十二

 木津川口の戦いなどで抵抗を続けた石山本願寺も最終的には抗戦継続を諦め、朝廷を和平の仲介役として天正八年三月、織田信長と和睦し本願寺顕如は石山本願寺を退去することを決め紀伊国鷺森御坊に移っている。オレは鷺森御坊に向かっている。伊賀が織田家に平定されてしまった今となっては急ぐ旅でもない。ただ、本願寺顕如に会って鬼導丸きどうまるのことを聞きたいだけなのだから……。


「おやおや、カヤトさん。お久しぶりですね」


街道を歩いていくと旅の僧侶に声を掛けられた。どうせいつもの通り地蔵なのだろう。


「久しぶりってオレを知っているのか?」


「ええ、知ってますとも。前にここに来た時はたかうじを討つとか言ってましたね」


たかうじ?


鬼導丸きどうまるのふうい……」


オレが話していると誰かがオレの背中を叩く。


「コラ、カヤト。またお地蔵さんと喋っている。出かけるならあたしに一声掛けてよ。お地蔵さんよりあたしにね」


こいつ、本当に大事なところで声掛けてくるな。


 鷺森御坊に到着すると雪乃を近くの宿に残してオレは本願寺顕如に会いに行った。


「カヤト、久しぶりだな。この度は伊賀は大変だったそうだな」


本願寺顕如がそう言うとオレは静かに頷いた。オレがしばらく黙り込んでいると本願寺顕如が思い出したように口を開いた。


「そうだ。きどうまるのことだったな。結局、きどうまるもカヤトのこともわからなかったが、鬼導きどうについてはわかったぞ」


本願寺顕如の言葉にオレは身を乗り出す。


鬼導きどうとは文字通り鬼を導くものをいうらしい。鬼門と同じような意味合いだと思うがそれ以上はわからん」


文字通りってところか……。


「ありがとうございます。ところでたかうじを討つとは何の意味かわかりますか?」


「たかうじ……。足利高氏のことか? それであれば二百年以上前の南北朝の頃の戦いであろう」


二百年前。

なんとなくだが、わかってきたぞ。


「ありがとうございます。顕如様、二百年も生きている人間などいますか?」


「少なくとも一人知っている」


本願寺顕如の言葉にオレは身を乗り出す。


「高野山の空海上人だよ」


ああ……。

となると、オレは人間ではないのかもしれん。


「それでカヤト殿はこれからどうするのだ?」


本願寺顕如の問いにオレは答える。


「京の寺を巡って鬼導丸きどうまるのことを探ろうと……」


本当は来年織田軍が伊賀に攻めてくるため戦いの準備をしなくてはいけないのだが、さすがにそれは言えない。


「そうか。石山本願寺のことが気になるので教如にも会いに行ってほしい」


本願寺顕如はオレに書状を手渡す。オレはそれを受け取り静かに頷いた。


 宿屋に戻ると雪乃が腹を出してイビキをかいていた。


もしオレが人間でないとすると雪乃にとってオレといる時間は無駄になるのかもしれない。


オレが雪乃の肩を揺すると雪乃は目を開ける。


「終わったの?」


「ああ、オレはこれから石山本願寺に行くがお前はどうする?」


「一緒に行くに決まってんじゃん。カヤトは一人にするとお地蔵さんと話し始めるでしょ」


「そうだな……。雪乃、オレが人間でなかったらどうする?」


「キャハハ、どう見たってカヤトは人間。おかしなこと言わないの」


それならいいのだが⋯⋯。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る