第22話 学園祭、来る

七、利己的な怒り



 文化祭、待ちに待った……ってほどじゃあないけれど。

 それでも行事ごとの中では最高潮に盛り上がるのは確かなわけで。


「えー、皆さん。とにかく消毒だけは徹底してください」

「はーい学級委員!」

「了解山野井」


 結局。

 結局内装も買い出しも何もかにも。全て俺がやったわけだが(ただし、池田と武田だけは俺を手伝ってくれたが)

 いよいよって感じだ。

 ちなみに、鈴野が手作りしてくれた焼き菓子をクラスのみんなで味見したが、みんなからは上々の評判だった。


「あの時笑っちゃったから学校来られなくなっちゃったのかな」


 中にはそう、少しの後悔の念を表すクラスメイトもいた。

 いやまあ、本音を言えば、それが引き金の一端にならなかったわけではないけれど。

 それでも鈴野自身はそれが原因ではない、と断言してくれていた。

 もとより。


「よろしく、お願いします」


 もとより。

 鈴野は何と、文化祭の助っ人として。

 いや。

 クラスメイトの一員として、喫茶店の裏方を買って出てくれることになったのだった。


「それにしてもよー」


 クッキーを袋詰めにしながら、池田が俺に耳打ちした。


「鈴野と仲良かったなんて俺聞いてねえんだけど」

「だって言ってねえし」

「このこのー。あれだろ、オマエがあくせくしてたのって、全部鈴野ちゃんのためだろ?」

「おい鈴野ちゃんって呼び方……」

「だってみんなそう呼んでるし?」


 ぐぬぬ。とクラスメイト全員に嫉妬する。

 俺だけの鈴野だったのに!(と思うくらいには俺は鈴野のことが大好きになっていた)

 俺と池田がひそひそ話をする中、鈴野はクラスメイトと、そりゃもううまく立ちまわっていたのだ。


「鈴野ちゃん、クッキーの追加お願い」


 こと、武田とは話が合うらしく、


「鈴野ちゃんって、クッキー本当においしいよね。私は普通の料理は好きなんだけど、お菓子作りは超苦手」

「そうなんだ? 私と逆だね。私はお菓子は作れるけど、普通の料理は苦手だなあ」


 へへ、と笑って、武田と鈴野は仲良さげだ。

 鈴野が思い出したように、ほかのクラスメイトに呼びかける。


「あ、割れたクッキーは食べちゃっていいよ。多めに焼いてきたから」

「マジで? やーった! アタシ鈴野ちゃんのクッキー好きだー」


 とまあ、鈴野はたいそう重宝されていたし、可愛がられていた。

 そりゃあ、だって。

 だって鈴野のやつ、今日に限ってコンタクトにしてきたわけだし。しかもびみょーに化粧までしてるわけだから。

 かわいくないわけがない。


「おうおうおう、山野井オマエ、鈴野ちゃん見る目があっついね~」

「馬鹿言うなよ」

「おやおや? 耳が赤いけど? なあ、どこまで進んでんだよオマエら!」


 あーもう、面倒な性格だ、池田ってやつは!

 そうこうする間にも、鈴野はクラスメイトと打ち解けていく。


「うーん、このテーブル、もう少しあっちの方がよくない?」


 鈴野は料理だけでなく、テーブルの配置にまで小多利があるらしい。誰も気づかないところまでよく気が付く。


「そう? ちょっと動かしてみようか」


 武田をはじめ、みんなが協力してひとつの催しを完成へと導く。

 誰も。

 誰も鈴野をゲスト扱いなんかしなかった。腫れもの扱いも。

 なにせこの学校はそういう学校。個性の塊みたいな人間が集まる場所だから。

 だから。

 不登校っていう鈴野の負い目さえ、ただの『個性』に成り下がる。


「ほんとだ、こっちの方がしっくりくるね! 鈴野ちゃんナイス」

「うへへ、そんなことないよ」


 そして一番意外だったのは、鈴野はこういう場所では、オタク言葉が出ないことだった。すなわち、鈴野は俺にだけあの独特な言葉遣いをしていたのだ。喜んでいいやら悪いやら。それだけ俺を信頼してくれている、ということでいいのだろうか。その証拠に、


「鈴野、大丈夫か?」


 心配して、小さく耳打ちしたとき、鈴野は涼しい顔で、いつものごとくオタク口調で俺に返した。


「心配ないよぃ!」


 おい!

 よぃ、って何だよ。オマエ中二が出てるぞ!? もうあれか、気を許した相手にはこういう癖が出てしまうのかもしれない。これは気を付けさせなければ。


「ちょーっと鈴野。俺の方手伝ってくれねえ?」

「何山野井、学級委員だからって鈴野ちゃん独り占め?」


 武田がやけに絡んでくる。


「よせよ! そんなわけねえだろ。鈴野、ちょっといいか」

「ふん、仕方ないわね」


 だからそういうところ!!!

 ひとまず。

 ひとまず俺は、喫茶店の裏方、のまた裏に鈴野を引っ張ってきて、


「オマエな。さっき中二的言葉遣い出てたぞ。多分オマエ、俺の前とか気を許した相手に対して無意識に中二言葉になる」


 あとは、全くの無関係な人間。例えば、春休みのあの日、東京の喧騒で初見だった俺に対する態度だったりがそうだ。


「うそ? だって誰もツッコまなかったよ」

「いや、普通はツッコまない。俺はツッコむが普通の人間はツッコまない」

「えええ、学校って面倒くさいんだね」

「いや、オマエがもっと注意すればいいだけの話だろ」


 わざとらしく口をとがらせる様子はかわいい。じゃない。そういうところもまた、中二だっていうのに。無自覚こわ! 無自覚怖い!


「でもさ、山野井」

「何だよ。まだ何か言い足りない――」


 ふんわりと。

 そんな風に笑う子だったか。

 まるで女の子のような笑い方(女の子なのだから当然だが)

 今までとは違う、明らかに、明らかに。俺には見せたことのない笑顔。

 悔しさ、と。嬉しさ。

 やっぱり人との触れ合いというのはいいものなのだ。それは時として人を傷つける。

 だけれど、本来触れ合うことはいいことなのだ。いいものなのだ。

 自分と他人と友達と親と。

 色んな経験をして、成長していく。

 鈴野もまた、きっと。


「学級委員! 次何すればいい?」

「あ、ああ。今行く。とりあえず鈴野、気を付けるんだぞ」

「はいはい、心配性なんだから。親みたい」


 なんて。

 憎まれ口をたたかれたって痛くもかゆくもない。だって俺は、それくらい、鈴野に夢中で。あばたもえくぼって、きっとこういうこと。

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