一応開示を唱えれば、まぁ当然【《動体視力》 Lv.1】の追加文が。うん、これは、そうだよね。うんまぁ、そっか〜
「常時発動型かぁぁぁぁぁ」
《見切り》じゃないんだ〜そっか〜いいんだけどね〜バットで相手の動きちゃんと見てちゃんと当てれたっていう証明だからいいんだけどね〜嬉しいんだけどね〜見切りより使えるタイミング多そうだもんね〜やったー新しいスキル手に入った〜うん〜
永遠スキル使ってる実感得られねぇぇぇぇ…さっき《危機察知》でスキルのコツわかったとか言ったからか?フラグ?いやまぁ接敵でしか使えない見切りより凄いと思うんだけどねぇ〜
「いやそもそも!見切りが数えれる系とは限らなかったじゃん!私が勝手に敵の攻撃避けれる分数えれるって判断してたけど、ダンジョンで常に警戒してる以上見切りも常時発動型と言えるかもだし!よっしゃ行くか!」
切り替え切り替え!自分の都合の良いように解釈するのは得意だ。思い込みが激しいとも言う。多分悪口言われてるだろうな、とか多分嫌われてるだろうな、とか多分上手くいかないだろうな、とか。根拠ないけど勝手に決めつけるのは悲観主義ネガティブ思考の得意分野だと思う。反論は認める。でも私はそう。
とにかく切り替え!動体視力上がってんならスライムの飛び跳ねに絶対負けない!3レベ上げて、ボス部屋行く!
気分を切り替え一旦水を飲み、再度ダンジョンの奥に進む。ぴょんと視界に入ってくるスライムが跳ね飛ぶところが、そこにバットが当たるのが、しっかり見れた気がした。うん、今までで1番使えてることがわかりやすいスキルだわ、《動体視力》。普通に便利。
自分に自身がついたからか、《動体視力》を得たからか。探索のスピードが上がる。
【開示】
【天堂湊音:Lv.2→3】
レベルアップ、素晴らしい!けど…
「あ"あ"…足疲れてきた…」
普通にニートの運動不足が足にきた。このダンジョンマジで迷路。何度道を戻ってきたか…サクサク進むようになったとはいえ緊張感もあるし、普通に疲れた。あとお腹空いた。
でも、ようやく…
「ここ…絶対ボス部屋じゃん…!」
疲労と空腹がぶっ飛ぶ感動。入口の無装飾シンプルの門とは違う、なんかこう…センスがない私じゃなんとも言えないけど、重々しい壮大な門に金のキラキラが散らばっている。模様は意味があるかは知らないけど、ラノベによくあるボスの姿が描かれてる、ってわけじゃなさそう。ただこのダンジョンと同じ、景色なく無機質な淡々とした金色だけで門の重々しさを物語っている。
入口以外で初めて見つけた部屋の壁に座り込んで、私はさて、と門を見つめた。
どうする―?
こういうボス部屋は、1度入れば倒せるまで出られない可能性が十分にある。開けただけでアウトな可能性もある以上、開示だけ、ができるとは限らない。
だからこそ、どうする?
Lv.3で、スキルは3つ。敵を追える《動体視力》、危険な攻撃を避けやすくする《危機察知》、そして攻防で機能する《幸運少女》
全部常時発動型だから望んだタイミングで都合良く機能するかはわからないが、常時発動型だからこそ使おうという意識なく反射で動けるとも言う。
何より、スライム相手じゃ結構余裕出てきた自負がある。これ以上の経験値を求めるなら、多少のリスクを背負ってもより強い敵に行くのはラノベの鉄板だ。
ラノベなら、ファンタジーなら。
「……なし、だな」
どうコケるかわからなくても可能性に賭け、ハイリスクハイリターンの危険を乗り越えて成長する。それは―主人公だからできることだ。主人公補正が、それに連なる天を味方につけたようなウチに眠る才が、主人公の前に立ちはだかる高い壁を越えさせる。
それは、私にないものだ。ないから、現実から逃げたのだ。
「攻撃に使えるスキルはない。敵の情報もない。現状のスキルを使いこなせてるわけでもない。疲労はめちゃくちゃ。モブがやっていい賭けじゃない、な」
《幸運少女》があるから都合良くいく?そんなことは多分ありえない。フロアボス相手に運で勝てるモブはいない。
主人公の挑戦と私の無謀は違う。思い上がるな、主人公にできることが私にできると思っちゃいけない。
私の何よりの武器は、ラノベ知識。なんか行けそう、って無謀な自信より私はラノベで得たボス部屋の危険とモブの行方を、ラノベの知識を信じる。
フロアボスは舐めてかからない。舐めてかかって死ぬ調子乗りは結構色んな作品で見てきた。
「ふぅー…よし、帰るか」
フロアボス…どうやってクリアする?次何が必要?今何がしたい?
まだまだ、考えたいことはいっぱいある。足りない知識はたくさんある。もーっと楽しめる。
「フロアボス…絶対攻略方法考えてくるから!」
今日も今日とて捨て台詞をしっかり吐いて私は元の道を戻っていく。
あぁ〜…《幸運少女》、帰り道迷子になりませんように。
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