第13話 くっさいセリフ

 鈴野の家から俺の家までは電車で一駅離れている。最寄り駅も違う。俺が北駅で、鈴野は南駅。


「はー。マジ俺の馬鹿野郎だよ」


 ふうっ息を吐いて、電車のホームに立つ。

 六月とは思えない蒸し暑さに、汗が流れる。


「と。待ってる間に漫画でも……」


 何もしないでいるとどうしても鈴野のことを思い出してしまう。

 俺は無造作にリュックに詰めてきた漫画をガサゴソとあさる。鈴野が勧めてくる漫画はどれも面白い。どちらかというとゴリゴリのバトル系のものが多くて、でも時々少女漫画テイストのものが混じることもある。

 今回借りた『王者街道まっしぐら』は、最近連載が始まったばかりの、しかも新人さんが描いているものだと鈴野は力説していた。

 どうやらこの漫画家に相当な思い入れがあるらしく、


「山野井。面白かったらこの漫画買ってね」

「え。なんでだよ。鈴野に借りればいいじゃん」

「ノンノンノン! 漫画家さんが漫画を描き続けるには数字が必要なのだよ。つまり、君のお買い上げに漫画家さんの生活が懸かっている!」


 なんて、そんな風に力説されて初めて、漫画家の仕組みを理解した。いや、まあ、今までだって理解していたはずなんだが、改めて言われると成程と思うことばかりなのだ(とはいえ、鈴野の情報源は主にトゥイッテーであるから、この知識もトゥイッテーから仕入れたに違いない)


「ぷ、ふふ」


 駅のホームのベンチに腰かけて、さっきまで読んでいた漫画の続きを読む。

 思わず独り笑いを漏らして、ハッとした。

 いけねえ、ここは鈴野の家じゃなかった。

 コホンと咳払いをする。それとなく周りを見れば、一人、女の人が電車を待つようにホームに立っていた。で、その人は俺が見るととっさに顔を逸らしたから、さっきの独り笑いは見られていたに違いない。くそう、俺としたことが。

 恥ずかしくていたたまれなくなって、俺は漫画をリュックに突っ込んで、ホームのお姉さんが見えなくなる位置まで移動した。



「で、鈴野は体育祭に来るって?」

「いえ、それが……」


 定期的に鈴野の家に行って、そんでそれを多田に報告する。それが今の俺の高校生活の一部と化すにはもう十分すぎる時間が経った。

 多田は多田で鈴野の家に行っているらしいんだが、何分鈴野はああいう性格だから、多田には心を開いていないようだ(とは言え、鈴野があの調子で多田にツンデレな態度をとったらそれはそれで恐ろしいが)


「そうか……そろそろ鈴野も学校に来ないと、留年が確定してしまうからな」

「あっ、そうか……」


 凡ミス。

 中学と高校の決定的な違い、それは留年制度があるところも大きなことだろう。

 鈴野はもう丸々二カ月も学校に来ていない。


「で、でも、留年になってもクラスメイトと話すのは大事ですよね」

「……? それはそうだが」

「ですよね! いつか鈴野がこのクラスに溶け込めたらっれ俺は思います」


 くっさ!

 我ながら何臭いセリフ吐き出してんだよ? どこの王子さまだ、俺は!

 とはいっても、うまい表現が見つからない。

 鈴野はきっと、留年が確定したとなれば、もう学校に通う必要はない、そう言いそうだ。てか、絶対にそう言うだろう。

 だけど、だ。

 何か一つでいい、何か一つ、このクラスになってよかったという思い出が出来たら。


「山野井、引き続き頼むよ」

「……はい」


 頼まれたくなんかなかった。そんな重責。

 下手したら俺は、鈴野の人生を左右する人間になる。いや、なるかならないかは俺の選択次第。鈴野に思い出を作ってやることが出来たら、きっと俺は鈴野の人生に大きく関わる人間になる。逆に、鈴野に別段いい思い出を作ろうとしなければ、俺は単なるクラスメイトAで終わる。

 今の俺は、それこそどちらにもなれた。どちらを選ぶこともできた。

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