第19話 楽しい思い出
パンケーキ屋を出たのが午後二時で、そのあと俺たちは腹宿の店を見て回った。
「見て山野井、これ可愛い」
「そうか? 不細工な猫」
腹宿の猫はファンキーだった。
「見て山野井。この服可愛い」
「いや普通に怖えよ、人の顔が網羅されて」
腹宿の服はクレイジーだった。
「ねえ山野井、喉乾かない? タピオカ飲んでいこうよ」
「マジかよ鈴野。まだ甘いの行くのかよ」
「え、タピオカは飲み物じゃん。山野井も飲むでしょ?」
「いや俺はウーロン茶にするから」
腹宿の食べ物はみんな甘い。
お腹が苦しい、だけど心は楽しい。
変な話だが、男の俺と女の鈴野、二人で腹宿を歩いたらもっと温度差があるものかと思っていたのだが、実際はそんなことはなかった。
鈴野がかわいいといったものを不細工だと言っても、
「はは、言えてるー! 私も実はそう思った」
とか。
何しろ俺たちの根底にはオタクという共通点がある。なんで、
「うお、見ろよこれ小次郎のコスプレ衣装だって」
「待って、こっちは『王者街道まっしぐら』のTシャツだよ!」
結局こういうコアな店に落ち着いてしまうのだ。
歩いて走って休んで喋って。
時間はあっという間に進んでいって、俺たちは各々に帰路につく時間になる。
午後六時。
鈴野のおばさんに心配かけていないだろうか、少し遊びすぎた気もする。
「山野井、今日はありがとう」
「いや、いいって」
「そ。じゃあ、約束通り私、喫茶店の手伝いしてあげなくもないからね!」
ああ、忘れてた。そっちが本題だというのに。
今日一日付き合う代わりに、鈴野には喫茶店で出す焼き菓子を作ってもらうんだった。
「鈴野の焼き菓子なら大盛況間違いなしだからな」
「そ、そんなにおだてたって何も出ないし!」
「いやマジで言ってんの!」
「もう、もう。もう!」
ばしーん、と背中を叩かれた。痛ってえ。
鈴野は手加減ってもんを知らない。本当に全く。まったく……
「じゃあ、鈴野、気を付けて帰れな」
「大丈夫。心配されるようなことは起きないし」
「いや起きたら俺がおばさんに顔向けできないからな?」
「何よ、心配なら家まで送ればいいじゃない」
「そ、……そこまでする義理はねえよ! じゃあな!」
単なる、照れ。
本来なら女の子を家まで送り届けるのが男としての役割なのだろう、仮に俺たちの関係が恋人同士だったのならば。
だが何分、俺と鈴野はそういう関係性じゃあない。一友達、オタク仲間、同志。
故に俺は、鈴野を甘やかさない。
とはいえ、鈴野が俺に手を振りながら駅の改札へ向かうもんだから、ひとまず俺は、鈴野が見えなくなるまでその背中を見守ることにした。
東京の雑踏に消えていく鈴野は、もう誰がどう見ても東京の女の子で、そして単なる一高校生でしかない。
今日一日で、鈴野の色んな一面を見た。自分が持つ鈴野への偏見にも気づいてしまった。
だとして、俺はこの先、鈴野に何ができるのだろうか。
留年が確定した鈴野がクラスに登校するということは、果てしなく遠い夢のまた夢のように思えた。
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