第2話 道化と死の淵

 木製の箱を開いて、煤臭い匂いが香る。中には火付け道具一式と、削って油を染み込ませた木片。火口ほぐち用の炭布が入っていた。


 火打ち金。鉄片と、磨けば結晶にもなる石英の石を、手にしっかり握る。


 カッカッカッと小気味よい響きと共に、暗闇に火花が踊り、炭布に火が灯る。


 火種を小さな木片に移して、大きな草わらへと息を吹きかけて、野営地の火を大きくしていった。 


「これであったかくなるよ。ほら、元気出して」


「ヒヒン⋯⋯」


 震える馬体に馬服をかけると、彼は鼻先を擦り寄せてくれた。


「ネモネ殿。ジューラの具合は如何かな?」


「野草の解熱剤は十分かと。今りんごを切って与えますね、スティル隊長さま」


 まな板の上でりんごを細かく刻んで食べさせる。幸い、熱があっても食欲はあるようだ。


「ふむ、どの地に足を踏み入れているのかを教えよ。スティル」


「ここが最後の野営地です、我が君。あの丘を越えてしばらく街道を進めば、正午前にはアリーシアの街に到着するかと思われます」


 もうそこまで来たんだ。移動なんて足の早い軍馬車が多かったから、新鮮。


「行き先はクワンロー聖堂から、ファラガット城塞へ、向かうのでしょうか?」


「ほう、聡いものだな、魔女」


「一応元軍協力者の魔女ですもの。というより、北に目ぼしい地は多くありませんでしょう。レボルト様」


 第3王子殿下とファラガット城塞のベアムルド首長様は懇意と聞く。加えて、末娘を殿下のお妃様にという噂も、何度も耳にしていた。


「フン、では殿下が誰に狙われているのか聞かんのか、貴様?」


「おやおやおや、わたくしが聞いてしまって、本当に宜しいお相手なのでしょうか、ふふっ⋯⋯?」


 第3王子殿下の生命を狙う不届き者。おそらく混乱目的のカルトか、それを誘致した貴族、もしくは王族の可能性が高い。


 そうなれば、一般市民がおいそれと知るべきでない事実となる。


「気づいたか、さかしい女め」


「違います。我が身は所詮、半学の徒。女の浅知恵から脱却できてはおりませんよ」


 つまり、教会勢力の僧兵さんを頼り、護衛を増やしてファラガット城塞に向かう目算だった。


 なら、ボクを気に入ってくれた殿下ひとのために生きて、好き勝手に死ぬとしよう。


「軍属だったのか、杖も無いのに?」


「隊長様。優れた術師は小手先程度の魔道具を重宝いたしません。そうですね。面白いことを少し、お見せましょうか」


 ボクは両腕でぐいっとローブの襟を持ち上げて、レボルト君に近寄った。


「おい、なんの真似だ、魔女よ?」


「触れて見て下さいませ。大丈夫、銀貨を請求したりなんて、いたしませんよ」


「お得意のまじないか?」


 彼は胡散臭そうに、まな板を拾って押しつけてきた。まな板は一見何も無い手と手の間に硬い物でも当たったように、それ以上進まなかった。


「やぁん、会って間もない娘の懐に、触れようとするなんて」


「お前が触れろと言ったんだろう。何を言っておるのだ、お前は?」


 全員変な顔しちゃってる。まだ会って間もないから、この冗談に、あまり笑ってくれていない。


「ふっ⋯⋯」


 微笑んでくれたのは殿下だけだった。道化としては合格点で、そっと胸を撫で下ろした。


「で、それはいったい、どうなっているのだ?」


「私も詳細は存じ上げないのですが、ここに魔法のアミュレットがあるのですよ」


「なに? 嘘を言うな、何も無いではないか?」


「ほら、こうすれば、ご覧頂けるでしょう?」


 布をかぶせると、ほのめく焚き火に照らされて、アミュレットの輪郭がぼんやり浮かび上がった。


「生家から受け継いだ物ですが、幼い頃は魔法の杖代わりに使って、勉学しておりました。無くしてもいつの間にか、戻ってくるんですよね⋯⋯」


 まあ本当は親の暴力に耐えかねて家を出る時に、勝手に持ち逃げしたんだけど、売れなかった。


「面妖な、呪具の類ではないのか?」


「師は害になるものではないと仰せでしたので、特に問題無いかと思われます」


 ボクにしか見えないけど、布を外すと装飾された赤い宝石の中で、水や炎のように不思議な輝きが揺らめいていた。



◇◇◇



 翌日はジューラの熱も下がり、透き通るような雲ひとつない晴れた日になってくれた。


 陽光に照らされた身体に、そっと触れてくれる、熱を帯びた風。


 ふと、尊き神々はどこで息吹を重ねているのかと遠く、羽ばたきたくなる。そんな日和。


「見えましたね」


 緩やかに登る街道を行く行商人たち。城壁から突き出た円形闘技場を目指す彼らは、岩場の巣に帰る、アリの列に似ている気がした。


「何か、物々しいな」


「そうでしょうか、スティル隊長様。別に皆さん、急かされてはいないようですが?」


「北の男なら、こんな日和で草剣闘を誰も行なっていないというのは、妙だ」


 確かに。アリーシアといえば、音に聞こえた武芸者たちの憧れ。野良の草剣闘が、まったく行われていないのはおかしい。


 目の良い門兵たちがいたのだろうか、全員近くに来て下馬し、殿下の目前で跪いてくれた。


「許す、余と会話せよ」


「承知いたしました。本日はお日柄も良く略式で恐れ多くございますが、まずは尊きご来訪を嬉しく思わせて頂きます。副衛兵長のエイフリーとお呼び頂ければ幸いです。殿下」


「うむ。余の名において、皆の歓迎を受け入れる。して、クワンローは息災か?」


「いえ、それが⋯⋯なんと申しましょうか」


「何か我が君に、申し上げにくい事でも?」


「実は昨晩、日も落ちかけの時刻にクワンロー聖堂は何者かに襲撃され、犠牲者が多数出てしまったのです⋯⋯」


「なんと、⋯⋯まことか?」


「はい、卑劣にも若い神官様方が凶刃の犠牲に。どうやって犯人は、我々の巡回をかいくぐって出入りしたのか⋯⋯」


 殿下を狙った不届き者と同一犯だろうか。それにしては派手すぎる気がする。


「それで草剣闘も、なりを潜めているわけか」


「おっしゃる通りです、親衛隊長殿。ですので、少々息の詰まる思いを強いる事になるかと⋯⋯」


「かまわん。では滞在中の護衛は戦士ギルドを頼る。選別は任せるが如何に、スティル?」


「それが名案かと存じます。行きましょう」


 お金はあるんだものね。戦士ギルド長の胃に穴が空きそうな依頼になりそう。


 殿下は顎に手を当てて考えたあと、またスティル隊長様に耳打ちを行なった。


「我が君のご意向を告げる。両名、心して拝聴せよ」 


「かしこまりました。どうぞ」


「アリーシアの衛兵たちに助力し、事件を解決に導け。期限は3日以内とする」


「宜しいので、隊長?」


「うむ。是非もないが分かるか、レボルト後任?」


「我々の任は第一に我が君の護衛です。それ以上は公務の妨げでは?」


 正論ではある。でも状況への考えと、殿下へのご配慮が足りなかった。


「一理ありますが、アリーシアの現領主様は第2王子様派で、表向き政敵でございます。加えて、教会側は聖堂への再襲撃も考慮しなければならず、殿下の護衛に人員を向け辛いのではないかと。ですので、恩義を受けるべきではなく、事件を解決し、恩と受け取って頂くのが上策では?」


 働かざる者、食うべからず。殿下の権力なら、もちろん教会に動いてもらえるけど、だからこそ、後顧こうこうれいを絶つのは重要だと思う。


「政始、ですか」


「もちろん状況が変われば別だ。貴殿の言う通り、我々の任は、第一に我が君の護衛。故に柔軟に対処せよと仰せだ」


「承りました。小賢しい女の出番ですもの、微力を尽くします。どうか我々をご笑覧下さい、我が君」


 門兵さんの案内で、アリーシア市内に入った。元は勇壮な聖剣闘士を讃えた噴水像が、男か女か分からないくらいすり減った姿で、棒状の物を掲げている。


 以前は賭け金を叫ぶ怒号や、剣戟の音が夜中でも響く、物騒で騒がしい街だったのに。今のアリーシアの様子は、どこか物悲しい。


 隊長と殿下に見送られて別れ、クワンロー聖堂が見えて来た。


「こっちです。胃の中の物を出したくなければ、あまり直接見ない事をおすすめします」


 重苦しい扉をわずかに開くだけで、大量の生命がこぼされた、胸くそ悪い死臭が漂ってくる。


「こっ、うっぷ」


 絶句して吐き気を催すのも無理はない。そこにあったのは、食事。


 死の数を競った跡。聖堂という名の大皿の上に、空きっ腹を抱えて乗り込み。逃げ場のない獲物を獲物と思わず、嗤い、狂いもせず。消費し終えた残骸。


 食物への無関心と言う名の残酷さ、その本性。


「なるほど」


 なかなかの怪物性だ。大トカゲ程度の知性はあるらしい。


「エイフリー副長様。戸締まりの方は万全でしたか?」


「は、はい。戸締まりは万全だったと、聞き及んでおりますが」


 黒ずんだ血の後を踏まないように、いたぶられた死の淵に、そっと触れる。


「では、この体毛や爪痕から見て、お相手はグレムリンですね」


 指先でつまみ上げた黒ずんだ毛をかざす。開いた扉の向こうから、馬の嘶きと、蹄の音が近づいてくる。


「大変です、副長!!」


「どうした!?」


「祠を調査していた隊長班が襲撃を受けたと、報告が⋯⋯!」


 本当に呆れるほどの怪物性だ。ボクは犠牲者に軽く黙祷を捧げることしか、自分に許さなかった。




◇◇◇


あとがき


 次回『死の淵と敗者』


 犯人を追い、死の淵へと踏み込むネモネ。彼女は確認が先ではと、問いかけるレボルトにうそぶく。


 「死にたいのなら、どうぞ?」と。


 4話は忠誠心ガンギマリ宣言、5話はもじゃもじゃ髪他称18歳ロリっ娘霊媒師のご登場です。彼女のプロフィールはあらすじに記載されています。


 なお、今作のこだわりの1つとして、連鎖し、2つの意味を持つ言葉を組み合わせた副題で、この物語におけるパートナー関係の表現とさせて頂きたく存じます。どなた様もお楽しみに。

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