第9話
「ねえ、どんな方なの。アデレード殿下って」
興味津々ニコラが身を乗り出し、上等なお茶を啜って澄ましている母も明らかに聞き耳を立てていた。
「どんな、と言われても。噂通りの立派な方だ。背が高くてスラッとしておられて、金髪碧眼はその通りだが、なんというか、そうだなあ。精悍で清潔なお顔立ちをされている。太陽のようだと皆は言うが、僕は初めて拝謁したとき気高いライオンのような方だと思ったね」
「金色のライオンのような美丈夫! まるで恋物語のヒーローのようだわ」
甘ったるいため息を零してニコラが言う。
「いやそれが、まさにそんな感じなんだ。滅多に聞く機会もないがお声も玲瓏で。そしてなにより、あの方は、賢い」
とローバックは言い切った。
「ここだけの話として不敬と思わないで欲しいが、僕は一刻も早く殿下に王位についていただきたいと願っているんだ。若くて実力のある文官は全員そう思ってる。金とコネでしがみついてる老害どもはそうなって欲しくはないだろうがな」
上級文官という仕事の面倒くささの片鱗を覗かせて、ローバックが吐き捨てた。
この兄が言うくらいなのだから、殿下は本当に賢い方なのだろうとブルームは思う。
「ねえそれじゃ、殿下には欠点というものはないのね! お美しくて賢くて長身でいらっしゃるなんて。非の打ち所がないじゃないの」
「だからそれが、αの性質なんだろう。あの方が龍神様の化身だと言われても、少なくとも僕は信じる。今回の話で近いうちご成婚されれば、ますます王位は近づくだろうな。早く代替わりしていただきたいものだ」
「そんな欠点のないような方と結婚できるなんて、なんだかブルーム兄様が羨ましくなってしまったわ」
少女らしいその言い分に、母と長兄は優しく笑った。
「ニコラもお淑やかによい子にしていれば、きっと素敵なご縁があるわよ」
「そうそう、特にお淑やかにするといいな」
「それは、変だわ。だって、ブルーム兄様はちっともお淑やかにしていなかったじゃない。それでこんな良縁があるのだから、わたくしだってお淑やかにしなくても、よいはずじゃないの」
かわいらしい幼い眉を寄せて口を尖らせるニコラに、ブルームはため息を漏らした。
「そうだなあ。俺、全然お淑やかでもよい子でもないもんなあ。なんでこんなご大層なことになってんだろ」
「あら? お兄様は嬉しくないの。非の打ち所のない王子様と結婚なんて、世界で一番幸福なはずだわ?」
「……うんまあ、そうだよね。でも俺、せっかく近衛兵になったとこなのに、やっぱ辞めないといけないの?」
などと言い出したブルームにローバックが翠の眼を丸くした。
「いやいや。近衛兵は王族を護る兵隊なんだから。これからはお前が護られる立場になるんであって。皇太子妃が近衛兵とか、さすがにそれは変だろう」
「だよねえ。分かってんだ、理屈はさ。でもそれじゃ何、今後俺は先輩とか後輩とか……まさかシャイアに護衛されんの。うへえ。カッコ悪いな、それ」
渋面を作ってそう言った弟にローバックは薄い唇を開いた。
「なるほど、武官というのはそういう風に思うものなのか。僕にはまったく考えつかないことだな。いいか、ブルーム。王族は弱いから護られるんじゃない。尊い方だから、大切だから護られるんだ。それでもどうしても嫌なら、殿下にお頼みして、お前の護衛官を自分で選んだらいいんじゃないか」
という兄の提案もブルームにはピンと来なかった。
「いやあ。どうだろうか、なあ。俺としちゃ、やっぱり剣は自分で持って、自分の身は自分で護りたいし……殿下を一番近くでお護りするお役目だったら、一も二もなく受けるんだけどなあ」
「困った子ねえ。私は今回のお話で、ようやく安心したところだというのに。私の大切な息子が戦争や任務で命を落とすことがなくなって、もうそれだけで、生き返った心地がしているんですよ」
お茶で温まった吐息をふうと吐き出して、気品漂う母が言う。
「スカリー家のためでなく、あなたのために、これ以上ないお話よ。毎日龍神様にご加護をお願いして、本当によかったと思っているわ」
いつの間にか目尻や口元に深く皺を刻んだこの母に、心配をかけてきた自覚はブルームにもあった。小さい頃からそこかしこで怪我をして帰り、そのたび母は老け込んだのだろう。
「まあ母さんがそう言うなら、俺としても祝福の子でよかったよ」
ようやくそう言ったブルームに、品の良い小さな家族は穏やかに微笑みあった。もうすぐ父も帰ってくるだろう。
調理場では料理長が腕によりを掛けて、滅多に出せない鳥の丸焼きをオーブンに入れたところであった。
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