第23話 メイドさぁん

「いらっしゃいませ」


 喫茶店の名物にと、俺が独断で仕入れたものがある。

 メイド服。

 これはもう、クラスの男子には受けたが、女子からはひんしゅくを買った。

 だけど。

 俺は後悔なんかしていない。だって、まさかこんな。


「ねえまじ鈴野ちゃんのメイド姿かわいくない?」

「かわいいかわいい。一緒に写真撮ろ」


 女子たちはこぞって鈴野と写真を撮った。もちろん、鈴野以外の友達とも。

 鈴野のかわいさはちょっと他とは違う。それは例えるなら、世間擦れしていない純粋さ(まあ、純粋なのか邪悪なのかははなはだ疑問だが)

 ともかく。

 鈴野は中学三年の時点で時が止まっていたわけで。つまりあどけなさが抜けないのだ。

 さらには地方(北関東って言ってたか)出身だから、東京人みたいなとげとげしさもないのだ。

 とまあ、この見解は今日今この時に初めて俺も気づいたんだが。

 何せ鈴野とクラスメイトを比較する機会なんかなかったわけだ。

 写真を撮りあう女子たちを見て、思わず頬が緩んだ。

 どうだ、うちの鈴野はかわいいだろう、と。

 いやまあ、別に俺の彼女とかそういうのではないわけだから、俺がこういう自慢のし方をするのはお門違いなのだが。

 少なくとも。 

 少なくともこのクラスの中で一番メイド服が似合っていたのは、ダントツで鈴野なのだ。俺が保証する。


 鈴野が焼いたクッキーはたいそう評判だった。なんでも、普通のクッキーと、ガレット・ブルトンヌとかなんとかいうクッキーとを出したのだそうだ。

 その、ブルトンヌのほうが特に珍しいらしく、そこらのケーキ屋では一枚三百円で売っているところもあるのだとか。


「鈴野ちゃんって、本当にお菓子作り上手なんだね」


 武田と俺、石田と鈴野で焼き菓子を皿に盛り付ける。

 紅茶は茶葉から、コーヒーも少し奮発して豆から挽いて、淹れている。本格的な喫茶店なので、単価はやや高めなのだが、それでも客がひっきりなしに入ってくる。

 鈴野が、「これが、私のお店」なんて感動していたものだが、確かに、鈴野はきっと将来、こんな風に繁盛するお菓子の店を開くのだろうなと思った。じゃあ俺は、何になるんだろう。


「山野井? どうしたの、ぼうっとして」

「いや。鈴野はお菓子作り職人になりたいって夢があるけどさ。俺にはそういうの、ないなって」


 ふとこぼしただけなのだが、存外鈴野がけろっとした表情で、


「山野井はあれでしょ。教師に向いてそう」

「教師? 俺が?」


 疑問を呈したのは俺だけで、石田も武田もうんうんとうなずいている。


「私も鈴野ちゃんと同じ意見。山野井くんって人当たりいいし、火とのことよく見てるっもんね」

「だな。山野井は困った人を放っておけないお人よしだから。きっと生徒にとって良い教師になる」


 そんな評価を受けたことはなかったから、なんだか照れくさくて何も言えなくなる。


「学級委員長ー、クッキー追加で!」

「あ、わかった! じゃあ、最後まで気を抜かずに行くか!」


 結局この話はこの場限りで、俺自身もさして深く気にすることなく、忙しさに消えていった。


 一日目は食中毒もなく無事に終了する。


「なんと! 今日の売り上げ、うちのクラスが一番です!」


 俺が報告すると、クラスがわーっとざわめいた。やはり、体育祭と言い、実際にイベントのさなかになると、盛り上がらないほうがおかしいというもの。

 俺と鈴野はアイコンタクトして笑いあう。今日のお菓子は大好評だった。明日もきっと、うまくいく。

 今日はこの後、鈴野と俺、武田と石田で、明日の分のクッキーを焼くことになっている。


「山野井、違う違う。お菓子作りは計量が大事なんだから」

「だって、十グラムくらい大丈夫だろ?」

「あーもう、計量は私がやるから、洗い物してて! 武田ちゃん、手伝って」


 ことさら、鈴野は武田になついたようだった。確かに、ふたりには料理という共通点がある。


「鈴野ちゃんって、いつからお菓子作り始めたの?」

「私? 七歳くらいかな。武田ちゃんは?」

「私は中学上がってから。そっか、鈴野ちゃんってすごいねえ」


 ほめられて、鈴野は、へへぇ、と変な声で笑った。少しだけ、中二臭い気がする。武田にそれだけ気を許しているということだろう。

 俺は複雑な思いで、だけれどぼろが出ないように、鈴野のわきを肘で突っついた。


「痛いな、わかってるよ」


 小さな声で鈴野が抗議する。


「わかってないだろ。中二的な発言にはじゅーうぶんに気をつけろよ」

「おいおい、鈴野ちゃんと山野井、なにこそこそ話してるんだよ」


 目ざとく、石田がにやけ顔で俺を突っつく。石田の手についていた薄力粉が、俺のエプロンを白く染めた。


「べ、別になんでもいいじゃん」

「何でもよくないだろ。てか、鈴野ちゃんと仲いいし。ふたりは初見じゃないよな?」

「あっ、べべべ、別にそんな深い仲じゃなくて、山野井がプリントを届けに来るだけで」

「おい、カマかけてんだよ、石田は」


 まんまと自ら秘密をばらした鈴野は、


「そうなの? 石田くんと武田ちゃんには話してるかと思った」

「……俺ってそんなに口軽そうに見える? 鈴野とのことは、誰にも話してないんだけど」


 意外、と鈴野が笑う。


「計量終わり。じゃあ、材料混ぜてくから、石田くんと山野井は型抜きの係ね」


 先ほどの俺の計量を見かねてか、重要な係はまかせてくれないらしい。が、型抜きですらうまくやれる自信がないのが現状だ。


「てか、じゃあ鈴野ちゃんと山野井って、もう半年くらい友達やってんだ?」

「んと、友達。かは、わからない」


 ちらちらと鈴野が俺を見てくる。ああ、面倒なヤツ。


「俺は友達だと思ってるけど」

「……! うん、山野井は友達だよ!」


 ぱっと顔を明るくして、鈴野は鼻歌交じりに材料を混ぜていく。とはいえ、その鼻歌が忍忍帳の主題歌だったため、俺もかぶせて鼻歌を歌う。みんなマスクをつけているため、鈴野の鼻歌もくぐもって聞き取りにくかったから、誰も鈴野の鼻歌がなんなのかは気づいていないようだったが、念のため俺も、鼻歌を歌った。


「山野井って、鼻歌歌うんだ」


 誰のせいだと思ってるんだよ。


「まあ、俺も機嫌がいい時は鼻歌くらいはな」


 適当に相槌を打つ。鈴野がふうん、と嬉しそうに返事をした。


「鈴野ちゃん、嬉しそうんだね」

「うん。だって、自分が好きなもの――料理の楽しさをさ、誰かと共有するのって初めてで。一人で作るのも楽しいけど、みんなで作るのも楽しい」


 クッキーを薄く伸ばして型抜きをする。ガレット・ブルトンヌは丸い形だけれど、型抜きの後、表面に付ける模様は鈴野が担当した。菓子職人志望なだけあって、鈴野の作るクッキーの形は、ほかの誰よりもきれいだ。


「これを焼いて、冷ましたら明日の準備は終わりだね」


 ふう、と鈴野がひと段落して、息をつく。俺と石田、武田もまた、椅子を持って来てクッキーが焼けるにおいのなか、朗らかに話す。


「鈴野ちゃんのクッキー、本当においしいよね。私も後でレシピ教えてほしいんだけど」

「武田ちゃん! 本当に!?」


 レシピを誰かに教える、というのはことのほかうれしいことなのだろうか。俺にはわからない。そもそも、レシピっていうのはその人の秘伝のものだと思っていた。俺が物珍し気に二人を見ていると、


「山野井には教えないからね!」

「なんだよ、武田になついて。俺だって、レシピ聞いたってどうにもならんからいらんわ!」

「山野井、冗談だってわかるだろ」


 石田が笑い、武田も笑う。だけれど、俺だけが笑えない。だって鈴野、こんなの、俺が本当に望んでいた高校生活すぎて、泣きたくなるのをこらえるのに必死だったんだ。

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