第26話 ずっと見てきた

八、決めたよ、私



「あれ、山野井。今日は鈴野ちゃんのところ行く日じゃなかったの?」


 文化祭が終わり、そして鈴野と喧嘩して一週間。何の気なしに石田が言った。そばには武田もいて、いぶかし気に俺を見ていた。

 時は放課後、俺は石田と武田に、「カラオケにでも行かないか」と提案していた。このモヤモヤを晴らすために、どこかへ繰り出したい気分だったのだ。


「ああ、いいんだよ。……もう降りた」


 俺は多田に頼んで、鈴野の家に行くことを免除してもらった。もともと、俺なんかがこういうことをする柄じゃなかったんだ。多田も深くは聞かずに、ただ「そうか」とうなずいていた。

 文化祭に際して、石田と武田だけには、俺と鈴野の関係を話していたから、ふたりには報告する義務がある(と俺が勝手に思っている)


「そっか。オマエ、それで最近元気なかったのか」

「元気ない? なんで」

「なんでって……それだけ鈴野ちゃんが大事な友達だったんじゃないの?」

「はは、友達」


 そう思っていたのは俺だけだったようだけどな。

 武田が険しい顔で俺を見ている。


「で、鈴野ちゃんとなにがあったの?」


 武田が踏み込んだ質問をする。それ聞いちゃいますか、と石田が両手を上げた。


「……鈴野に、学校に来いって言ったんだけど。行く意味ある? って。だって、いつまでも家にいるわけにはいかないじゃん」

「……それは、山野井くんの勝手な押し付けじゃない? 鈴野ちゃんは鈴野ちゃんの考えがある――」


 武田は女の子だからか、鈴野の肩を持つようだった。それが俺をいらだたせる。


「だったら! なんで文化祭ではあんなに普通だったのに。なんで学校来ないんだよ」

「む……わかるわけないじゃん。でも、鈴野ちゃんだって、今のままでいいと思ってるわけがない」

「だったら、なおさら学校に来るべきだろ。留年が決まったとはいえ」

「それは山野井くんの考えの押し付けだよ。山野井くん、鈴野ちゃんのことになるとちょっと周り見えなくなるよね!?」


 武田の言葉はもっともだった。だって俺は、鈴野が――


「ああもう、もういい! カラオケの気分じゃなくなった! 俺帰る!」


 ふたりを置いて、俺は教室を走り出た。ふたりは俺を、追いかけることはなかった。


 どうして。どうしてどうしてどうして。

 鈴野はなんで、学校に来ないなんて結論付けてしまったのだろう。確かに留年は決定しているが、だからって、このまま誰ともかかわらずに生きていくなんてこと、できるはずがない。

 そもそも、文化祭ではあんなに楽しそうにしていたじゃないか。なにが不満なんだ。なにが足りない。

 俺の、なにがダメなんだ。


 翌朝、俺は石田にも武田にも挨拶ができなかった。だというのに、登校すると石田と武田に呼び出され、使われていない理科準備室に連れていかれた。


「ごめん!」


 武田がおもむろに頭を下げた。埃っぽい理科準備室に、俺と石田の息遣いが聞こえる。ふっと石田が笑って、俺もなぜだか笑ってしまった。


「俺のほうこそ、ごめん」


 こんなにも簡単に仲直りできるのに、鈴野への怒りは、いまだに収まらない。


「私……山野井くんのこと、ずっと見てきて」


 それは初耳だった。武田の顔を直視することができない。

 俺があたふたしていると、石田がかぶせるように、


「俺は、武田のことずっと見てきた」

「え、ちょ、オマエいきなりなに」

「昨日な、俺武田に振られてんの」


 俺が起こって帰ったあの教室で、あのタイミングで石田は武田に告白したらしい。オマエ、そんな素振り一度も見せなかったくせに……。


「でも、私はずっと、山野井くんを見てきたの。山野井くん、いつも何かに一生懸命で。気づいたら目で追ってて。それで、石田くんに誘われてあの日、体育祭の準備を手伝うようになって。ますます気になって」


 待て待て。なんかこれじゃ、まるで。


「私ね、山野井くんが好きだったの」

「ちょ、ま」

「いい。いいよ、言わなくて。好きだからわかるの。山野井くんはさ、鈴野ちゃんが好き、なんでしょ」

「……! それ、は……」


 女の子は鋭い。いや、石田も気づいているらしく、武田の言葉をただ頷いて肯定していた。恥ずかしくなって、手の甲で口元を抑える。もしかして、クラスメイト全員、気づいていたりする?


「お、俺ってそんなにわかりやすい?」

「俺と武田は山野井のことよく知ってるから気づいただけで、ほかのクラスメイトは知らんと思う。そもそも、山野井が鈴野ちゃんの家に行ってたって話聞いてたら、さすがの俺も気づくし」


 ほっと胸をなでおろす。とりあえず、俺の秘密はこの二人にしかばれていないようだ。


「でも、俺にだって譲れないものがある」

「山野井くん、喧嘩は早いうちに仲直りしたほうがいいよ。私たちだって、昨日の今日だから仲直りできたけど。時間がたてばたつほど仲直りは難しくなる」


 武田は、さっき告白したことなんてなかったかのように、いつも通りに俺に話しかけてくる。そんなの俺が一番わかってる。

 わかってるのに、どうにもできない。俺だって鈴野の役に立ちたい。救いたいとさえ思っていた。


「これは、俺と鈴野の問題だから」


 二人の好意を無視して、俺はそれから長いこと、鈴野に連絡を取れずにいた。

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