第25話 ばっかみてぇ

「なあ鈴野、こういう流れの場合、『学校行ってみようかな』ってなるんじゃないの?」

「それとこれとは別。はー、この初期のころのペン遣いと色合いたまらないわ~」


 文化祭の翌週の日曜日。

 俺は何故だか鈴野の家に来ている。本当だったらこの家庭訪問は文化祭のあの日で終わるはずだった。

 それなのにこいつと来たら。

 文化祭が終わるや、鈴野は俺にカラー作をせがんできた。んで、俺は惜しげもなくそれを渡したわけなんだけれども。

 それなのに、だ。

 鈴野はまるで学校に興味を示さなかった。

 それどころか。


「だって留年確定してるのに行く必要ないでしょ」

「だーかーら。友達作って人脈作っておけよって」

「そんなの要らない。山野井っていう人脈があるじゃん」

「いや、俺は将来ふっつーのサラリーマンにしかならないぞ? もしかしたらクラスから有名企業を立ち上げるやつが出てくるかも……」

「私有名企業とか興味ないし」


 ゴロンと横になりながら、忍忍帳幻のカラー作を眺めるさまは、どこからどう見てもただのニート。

 いや、言っちゃ悪いが、鈴野は少し堕落しすぎじゃないか? 

 最近勉強も教えてって言わないし、漫画にラノベに読みふけってばっかだし。

 イライラは、簡単に伝わる。


「なに山野井、怖い顔して」


 鈴野は起き上がり、俺を見ていた。

 怒ってる? そんなの分かりきったことだろうに。俺はオマエのためを思って、オマエのためにと、良かれと思って。

 悶々悶々。


「俺は――」

「山野井?」

「俺は! オマエのなんなんだよ!!」


 怒鳴る。

 本当はこんなこと言いたくなかった。怒りに来たわけじゃない。今日も楽しくおしゃべりして、いろんな話をして。

 少しずつでいい。少しずつで。

 そう、思っていたはず。

 なのに、欲が出た。

 文化祭に来られたんだから、学校も来られるだろっていう身勝手な欲。


「怒鳴ることない――」

「だってそうだろ!? もう十月だ。オマエ、いつまで引きこもってるつもりだよ」


 違う、そんなこと言いに来たんじゃ。


「山野井、私……」

「言い訳なんか聞きたくない! 俺はもうここには来ない、来ないったら来ない!」


 思いっきり膝を伸ばして一気に立ち上がる。

 鈴野はあっけにとられて(というよりは、恐怖におびえて)俺を見上げることしかできなかった。

 何でだよ、そんな顔させたいわけじゃなかった。

 ただ俺は。俺はただ。


 一緒に学校に通いたい。

 

 ただそれだけ。高校生として当たり前のことをしたいだけ。鈴野と一緒に、一緒にいろんなことを。

 だけど、それすら叶わない。

 だって、鈴野。

 学校に通っていればそれこそ週に五日、毎日顔を合わせて、もっといろんなばかやったり、色んな漫画の話したり、帰りに買い食いしてみたり、一緒に腹宿に寄り道したり。

 もっともっと、たくさんの楽しいことが出来るのに。


「山野井、待って……」


 声が震えている。が、もう引き返せない。


「俺、帰る」


 乱暴にリュックを拾い上げて、それを背中に背負いながら鈴野の部屋を出ていく。

 鈴野の目からこぼれ落ちた涙に気づかないわけがない。だって俺は、ずっと鈴野を見てきたから。

 もう半年、鈴野の家に毎週遊びに来て。いろんな話をして、口げんかもして、ばかやって。

 だから。だからこそ。


「くっそ、最低じゃないか、俺」


 鈴野が一番嫌うこと、それはこうやって無遠慮に学校へ来いと促す人間。

 そりゃあ、お節介だとは自覚してる。それでも、ふがいない自分への怒りを誰かにぶつけなきゃ、もうやってらんなかった。

 結局は。

 全て自分のため。

 鈴野に学校に来て欲しい? もっと会う時間を増やしたいから。

 勉強を教えたい? 必要とされたいから。

 立ち直ってほしい? そんなの世間体だ。不登校の女の子が友達だということを、どこかで恥ずかしいと思っていたのだ。

 結局俺は、この半年間で何をしてきたんだろう。ちっとも鈴野の事なんか、分かっちゃいない。


「ばっかみてえ」


 好きだって自覚してから、鈴野がより遠い存在に感じていた。

 だって、俺ばっか鈴野にすべてをさらけ出して、フェアじゃないって思わねえ? そう思ってしまう俺の器が小さいのか?

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