幻惑のネモネ〜報われない最強魔女、第3王子の忠義者になりすぎる。暗殺者どもが鬱陶しいので、濡れ衣を着せまくりたいと思います〜

ヤナギメリア

第1話 幻惑と道化

 再びまみえる時が来た。


 創造のかけらが1つ、砕かれたあと。

 人々は、自らの血を流し始める。

 誰も思い出したくなかった、その事実さえも。


 だが、奴らも恐れる者が居る。

 その名は ──────。


「で、この紙切れが、ボクを呼び出した用事?」


「そうじゃ無いんじゃが、世紀の発見じゃぞい」


 そう言いながら、ボクの兄弟子であるジルコニア爺は、酒場の可愛い店員さんにチップを支払った。


 世紀の発見、ねえ。毎月1回はジルコニア爺から、世紀の発見を聞かされている気がする。


「仮にも由緒正しき我らの故国、帝都中央神殿壁画の解読文じゃぞ。お主ならどう見る、ネモネ?」


「どう見るたって、まだ解読できてない文字が残ってるじゃない。そっちの彼はどうです?」


「知らねえよ。てか、お前はどこのどいつだ。俺は三金貨のパーチと呼べ」


 彼とは初対面だけど、興味ないらしい。まあ、見るからに斥候、というか上手く偽装してるけど、たぶん盗賊だった。


「術持ちだよ。幻惑のネモネって、聞いたこと無い?」


「おもしれぇこと言うな赤髪女。彼の戦場でやべえ数の兵を誑かした女宮廷魔術師が、こんな場末で食ってるなら、俺はまだ夢の中で女とヤッてるぜ?」


「本当だってば。もう魔法のスクロール需要のせいで、ただの研究員に降格されちゃったけどね」


 思えばこの17年、忙しない日々だった。


 クソ親から逃げて、本専門の盗賊稼業に身をやつし。師匠に拾われてからは術師として出世して、それなりに上手くやっていたはずだった。


 師匠いわく、ボクは異世界の転生者としての、記憶と才覚を引き継いでいるらしい。でもせいぜい軍に協力するときに、なぜか知識があって便利な程度だった。


 前世がどこの誰だったかのかも、まったく覚えがない。でもこんなにあっけないと、師匠の警句を思い出してしまう。


 幻惑魔法は報われないかぁ、まったく。


「何がスクロールだよ。無駄にお偉い元老院のくせに、紙切れなんざ重宝しやがってさ」


「へっ、あんな便利なもんねえぜ。かさばらねえで金になる。ケツ拭くのにも困らねえ」


「ハハッ、いいね。ボクも今度やろっと」


 挙げ句こんな所で元御同輩盗賊と馬鹿話。もう立場もクソも無い、事実上の追放だし、また気楽に本専門の盗みでもしちゃおっかな。


「それで、仕事ってなにさ、ジル爺?」


「なに、叡智の塔を第3王子殿下が公開視察なさるだろう。その護衛をできれば、秘密裏に行なってほしいんじゃよ」


 叡智の塔は帝国の頭脳と呼べる研究機関で、最高教育機関だ。ボクも一応、研究のために入る許可だけは残されている。


 殿下が視察にいらっしゃる事は、そう珍しくないけど、優秀な親衛隊さんたちが、殿下を常に守っているはずだった。


「旧知に頼まれた仕事なんじゃが、殿下に気をつかわせたくないらしくてのう。だが、儂はあの塔に少々煙たがれておるし、パーチはそもそも資格がなくて入れんのじゃ」


「できればで、良いんだね?」


「うむ。成功すれば、儂の蔵から好きな本を借りて良いぞい」


「乗った。じゃあ、ここも奢りでいい?」


「もとよりそのつもりじゃ。追放祝いとするぞい」


「そっちも祝うもんなのか、術師連中は?」


 第3王子殿下の護衛か。別に悪い噂は聞かない人だけど、まあいいや。


 なんとなくもう一度、手元の解読文を読んでみる。過去の人たちは何か、思い出したくないほどの過ちでも犯したんだろうか。


 ボクは手渡された解読文を栞代わりに、聖ニヴェンディア帝国略歴の本に、そっと挟み込んでいた。



◇◇◇



 異変は、殿下が叡智の塔視察中に起こった。広間で演説する殿下に突然、慌ただしく親衛隊の1人が駆けよってきた。


 彼は親衛隊と短いやり取りをして、演説は中断。ボクが彼らを監視していた研究塔の方角に、なぜか全員、険しい顔で向かって来ている。


 宮廷魔術師の時だって末席も末席だから、彼らと顔を合わせたことは無い。というか、こんな不自然な場所に居ると、不審に思われかねない。


 今は、隠れるしかない。幸い、木箱の裏とかなら見つからないと思う。


 ボクは塔最上階にある木箱の裏に、素早く身を潜めた。軍靴の音が、慌ただしく階段を登って来ている。心臓に悪い、本当に勘弁してほしい。


「よし、先を急ぎましょう」


 ぼんやりとする魔法の気配。魔道具か何か使ったのかな。積まれた木箱と木箱の間に、そっと手を通して、覗いてみよう。


「この転移門は閉じれんのか、カルロフ?」


「時間経過で閉じるようです。安心して下さい、隊長殿」


「⋯⋯その木箱がいかがなさいましたか、我が君?」


 第3王子さま鋭い。ど、どうする。いっそ立ち上がって、姿を見せるべきかな。


「いや、参るべきだな、うむ⋯⋯」


 全員の姿が移動して、気配が遠ざかった。やっと止めていた息が吸える。


 木箱の裏から這い出る。壁に淡く光る転移門が開かれていて、徐々に小さくなっている。でも、こんな所に魔法の転移門があるなんて、一度も聞いたことがない。


 落ち着け、冷静になれ。何があったかは分からないけれど、この研究塔から出るのは、外から丸見えだから論外。


「これは、追うしかないかな」


 何より、殿下に何かあると本が読めない。まだこっそり後をつけて護衛はできる。行こう。


 誰も来ないことを確認して、ボクは身を低くして、素早く転移門の中へと飛び込んだ。


 転移した先は薄暗く、削られた石の通路だった。見覚えのある帝都地下水路だ。振り返ると、転移門はもう閉じてしまっていた。


「どうして、殿下はこんな所に転移を……?」


 身を低く隠し、壁や大きな柱を背にして、少しづつ慎重に進む。遠く、剣戟の音が聞こえてきた。


「これは⋯⋯」


 柱の影。血だまりに沈む死体が6つ。1人はさっき最初に階段を登って来た、親衛隊のカルロフって人だった。


 残り5人は顔に、妙なイレズミが彫られている。服装も暗い革鎧とローブ、足元には怪しい液体の付いた、短剣が転がっている。


 状況から見てこれは、明らかな殿下への暗殺未遂だった。靴の跡が3つ、点々と大きな柱の奥に続いている。急ごう、間に合わなくなる。


「これで貴様も終わりだ、パトリック・ラプティエム第3王子!」


「くっ⋯⋯お引き下さい殿下!」


 襲撃者3名が第3王子さまに向けて、魔法のスクロールを広げようとしている。

 親衛隊の妨害は、まだ敵まで30mくらい距離があって、間に合いそうになかった。


「しかたないか」


 師の警句を楔に、幻惑魔法は報われない。


 敵に傷を負わせ、壊滅を呼び起こす、崩壊魔法。

 数多の傷を癒す、回癒魔法。

 様々な富、様々な変性を世に促す、変質魔法。

 異界の地より魔を招ずる、召喚魔法。


 これら怪物性のひずみ、発露こそ、魔の真髄。

 古にて、力とは神である。


 故に師の警句を繰り返す。幾度となく繰り返す。


かそけき魂よ、その凶悪なる双眸そうぼうに、偉大なる王血をあらわせ」


 魔力による因果存在の干渉。一時的な複製。


 真実に喰らいつき、呪文を紡ぎ魂をひずめ、化身を持って誑かす。


「ハハハハッ、燃えろ燃えろぉお王子ぃ!」


「えっ、なんで⋯⋯?」


 襲撃者3名は見当違いの大きい柱を、魔法のスクロールから吹き出す炎で、燃やし続けている。親衛隊も殿下も、ポカンと彼らを見つめていた。


 そっと近づいて、襲撃者の銀刀に手を添える。

 死はいつも汚く醜い。だから、せめて。


「笑ったまま逝かせるよ。ごめんね」


 太く屈強な首筋に、銀の星が昇り、きらびく。


 ごぼりと溺れるような音。人を斬り殺したのは、久しぶりだった。



◇◇◇



 ことを終えたあとボクは、銀刀をすぐに手放した。殿下からできる限り離れて、その場にひざまずいた。


「貴様、魔女か」


「魔女ですとも。卑しき身で皆様の御威光をもくしたこと、誠に不遜の極みと恥じ入ります。ここに、畏れながら平服を申し上げさせて頂きます」


「フン、呪い師風情が、高きお方の耳に直接言葉をかけるなど、侮辱を知らんのか?」


 隊長さんの前に立って居るのは、まだ若い親衛隊士のようだった。女で魔女に守られてご立腹とか、立派な騎士様だこと。


「騎士さま。お1つ」


 けど、魔女と蔑むなら、少しからかってやろう。


「侮辱というのはですね。生娘が恥ずかしげもなく、すそを捲り上げているようなものですよ」


「⋯⋯貴様、いと高きお方の御前だぞ、お出しする言葉を選べ、言葉を」


「魔女よ、何が言いたい?」


 隊長様が第3王子様に耳打ちされて、質問してくれた。ここは悔しい事について、小粋に指摘させて頂こう。


「ひとえに悔しさとは素直さ。悔しがる言葉には、必ずむき出しの真性を孕みます。この身は決して悔しい想いを見逃さず。つまりはい、ということですよ?」


「なっ……!?」


「うむ。双方、控えよ」


 また耳打ちされてる。直接声をかけないなんて、気を使ってくれる才気ある王子様で、嬉しくなる。


「魔女と申したな。返事は要らん、このお方は自身を守れと仰せだ」


「いや、しかしそれは!?」


殿しんがりは私1人で良い、レボルト後任。その代わり、お前たち2人が先を行け。……このお方の前に、骸を晒すなよ」


 まだ何か言いたげなレボルト君が先に進んで、閉ざされていた鉄網扉を慎重に開けてくれる。


 見覚えのある下水路が続いている。帝都地下は蜘蛛の巣のように水路が走っていた。盗賊時代、ここもよく逃げ道に使っていた事を思い出す。


「どっちだ⋯⋯?」


「こちらに、すぐ外に出られますよ」


 ボクの案内で、そう歩かず水門の出口へと到着した。


 短い桟橋が見える。子どもの頃泳いだ母なるヴァニラ湖まで続く川と、向こう岸には遥か遠い太陽を頭上に飾る、古い遺跡が見えた。


「控えよ」


 第3王子様の発言に、全員、即座に跪いた。


「全員許す。余と会話せよ」


「承知いたしました、我が君」


 直接話されるとか畏れ多い。一生自慢できちゃうけど、何か大事な用件でも、あるのかもしれない。


「役職は⋯⋯そうさな」


 え、第3王子さまが、ボクを見て話しかけてる。このまま適当な所で、追い払われると思っていた。


 まあ、使い捨ての護衛にはうってつけだし、不審に思われるよりは、望ましいかな。


「そちは、我が道化となれ。如何か」


 ⋯⋯⋯⋯道化、なんで。


「お、お待ち下さい我が君それはあまりにも!?」


「余は、この者に問うている」


 落ち着け。冷静にお言葉を整理しよう。道化と言うことはつまり、自己責任で第3王子さまの威を背に、彼の管轄する国政に口出し放題ということ。


 何を言っても殺される可能性もあるだろうけど、逆に言えばこの聖ニベンディア帝国内で、最大限自由極まりない発言を、笑えるなら許すという、第3王子様の意思表示。


 ⋯⋯⋯⋯最高だ。まさに極上のスリル。これ以上なんて、あり得ない。


「如何か?」


「ええ、えぇ、限りなき僥倖に感無量にございます。この身幾度生まれ変わわろうとも巡り会えぬ、いと素晴らしき褒美にて、あぁ……!」


「励めよ、我が夢まぼろし」


 それ以上は感極まって返事が出てこず、言葉にできなかった。


 たとえ王神の真なる寵愛、親愛、溺愛の粋を、その身に受けようとも。


 師の警句を楔に。幻惑魔法は報われない。


 だからこそ……報われぬ誇りに、栄光あれ。





◇◇◇


あとがき


 読者の皆様『幻惑のネモネ第1話 幻惑と道化』をお読み頂き、誠に感謝を申し上げたく存じます。

 

 今作では主に暗殺者との情報戦、駆け引き、死の淵、第3王子殿下への揺るがなすぎる忠誠心、女道化としての歯に衣着せぬ物言い、最高にして最強の相棒、最高のバディ、別離、師の警句を楔に、幻惑魔法は報われない。様々に綴られた幻惑が、読者様の瞳を彩るご予定にて御座います。


 そして、まるで最終回の様相でしたが、実質、宮廷魔術師ネモネの最終回ですので、お間違いではありません。


 辿ってきた道のりが途切れ、再び歩き出すからこそ、人の美学たる粋。そんな事もささやかに彩れればと、願っております。


 次回は帝国首都から離れ、移動中の一幕を演じつつ陽光に誘われ、春の息吹満ちる剣闘士の隣街へ。ですが、何やら聖堂が襲撃され、女道化は死の淵に触れる事態に?


 カクヨムコン11参加期間中は毎日更新を行い、午後8時09分。つまり、20時09分に投稿予定です。


 既にこのあとがきを書いている時点で、49話の半分まで書き上げているので、是非ともよろしくお願い申し上げます。


 初回にて生々しいお話ではございますが、皆様方がもし『幻惑のネモネ』を気にめされれば。☆☆★のご評価を1つ、あるいは☆★★2つ、畏れ多くも★★★3つ、ご頂戴したく存じております。


 さすれば作者はますます励み、尊き応援を頂ければ、感謝の至りに御座います。


 では、次回は『道化と死の淵』を、どなた様もお楽しみに。


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