第11話 コロッケ!

「武田さん、ありがとう。だいぶ早く終わったし、きれいに見やすくまとめられた」

「いやいや、いいよ。だって山野井くん、いつもひとりで頑張ってるから」

「や、だって学級委員だし」

「だとしても。山野井って他人に助けも止めないタイプだよな。学級委員だってくじで決まっただけなんだから、普通はもっと手抜きするもんだぞ?」

「ええ、そんな大げさな。だって、やるからにはちゃんとやらなきゃ、多田にだって迷惑かかるし……俺は普通だよ」


 ははは、と笑って石田の背中をばしんと叩いた(照れ隠しが入っていたからか、思ったよりも力が入ってしまい石田が転んでいた)

 せっかくだから、と今日は石田と武田さん、そして俺の三人で下校することになる。

 三人とも最寄りが北駅だったのに、話の流れで南駅に行くことになった。先ほどの武田さんの話、いいもん屋というスーパーによろうという話になったのだ。


「てかさ、山野井くんはいいもん屋のお惣菜でなにが一番好き?」

「え? えーと」


 石田が小さく耳打ちする。


「チーズインコロッケ」

「え、チーズインコロッケ」


 石田に言われた通りに声にして、しかし嘘がバレるのも覚悟して武田さんを見た。武田さんはにぱっと笑って、


「いいね、よくわかってる。あそこのコロッケの一番人気、チーズインコロッケ。コロッケの中にカマンベールチーズが入ってて、かぶりつくととろりと溶けて本当においしいよね」

「そ、そうそう、カマンベールチーズね」


 カマンベールチーズってなんだ。カマン……来い? カモン?

 俺が武田さんに合わせて笑っていると、石田も話題に混じってくる。


「俺はあれかな、牛ごろごろコロッケ」

「うわあ、いいね、いいね。石田くんも通ってるね? 普通は牛のひき肉のところを、あそこは角切りの牛肉だもんね。男の子は好きそう」

「へ、へえ。石田っていいもん屋に詳しいんだな」

「そうだよ? 山野井知らなかった? 俺もあのスーパーで山野井を何度か目撃してる」


 せっかく鈴野の話題をそらせていたのに、石田のせいで話題が逆戻り――かと思いきや、石田と武田さんの話が弾んで、もう俺がなんで南駅で目撃されたのかに言及する者はいなかった。


「武田って、家で料理とかするの?」

「するよー。なに、石田くん気になる?」

「そりゃ。女の子の手料理に憧れない男子はいないって。な、山野井?」

「え。ああ、そう、なのかな」


 あれ、そうなると俺って、鈴野の手作りのお菓子を食べているから、石田よりも上なのか? 俺はいわゆるリア充なのか?


「なんだよ山野井、にやにやして」

「いや、なんでもない。なんでも!」


 そうか、俺と鈴野の関係って、結構特別なのかもしれない。そう考えたらほおが緩んで、俺は石田に訝しがられながらいいもん屋に足を踏み入れた。


 店内には、午後四時にもかかわらず主婦に学生ににぎわっていて、お目当ては揚げたてのコロッケや唐揚げなどのお惣菜のようだった。


「げ、俺この人混みの中コロッケゲットできる自信ないんだけど」

「なに言ってんだよ。今日はすいてるくらいだぞ?」

「そうだよ、山野井くん。ガッツだしなよ」


 武田さんからガッツなんて言葉が出るとは思わず、面食らう。しかし、石田が、


「ガッツって。武田さん似合わねえ」

「なに、石田くん。笑ってる場合じゃないでしょ。ここは戦場なんだよ」


 よーし、と石田がまず最初に人ごみに入っていって、それに続いて武田さんが人だかりをかき分けていく。俺も深呼吸して気合を入れて、ひとの塊に突入した。


「よっしゃ、俺げっとした」

「私もいけました!」


 人混みの中から二人の勇ましい声が聞こえる。マジかよ、あの二人、物の数分でミッションクリアしてやがる。俺なんてまだお惣菜に手すら届かないっていうのに。

 揚げたてのコロッケのパックがひとつ、またひとつと消えていく。

 最後の一個になって、俺はようやく最前列にたどり着くことができた。


「っし!」


 ぐしゃ、とコロッケのパックがゆがんで、俺の手の中に納まった。


「うぉおおお! げっとぉおおお!」


 雄たけびに近い声を上げて、俺はコロッケのパックを天に掲げた。

 最後の一個がなくなると、人だかりは次の獲物を探して泳ぐように流れていく。次は刺身売り場の量り売りに人が群がり、先ほどと同じようにひとがたまっていくのだった。


 会計を済ませて、外のベンチで三人で座って戦利品にかぶりつく。俺が今日ゲットしたのは、チーズインコロッケだった。


「んまっ!? なんだこれ、うますぎる!」

「なに、山野井くん。いつもここ来てるんじゃなかったっけ?」

「あ、いや。……いつ食べても美味いものは美味くない?」


 自分でも苦しい良いわけだと思うが、石田が「だな」と肯定してくれたお陰で、俺は怪しまれることなくその場を切り抜けることができた。


「てか、石田も武田さんも、今日は本当にありがとな」

「だから、もうそういうのいらないって」

「そうだよ。私たち、友達じゃない」


 石田はもとから親友だが、武田さんが俺をそういうふうに言ってくれるとは思わず、照れ隠しに頬をかいた。

 こうやって放課後に買い食いしたり。共同作業して絆を深めたりすることは、学生ならではの特権だと思わされた(同時に、鈴野に思いをはせてしまうのは仕方ないと許されたい)

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