第15話 MVP

「体育祭って、だるいよね」


 武田が愚痴る。特に武田は、運動神経がないらしいから、きっとこの体育祭に不満があるのだろう。対して石田は、どちらかと言えば運動神経がいいほうで(なにしろリレー選手に選ばれたからな)、俺と武田は石田の雄姿を見ながら、遠い目をしていた。


「石田くんかっこいいね」

「え、武田って石田みたいのが好きなわけ?」

「はぁ。山野井くんにはわからないよねえ」


 武田はリレーでバトンを一位で渡し終えた石田を見ながら、大きなため息をついた。


「見てよ石田くん。三人抜きで一位とか。これもう、今日のMVP石田くんだよね」


 対して武田は、先ほどの畳リレーで転んで、膝には痛々しくばんそうこうが張られていた。俺も俺で、この体育祭ではぱっとした活躍をしておらず、武田とともに応援席でぼうっと声援を送るので精いっぱいだった。

 体育祭の選手選びで、クラスメイトはみんな乗り気ではなかったはずなのに、いざ体育祭が始まると、みんな勝つ気でいるらしく、目がギラギラしていてちょっと怖い。


「てか、鈴野さんの代役。全部山野井くんが出るの、大丈夫?」


 鈴野も一応、選手として選抜してある。障害物競走と玉入れだ。あと俺の本来の種目は、台風の目と二人三脚。二人三脚は石田とペアの為、今から気が重い。運動神経ダメダメな俺と、リレーで三人抜きした石田。果たしてうまく走れるのだろうか。


「はあ、気が重すぎる」

「だったら、どっちか私が出てあげようか?」

「ん?」


 気が重いのは二人三脚のことなのだが、あらぬ誤解を生んだようだ。武田は赤い鉢巻を結びなおしながら俺を見上げている。平均よりやや高い身長だ。鈴野は平均より低いから、かなり俺を見上げる形になる。けれど武田は、鈴野よりは俺に近いところから俺を見上げていて、なんだか新鮮だった。


「いいよ、俺が出るし」

「でも、さすがに四種目は疲れるよ。玉入れなら、転んだりしないだろうし。代役で出るけど、どう?」


 ここまで気を使わせて、断る理由もなかった。もとより、こうやって気遣ってもらえることは素直にうれしい。


「じゃあ、玉入れは武田にお願いするわ」


 武田が任せて! と胸を叩いてむせた(その様がなんだか鈴野のようで、俺は無遠慮に笑いを漏らした)


 玉入れは赤組の勝ちだった。つまり、俺たちの組が勝ったのだ。なにしろ、あの武田がファインプレーを見せた。

 本人曰く、投げやりに放っていただけなのだそうだが、これがまた、入る入る。

 武田が籠の遠くから思いきり投げた球が、次々と籠の中にホールインしていく。

 この活躍で、一躍時の人となった武田は、先ほどからクラスメイトに囲まれている。


「マジすごかった。武田、ナイスガッツ」

「そうそう、これで白組と同点だもん。あとはあれよね、二人三脚で勝てたら、優勝行けるんじゃない?」


 必然、石田にも注目が集まる。リレーでの活躍を見れば、誰もが同じことを思うだろう。この勝負、勝った。

 しかし、二人三脚のペアが俺だと知るや、クラスメイトがあからさまに落胆するのだ。


「ま、まあ。いいとこまで来られたし。いい思い出作りにはなった、よね」

「うんうん。ここまで来られたのも奇跡だし」

「言ってただの体育祭だしねー」


 穴があったら入りたかった。クラスでの俺の扱いって、そんなもんなの? そんなにどんくさいか、俺?

 こう見えたって、小学校まではリレーの選手とかもやっていたんだけどな。でも、中学からはうまくいかなかった。中学になるととかく男子は成長期がやってきて、学業もそうだけど、体育なんかでは大きく差が広がるものなのだ。

 もともと運動音痴ではなかったとはいえ、小学校までの俺は、身長が平均より高いというリードを持っていた。それが、中学に上がってから覆されて、平均的な身長にしかならなかった俺は、必然的に体育で活躍することが減っていった。

 それに輪をかけて、事なかれ主義になっていって、体育祭でリレーの選手に立候補する、あるいは推薦ですら断り続けて今に至る。


「山野井、てっぺん取ろうぜ」


 石田の何の気なしの言葉が嫌味にしか聞こえない。


「無理だろ。俺が足引っ張るし」

「そうか? 二人三脚は足の速さよりは二人の息だろ。だから山野井も、そう卑屈にならずに」


 そりゃ、俺だって卑屈になんかなりたくない。でも、石田とペアだなんて、俺じゃなくてもひねくれてしまうのではないだろうか。


 位置について。

 早く終われ早く終われ早く終われ。

 心の中で呪文のようにつぶやいて、俺はアンカーとしてグラウンドに入った。

 第一走者は二位でタスキをつないだ。第二走者で三位に落ちた。第三走者はまた二位に浮上し、第四走者は二位をキープ。

 俺と石田の番、アンカーに回ってきたときには、一位と二位には大きな差ができていた。

 正直、こりゃ無理だろ、と思った。俺は。だけど、隣に構える石田はやる気満々にタスキを受け取ると、


「行くぞ山野井。一、二、一――」


 一が右足、二が左足。

 一、二、一、二、一――

 足が絡んで俺だけ転んだ。この時点で三位に落ちる。赤組から嘆く声が聞こえる。もう嫌だ。帰りたい。


「山野井、ほら、立て」


 石田がキラキラして見えた。女の子だったら惚れてるだろう。いや、実際今日の活躍で、石田に惚れた女の子は結構いるんじゃないだろうか。

 立ち上がる。膝が擦りむけて少しだけ痛い。

 一、二、一、二。


「頑張れ」

「負けるな」

「ファイト!」


 応援が遠くに聞こえる。早く終われ。ゴールが遠い。早く終われ。なんでこんなことに。俺が何したって――


「山野井! 頑張れ!!」


 聞こえた声に、俺は応援席を見る。生徒の応援席ではない、一般の応援席。

 小さな女の子だ、帽子とサングラスをして、(変装のつもりなのだろう)、そこにはまぎれもなく、鈴野がそこに、いた。

 声を出したらクラスメイトにばれるだろう。そもそも、応援に来るのだってどれだけの勇気がいったか。

 足に力をこめる。石田と組んだ肩をしっかりと握る。

 俺は力強く右足を踏み出す。


「一、 二! 一二一二一二一二」

「ちょ、おい、速っ」


 そのあとのことはよく覚えていない。鈴野が応援に来てくれた、ならばせめて、優勝しているところを見せてやりたい。かっこいい自分を見せたいと思った俺は、きっとただの馬鹿だ。

 三位から巻き返す。一組抜いて二位に出る。この時点で残り五十メートル。あきらめない、最後まで走れ、動け足、動け、動け、動け!


「ゴール! 白組さんの勝利です!」


 背中ひとつ、足りなかった。

 しかし、赤組から怒涛の声援がわく。


「すげえ! あの差からここまで詰めるなんて」

「感動した。最後まであきらめなかったふたりを胴上げしよう」


 ゴールしたら、すぐさま鈴野を探しに行きたかったのに、俺と石田はクラスメイトに担がれて、胴上げなんてされてしまった。

 最終的に優勝は逃したし、二人三脚だって二位だったのに、この一件でなぜだか俺は、クラスのヒーローみたいな扱いを受けた。

 ようやく手が空いて、鈴野を探しにいったけれど、鈴野の姿を見つけることはできなかった(今日のMVPは、誰がなんと言おうとオマエだ、鈴野!)

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