第24話 核心
文化祭はそつなくすすんだ。というより、大盛況だった。
賛否は別れたが、メイド服を取り入れたのは正解だったに違いない。それから、鈴野の焼き菓子。
そりゃあもう、来る人来る人べた褒めで(メイド服ではなくクッキーを)、鈴野は終始ご機嫌だった。
鈴野は自分の作った料理を褒められるのが何より好きだ。
鈴野じゃなくても、自分が作ったものを他人に評価されるのは嬉しいことだろう。承認欲求が満たされる。
ともあれ。
何事もなく文化祭は終了し。
「合計の売り上げ。何と学年トップです!」
「やったね! 鈴野ちゃんのクッキーのおかげだよ」
「え、そんなこと……あるかもね」
「いや、そこは『そんなことないよ』だろ」
「ははは、鈴野ちゃんって面白いんだねー」
「だなだな!」
はははははは。
クラスの笑いの中心にいるのが鈴野だということが、俺はいまだに信じられない。というか、普通の学校だったらきっと、今の会話だけで鈴野が置いてけぼりになっていたに違いない。
今さらだが、この学校の癖の強い面々のおかげで、鈴野はきっと『普通』でいられる。
この学校にいる人間は、どんなに濃い化粧をしていようが、今時ガングロだろうが、茶髪に染めていようが金髪だろうが、真面目過ぎて融通が利かないと評されがちな子たちだろうが。
全てが普通。そう、そういう教育理念。
だがしかし。
「鈴野ちゃんってさ、何で文化祭に来ようって思ったの?」
「それはね。それは――」
ちらちらと俺の方を盗み見る鈴野。
いやまあ、確かに俺は裏で糸を引いているけど! そんなにあからさまにちらちら見られたらばれるでしょうが!
そう、この鈴野イン文化祭には大きな陰謀が張り巡らされていた。
さかのぼること数週間。
今日も今日とて俺は鈴野の家にプリントを届けに来ていた。
が、しかし。
今日は日曜日。
で、何が起きたのかと言いますと。
「うちの娘が世話になっていると聞いてね。一度ご挨拶をと思っていたんだ」
「はあ……」
まさかの!
今まで日曜日にでくわすことがなかったため、もはや幻なのかとさえ思っていた、まさかの鈴野のお父さんが光臨なさって。
そんで。
なぜだか対話(というか取り調べのような威圧感すらある)をすることになったのだが。
「まあ、気を楽にしてくれ」
「あ、はい」
すごい威圧感。厳格とか荘厳とか、そういう言葉が似合いそうな、とにかくこわもてのおじさん。
そんなおじさんが、リビングのソファに向かい合わせに座っているもんだから、緊張しない方がおかしい。
というか、もしかしたらおじさんは長年の父親の勘的なもので、俺の気持ちを知っているのではないだろうか。
故に、故に。
俺が彼氏として相応しいのか、それを確かめるために今日この日に限ってわざわざ出かけずに家で待ち構えていたのでは。
「えーと、名前は何て言ったかね」
「あ。山野井みことです」
「山野井くん……単刀直入に訊こう、娘はどうだ?」
「え……」
どうだ? 嫁に? 嫁にどうだ? それとも嫁としてどうだ? それとも女としてどうだ?
どのどうだだ?
と、堂々巡りの思考に陥って、
「娘は学校に行けそうかね?」
あーはい、そうですねあっぶねー。
危うく、「かわいい娘さんだと思います」なんて言いかけたからね。セーフ! セーフ!
そんなこと言ったらこのおじさん絶対怒るからね、こういうお父さんに限って「俺の娘に!」って言いだすタイプ……
いやいやいや、俺は鈴野のお父さんに向かってなんて失礼な考えを!
もとより。
「学校に行かない理由は聞きました。すごく……根が深い問題だと思います」
「理由? そんなものがあったのかね?」
どうやらおじさんは寝耳に水だったらしく、前のめりに俺に訊き返した。
さて、どうしたものか。
ここで俺が、軽々と鈴野の悩みをおじさんに伝えることは出来る。出来ることは出来る、が。
それはきっと。
「その理由は鈴野……琴音さんに直接聞いてください」
「それができないからこうやって頼んでいるんだが?」
少しだけ。
その場の空気がぴりつくのが分かった。だって、そんなこと、俺にはできない。
だってそれは。
「俺は鈴野を裏切ることは出来ないので」
「裏切る?」
だってそれは、俺を信頼してすべてを話してくれた鈴野に対する裏切り。
鈴野にだって、話さない権利はある。話す権利ももちろんだが。
おじさんは、ふうっとため息を吐き出して、かけていた銀ぶちの眼鏡をはずし、テーブルに置いた。
そんで、目頭を右手の親指と人差し指でぎゅーっと。
ああ、なんでこんなことに。俺の何がいけなかったんだ。
そんな、雰囲気。
いたたまれない。
「おじさん。鈴野はああ見えて、ちゃんと自分を見てますよ」
「あの子が?」
「そうです。それでいて、すごく友達思い」
台所で紅茶を入れていたおばさんが、スン、と鼻をすすった。
「でも、それだけじゃあ生きていけない。中学もまともにいかない、高校も不登校。この先あの子が苦労するのは目に見えてる」
「でも、鈴野は言っていました。自分で選んだ道だから、って。ちゃんと考えてますよ、鈴野は」
はあ、ともう一つため息。だけど今度のため息は、感嘆のもの。
「あの子は母親に似て優しすぎる」
えっと。
それには半分賛成、半分反対ですね。
何せ鈴野はだいぶ頑固、俺がいくら説得したって学校になんか来やしない。きっとそれはあなた、父親譲り(見た目もだけど!)
それでも、学校に行けなかった理由はその優しさ故。おばさん譲りの優しさ。
全ては友達のため。それってなんだか、羨ましい。
だけれども。
確かにそれだけでは生きていけない。何かきっかけさえあれば、鈴野は学校に戻れるんじゃないだろうか。
何かきっかけさえ、小さなきっかけでいい。どんな些細なことでも。
「ごめんなさいね、山野井くん、うちの夫が無理押し付けて」
台所にいたおばさんがティーカップを運んできた。
もうすでにそのティーカップは、ほぼ俺専用みたいになっている。
何度もこのティーカップで紅茶を飲んだ。
「ご褒美なんかで釣ったらどうかしら」
ティーカップをテーブルに置きながらおばさんが言う。
ご褒美って、子供じゃあるまいし。
と思いつつ、ふと浮かんだのは。
「ご褒美、そうか、ご褒美!」
俺は掃除ができない、だらしない人間だ。だがしかし、それが今はいい方向に向かおうとしている。
鈴野が熱を上げている忍忍帳、幻のカラー作と言われる原稿がある。
それは連載十週を記念して描かれた巻頭カラーのイラストだ。あれは確か、忍忍帳の画集にも収録されていない。
ファンの間では数十万の値段さえつけられているそれは、確か俺の家に積んである週刊誌の中にまぎれているはず。
それを。
「山野井くん?」
「ちょっと俺にあてがあるので、それを使って、まずは文化祭に来ないか、誘ってみます」
それをダシに使うのは、少しだけ良心が痛んだ。痛んだんだが。
これも鈴野のため、鈴野の人生のため。
鈴野の籠城を攻め落とすための最終策だ。
文化祭に来ていい感じの雰囲気になればきっと。きっと鈴野だって学校に来たいと、友達に会いたいと思うはず。
「ええ!? マジで? マジで山野井、あの幻の巻頭カラー持ってるの?」
「もちろんだ。探せばきっとある」
「探せばって……どうせ、『やっぱりありませんでした』とかそういう落ちでしょ」
「いやいやいや、絶対あるし。何なら帰ったら探して写メ撮って送るけど?」
「ふうん」
まるで信じられない。そんな昔の雑誌あるわけが。そもそも何が目的なの。
そんな、目。
いや、まあ。確かにおいしい話には裏があるっていうけどさ。
ううん、言いにくい雰囲気だけど。言え、言うんだ俺!
「もしも、だけどさ」
「何よ」
「もしも、鈴野が文化祭に来てくれるってんなら、そのカラー、譲ってもいい」
「……何それ」
全く興味がない、ふりをしている。
そわそわと落ち着かないし、何より鈴野の右手はおくれ毛を掴んでいた。
あと一押し。
「鈴野が要らないんなら、俺オークション出すわ。いい小遣いになるし……」
にっこりと、鈴野に笑いかける。いや、にっこりじゃない、ニタリだな。
鈴野は、うーん、うーん。とうなりながら考えに考えているようだった。
おいおい、忍忍帳の幻のカラー作だぞ? 売ったら数十万円のそれを譲るって言ってるんだぞ?
悩む必要あるか? ないでしょ!
「んんー、うーん、えええ」
「へえ、要らないんだ。じゃあ俺帰って……」
「い……る! 要る!! 欲しい!」
「よっしゃそれ来た! で、じゃあ文化祭は?」
「うー……山野井のお節介、いけず、ろくでなし」
「はいはい何とでも」
うわーん! と、鈴野はその場に横になり、
「ぶんかさい、いくます」
「そうこなくっちゃ!」
そういう成り行きで、鈴野は文化祭に積極的に参加してくれたわけなんだけれども。
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