第27話 ゾンビみてぇ



一方的とはいえ俺の方から拒絶したわけだが、それでもメールか電話か、何か一言あってもいいだろうに。

 鈴野から連絡は一切来なくなった。

 多田には、もう荷が重すぎるからと、鈴野の家に行くのを免責してもらい。

 今では俺は、以前のふがいない(いや、もしかしたら以前よりもふがいない)生活を送っている。

 ケーキ屋を見かけるたびに、思い出すのは鈴野のことだった。皮肉なことに、通学路の駅に、小さなケーキ屋が入っていて、毎日俺は、そのケーキ屋の前を通っては、鈴野のことを思い出す。

「山野井、期末試験どうだった?」

「石田。赤点だよ。クリスマスも補講だって」

「マジかー。俺はなんと!」

 季節は冬になり、先週終わった期末試験で、俺は赤点を取ってしまった。こんなことならもっと勉強を頑張ればよかった。

 石田が五教科分のテストの答案を広げて俺に見せる。

「げ。石田、裏切者」

「ははは、俺は武田に勉強教わったからな!」

 武田と言えば、俺に告白してきた後、なんと石田が再度武田に告白をしたらしい! そして、このテストの結果を見れば、武田が石田に勉強を教えたのは明らかだった。

「てかさ、まだ山野井、鈴野ちゃんと連絡とってないわけ?」

「そりゃ……」

「あーもう、オマエさ。……国語って、補講の前に再試あるじゃん」

「あれも受かる気がしない」

「そんなことも言ってらんないぞ? クリスマスって言ったら」

「なんだよ、武田と石田にとっては重要な日でも、俺にはなんにも」

「だから、その日、鈴野ちゃんが好きな漫画の出版社主催のフェスがあんの。オマエ知らないわけ?」

 知らなかった。そりゃ、そんなのがあったら鈴野は喜んで行くだろうな。

「誘えよ」

「え。誰を」

「だから、鈴野ちゃんと仲直りするチャンス、ここしかないだろ」

 なにかにつけて、石田はこうしてきっかけを作ろうとする。

 俺はもう、あきらめていた。一生分かり合えないんだ。そもそも、俺の初恋は粉々に砕け散ったわけだから、もう赤点だろうが再試だろうが補講だろうが、どうでもいい。

「俺は言うだけ言ったからな?」

「はいいはい。石田には感謝してるよ」

 さて、国語の再試。どうするか。再試は確か、同じ問題を出すと言っていた。丸暗記……暗記できるほど頭はもっていないが、赤点をまぬかれる点数――六十点分だったら、俺の頭でも暗記できるかもしれない(それができなければ、俺は一生鈴野と仲直りなんてできないと、願掛けさえした)


 再試を受けて、何とかぎりぎりで補講を回避する。しかし、どうにも俺は迷っていた。今更だ。

あれから、二カ月。

 鈴野と連絡を絶ってから、もう二カ月がたった。


「なに山野井、まーた鈴野ちゃんのこと考えてんの?」

「ばか、違えよ」


 別に。

 別に友達は鈴野だけじゃあない。

 池田と武田という親友が俺にはいるわけだし。

 そう、そのはずなんだけれども。


「鈴野ちゃんの家庭訪問してくらい好きだったんだろ、山野井」


 再試が終わったら、あとはやることは一つだ。鈴野をフェスに誘う。それは、石田が教えてくれた情報だ。だからこうして、石田は俺をせっついてくる。


「ん、まあね」

「まあねって。最初はあんなに否定してたくせに」


 最初、というのは文化祭のあの日のことだ。

 何せ鈴野は嘘が下手だ。


『どうして文化祭に来たの?』


 の問いに対し、とうとう口を滑らせた。


『山野井が、文化祭に来たらとあるものをくれるって言ったから』


 さすがにその『とあるもの』が、忍忍帳の幻のカラー作だということまでは言わなかったが(だが仮に言ってしまったとしてもこの学校のクラスメイトなら何ら動じることはなかっただろう)

 それで、俺と鈴野の関係がばれた。

 でも。

 関係がばれた一週間後の日曜日、俺は一方的に鈴野に別れを告げた。別れというよりは、絶縁。

 鈴野は泣きこそしたが、俺に謝罪も弁明もしてこない。

 俺はあの日から肌身離さず携帯を持ち歩いて、メールが来るたびに即開いているというのに。


「山野井ってさ、マジで鈴野ちゃん好きだったんだな」

「言っとけ」

「あれ、否定しないんだ」

「だったらなんだよ」

「ふうん」


 ふうんって。

 池田オマエな、自分から話題を振っておきながら、そんな興味なさげな返事。

 もとより。

 興味を示されたところで困るだけと言ったらそれまでだが。


「何を悩んでるのか知らんけどさ」


 池田は今座っている俺の隣の席(つまり空白の鈴野の席)の机をなぞりながら、


「俺、今の山野井は好きじゃないな」

「は? 好きってオマエ何言って」

「ああ、勘違いしないで。俺は武田がいるから」

「知ってるよ! からかうなって」


 池田はふっと顔を上げ、俺の方を見ないままに、


「山野井、前はもっとお節介でお人よしって感じだったけど。最近なんか冷たいよな」

「まさか、気のせいだろ。そもそも俺、お人よしなんかじゃない」

「あーそう。そうだね。お人よしじゃないよな。鈴野の面倒見たり、鈴野にまっすぐ意見を言ったり」

「何が言いたいんだよ」


 池田の方に体を向けて、にらむ。

 つまり俺に、仲直りをしろと?

 鈴野のところに謝りに行けと?

 そんなの。そんなことできたらどんなに。


「山野井ってさ。案外意地っ張りなところあるよな」

「それは認める」

「でもさ、よく言うじゃん。大事なものは失ってから気づく、って」

「はは、何だそれ、ドラマの見すぎ」


 それは俺だってよくわかる。

 だって、こんなにも日常生活に色がない。

 鈴野の家に行く、たったそれだけの出来事が、どうやら俺にとっては思いのほか、ことのほか重要な出来事だったらしい。

 今の俺は生活に張り合いがない。もっというと、生きた心地がしない。


「その顔。ひでえぞ」


 池田は俺の顔を指さして、


「ゾンビみてえ」


 と、笑った。

 ああ、何とでも言ってくれ。

 今の俺はふがいない。あんなひどいことを言ってしまった俺に、鈴野に会う資格なんかないんだよ。

 そもそも。

 そもそも俺と鈴野は出会いからして最悪だった。だから、きっと。

 第一印象は大事なものだ、と俺は言い訳をする。

 端から鈴野にいい印象を持っていなかった。逆もしかり、鈴野は俺にいい印象を抱いていなかった。

 印象というものはそう簡単には覆らない。

 そうだ、俺はもともと鈴野に嫌われていたのだ。


「ま、よーく考えてみれば? 手遅れになる前にね」


 なんて。

 他人事だから笑っていられるんだろうけど、池田、オマエだって俺の立場になったらにっちもさっちもいかなくなるに決まってんだからな。他人事だと思って、笑ってんじゃねえよ。

 だけど。

 ありがとうな、心配してくれて。少しだけ。一歩踏み出してみるよ。

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