第9話 まさか、まさか、
「鈴野ってわかりやすいな」
「何をおっしゃる! 私はこう見えても鉄の女と……」
鈴野は起き上がりながら、俺の顔をびしっと指さした。いやもう、もう言及しませんけど、そういうところ、やっぱり漫画の影響を受けすぎなんだよな、この子。
「鉄の女にしては表情が分かりやすすぎ」
「ぬぅ」
「いや『ぬぅ』じゃないよ。かわいくないからな?」
「ぐぬぬ」
「いや、漫画の悪役かよ」
二人で顔を見合わせて、ぷっと噴き出す。
こんな風に馬鹿言いあって、笑いあって、何でも言いあって。
ちまたでは男女間に友情なんて成立しないって言われてるけど、それってやっぱり嘘なんじゃないか?
だって俺と鈴野はこんなにも。
「なあ、鈴野」
「何」
「俺、鈴野みたいに話があう人間始初めてだよ」
「……別に。私もおんなじこと考えて、なくもない」
「何だそれ、素直じゃねえの!」
クスクスと笑ったり腹を抱えて笑ったり。
「ねえ、山野井。今日は山野井にお勧めの漫画があります」
「何だよかしこまって」
それは最初から気になっていた。だってローテーブルの上に漫画が積んであったから。
きっと俺が鈴野を訪ねてきたときにバタバタ音がしたのは、この漫画を用意していたからだ。そう、服を着替えていたとか、髪を整えていたとか、そういうのではない、きっと。たぶん。
「俺もずっと積んであるこれ気になってたんだけど」
「うん、気になってくれてよろしい、思惑通りじゃ」
「いや、またそういう言葉を」
「今はそれは置いといてよ。でね、これ貸してあげるから読んでみてよ」
ずずい、っと鈴野はその本を俺の方に押し出した。
概算で二十巻ほど。で、この漫画は週刊誌のやつ。忍忍帳とは違うところの出版社の、でも忍忍帳と同じくらい有名な漫画を輩出している出版社の。
年甲斐もなくドキドキしてしまう。新しい宝物を発掘した時の気分。何歳になってもこのワクワクは病みつきになる。新しい物語との出会いには。
「で、どういう話なんだよ」
「えー、それ言っちゃう? それ聞いちゃう?」
「何だよ、もったいぶらずに教えろって」
言いながら俺は、その漫画の第一巻を手に取った。タイトルは『孤島』
うーん、この手のタイトルは当たりはずれがあるからな。
鈴野は俺がこの漫画のページをめくるのを期待しているらしく、俺はその期待に応えねばと(少しだけ気を使った)、『孤島』の一ページ目をめくる。
が、めくったが最後。俺は第一巻を読み終わるまで、鈴野そっちのけで漫画に集中してしまった。
要約すると、孤島というのは比喩だ。物語の中心は超能力を持った少年の話。
少し独特な絵柄だが、何よりそのストーリーにぐいぐいと引き込まれてしまい、結果的に俺は一時間弱漫画の世界に没頭してしまったわけだ。
「はー」
「お。読み終わった? どう? どう?」
「すげー、好み」
「だと思ったー! 貸すからさ、次に会う時までに読んできてよ」
「え。次に会うとき……?」
一瞬戸惑う。
鈴野には、俺が定期的にプリントを届けに来るだなんて一言も言っていない。だとすると、だとすると。
少なくとも鈴野は俺とまた会いたいと思っている?
「あ。えー。えーとね。多田先生に聞いたの。山野井、また来てくれるんでしょ?」
「あー。そういうことね。多田のやつ、他力本願だよな。俺に選択の自由はなかったし」
「……べ、別に嫌なら来なくていいし!」
ふいっと顔を逸らす。あ、怒らせた。いや、拗ねてる?
まあ確かに、こうやって誰かと話す時間は大事だよな。鈴野もそうだけど、俺も。
拗ねながらもちらちらと俺の様子をうかがう鈴野に、
「俺が来たいから来てんだよ。こんなオタトーク出来るの鈴野くらいしかいねえし」
「ほんと? また来てくれるの?」
「ほんとも何も。多田に頼まれてるしな」
「ふうん、ふーん。ふーん!!」
鼻歌に近かった。
鈴野はふんふんと何度も頷きながら、ぺらぺらと雑誌のページをめくる。
そんなに嬉しいもんなのかな。俺にはよくわからない。
「ていうか、鈴野のその雑誌、前も読んでたけど」
「これ? これね、私のバイブル」
そう言って鈴野は雑誌のページが俺に見えるように雑誌を立てた。
どうやらそれはファッション雑誌のようだった。が、お世辞にも趣味のいい服とは言えない。少なくとも俺はそうは思わない。
どちらかというとそのファッション誌は、イケイケのお姉さんが着るような服しか載っていない。正直に言えば、鈴野には似合わない系統。ああ、そうか。
初めて会った日のあの服。あの服はこの雑誌を手本にしたわけか。
「鈴野。はっきり言おう」
「何よ」
「その雑誌の服は、オマエには似合わない」
「な……べ、別にこの雑誌は好きで見ていただけで、着てみたいなんて思っていないんだから!」
この期に及んで隠そうとする鈴野は健気だ(だからといってこれ以上似合わない服を買わせるわけにはいかない)
「鈴野はさ、今日の服みたいな……きれい目系? っていうのか? そういう服の方が似合うって」
「似合……そ、そんなお世辞言われたって嬉しくもなんともないんだからね!?」
「あーはいはい。出たよ鈴野のツンデレ」
「ツンデレとかじゃないし!」
「はいはいソウデスネー」
無自覚でそれって末恐ろしいわ。
鈴野はいそいそと手に持っていた雑誌を閉じる。
似合う服と憧れる服が違うのはよくあることだ。鈴野、悪いな。これ以上オマエに似合わない服を着させるわけにはいかないんだ。オマエのためにも!
すくっと立ち上がった鈴野はイケイケお姉さんの雑誌を本棚に戻すと、今度は違う雑誌を持って帰ってきた。
「私もね、こういう服の方が好き」
そう言って渡された雑誌は、さっきのとはだいぶ違う服がたくさん載っていた。上品な服、柔らかい服、程よい服。
そんな印象を受けた。
「絶対こっちのが良いって」
「そうかな? でも東京の人っておしゃれだから……」
「いや鈴野、オマエのおしゃれってさっきみたいなイケイケの服を指すの?」
「だ、だって私、友達居ないから聞けないし――」
しおらしくなる。
えっと。えっと、君本当に鈴野ですよね? 鈴野琴音だよね?
俺が知ってる鈴野はもっとこう……生意気でツンデレで気が強くてよくわかんない女の子で。
「俺でよければ相談乗るし」
「え? 山野井が?」
「ダメかよ」
「だって山野井男だしセンスあるの?」
「俺を何だと思ってやがる! こう見えて美術の成績は三だ!」
「三って超微妙じゃん」
「ほかにも何でも相談していいからな」
「何でもって無理じゃない?」
おっと、減らず口が戻ってきた。その調子だ、鈴野。と思ったのもつかの間。
「でも嬉しいな~。私ね、彼氏が欲しいの」
え。ちょっと待ってなんでこの流れでそういう話になるんですか。
「だからお料理も独学で頑張ったし、お洋服もおしゃれしようって」
いやいやいや、まさかこれは。まさかこれは。この流れは!!
「だからね。山野井」
待て待て待て、鈴野。俺とオマエはまだ出会って数日の仲で、ただのクラスメイトで。ただのオタ友で!
「恋愛相談までできるなんて嬉しいな」
「へ?」
「なに、『へ?』って」
「いや。いやいやいや。何でもないよ!? 別に何も期待なんかしてなかったし」
何考えてるんだ俺は!
よもや鈴野に限って恋愛に興味があるなんて思わないじゃないか! だって鈴野、漫画のキャラの事めちゃくちゃ褒めてたし(かっこいいかっこいいって褒めちぎっていた)、漫画以外の男に興味ないって思うじゃん? 思うじゃん?
そんな鈴野がいきなり彼氏の話なんかしたら勘違いも……しないわな。落ち着け俺。
「変な山野井」
「いや変なのは鈴野だろ」
「私が?」
「だってオマエ。小次郎が好きだってあれだけ――」
「はあ? 小次郎は漫画の人、恋愛とは別じゃん」
はーい、ゴモットモデスネ。
俺がどうかしていたよ。あれか? あれか?
俺はもしかして鈴野のギャップにやられたんじゃないか?
もう慣れたと思っていたが、今日の服装とこないだの服装のギャップのせいでフィルターかかってたんじゃないか? そうだな、きっとそうだ、そうに違いない。
フハハ。
「何笑ってんの」
「別に。男には色々あるんだよ」
「変なの」
変で結構。俺からしたら鈴野だって十分変人だからな! 俺が変ならオマエも道ずれだからな!
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