第28話 メール
メールを打った。二カ月ぶりの、メールだった。
宛先は鈴野。鈴野琴音。
to鈴野琴音
最近寒いな。
もうすぐクリスマスだな。
ここまで打って、いったん全文を消した。そんで、打ち直す。
to鈴野琴音
もう年末だな。
あれ行くか? 週刊少年誌のフェス。
簡潔な文。
これでいいのだろうか。鈴野は返事をくれるだろうか。あからさまにご機嫌取りに見えないだろうか。
「だー、やっぱ消す! 書きなおし……」
と思ったのだが。
手が滑る。今このタイミングで。
何でだよ!!
急いで電源ボタンを押してももう遅い。携帯画面に映るのは、
『送信完了』
の文字。
やっちまった。
あまりにも唐突な文章過ぎた。謝罪の文もない、近況報告もない。
何より。
元気か、って聞きたかっただけなんだけどな。
返事なんか来るはずもない。返事なんか、まさか、そんなもの。
だけれども。
送信してから二時間後、午後三時。ちょうど六限目、昼飯が消化されて小腹がすくころ。眠くなるころ。
鞄の中で、携帯が震えた。
ヴー、ヴー。
授業中に携帯をいじるような俺ではない。こう見えて一応、学校の決まり事は守る(ようにしている)
だが今日だけは。
教師が黒板に板書している隙を見計らって。
俺は鞄から携帯を取り出し、そっとロック画面を解除した。
『メール受信 一件』
どくっと心臓が大きく波打った。
この時間にくるメールと言えば、運送会社のお勧めか、小年誌からのメルマガか。
それか、鈴野からの返事。
鈴野の家に行っていたころは決まって、俺が昼休みにメールをして、鈴野からの返事は午後三時に返ってきた。
鈴野なりに気を使っているのだろう、授業が終わりになるころを見計らって、いつも返信のメールは届いた。
震える指でメールボックスを開く。鈴野からだった。
そして簡潔に一言。
『行くよ』
行くよ?
一瞬何のことかわからなくて、俺はいったん受信メールを閉じる。そんで、自分が送信したメールを読み返す。
ああ、なるほど。
フェスに行くのか、その問いに対する答えだ、これは。
俺も簡潔に一言。
『一人で?』
そこからは立て続けに、
『ボッチで悪い?』
『荷物持ちに行こうか?』
『別に、一人でも行けるけどどうしても行きたいんなら』
『素直じゃねえのな。じゃあ十二月二十五日朝十時、幕張駅で』
『了解』
まるで。
まるであの日の事なんかなかったかのように。
俺たちはいつも通りのメールのやり取りをしたのだ。
ふう、っと息を吐き出した。のもつかの間。
「おい、山野井、いい度胸だなあ、授業中に堂々と携帯いじって」
「げ、木村……先生」
「ペナルティ。問い五。オマエが解け!」
「うげえ!」
どっと教室が湧いた。
いやまあ、人の不幸は笑えるかもしれないけど。笑えるかもしれないけど!
とりあえず。
俺は問い五の答えなんか解けるわけもなく。木村にこってりと絞られた。
それでも俺が今日は良い日だと言い切れるのは、二カ月ぶりに鈴野とメールが出来たからに他ならない。
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