第8話 わかりやすい
「まあ、山野井くん! 来るなら事前に連絡くれればよかったのに。琴音ー! 山野井くん来たわよー!」
奥の部屋にいるであろう鈴野に、おばさんが喜々とした声を投げる。
が、返事は、ない。
代わりに、どったんばったんと鈴野の部屋の中から音が聞こえて、そんで、しばらくしてから鈴野が部屋から出てきた。
「べ、別に。別に来てほしくなんかなかったんだから」
「おうおう、素直じゃねえの」
「山野井くん、上がって? お茶でも出すわ」
「おばさん、お構いなく。ほんとにプリントを届けに来ただけ――」
まるで子犬のような。
親子そろって子犬のような瞳で俺を見るもんだから、帰りますなんて言えなくなる。
「じゃ、じゃあ。お茶だけいただこうかな……」
「そう! ゆっくりしていってちょうだいね?」
おばさんはあからさまにうれしさを表し、対して鈴野はいつものように、
「別に、上がりたいって言うんなら上がらせてもいいわよ?」
なんて、素直じゃない言い方をした。もはや俺も慣れたもので、愛想笑いを浮かべながら、鈴野に連れられるままに鈴野の部屋へと歩く。が。
ん?
鈴野の後姿を見て、気づく。
今日の鈴野の髪、さらさらしてる。初めて会った時も二度目に会った時もぼっさぼさだったのに。
それに、今日は普通の服だ。ルームウェアじゃない。
んん?
どういう風の吹き回しだ??
「山野井、山野井ったら!」
「……あ。ああ、何だっけ?」
いつの間にか俺は鈴野の部屋に入っていて、鈴野はいつもの定位置なのだろう、ローテーブルの前に座っていた。立ち尽くす俺を見て鈴野はいぶかしげに眉間にしわを寄せた。
「何、ぼーっとしちゃって」
「や、いや。別に」
別に、じゃない。
どきっとしたなんて、そんなこと言えるわけがない。ギャップというのは男心を揺らすものだ。これで鈴野がもしもっと女の子らしい服を着て、で、眼鏡をコンタクトなんかに変えた日には、俺は間違いなく心が揺れていただろう(だからと言ってそれが恋心だとかではないと断言しておくが)
「鈴野、そういう服も着るんだな」
「な、何よ。変って言いたいの?」
「いや。だってオマエさ、初めて会った日、すげえ格好してただろ」
「あ、あれは……!」
思い出して恥ずかしくなったのか、鈴野はローテーブルの上に置いてあった雑誌を手に取り、それを開いて顔を隠す。
ええ、ちょっと待って。そういう反応されると俺の方がドキドキするんだけど? え、ちょっと待って。待って待って待って。
「あれはね、雑誌見てその通りの服を着てみただけで……ほら私、この春に東京に来たばっかだから」
お、おう。俺のドキドキを返せ。何だよ、こっちまで照れちまったけど、鈴野の照れは俺に対してじゃなく自分の服装に対するもんだったんだな。いや分かっていたけれども! もちろん勘違いなんかしていないけれども!
落ち着け俺。この場合、最も自然な返し方は。
「え? 引っ越してきたの?」
うん、我ながら自然な会話の流れに持って行けた。そうだ、俺はこいつを意識なんかしていない。こいつも俺を意識なんかしていない。
勘違いなんか、していない。していない、断じて!
俺は鈴野の向かいに座り、鈴野は顔を隠していた雑誌を膝に移動しながら、
「そう。北関東から引っ越してきたの」
「あ。もしかして方言『だっぺ』とか使うところ?」
「え。なんで知ってるの」
何でも何も、あなた自身がしゃべっていましたからね、方言。まあ、あれが方言だって気づいたのは今さっきですけれども。
そうか、あの時変な言葉遣いになったのは方言だったのか。初見じゃわかんないよな、いきなりあんな言葉使われても方言だなんて思わない(何しろ彼女は漫画の影響を受けやすいから、てっきりそちらの影響かと思っていた)
「もしかして、出てた?」
「出てたも何も。普通にだっぺって言ってたし」
「……! お、お願い。誰にも言わないで!」
「……? 別に誰にも言わねえし。てか、方言ってもっとかわいいもんだと思ってたけど、オマエんとこの場合、こう――」
ダサいな。と言いかけて、口を結んだ。
じっとりとした鈴野の目が俺を刺していたからだ。
これ以上言ったら怒るわよ? それを言っちゃう? そんな目をしていた。下手したら俺の母親よりも怖い目つきなんじゃないだろうか。
「私だって自分の方言はかわいくないって思ってるし」
「思ってるんだ」
「黙りなさい」
「ハイ……」
何というか、やっぱり鈴野はなんていうかツンデレ。ツンの割合が多すぎるけど。で、デレるタイミングも全くわかんねえ。
俺は言われるままに口を一文字にした。
「かわいくないけど、私は自分の方言、嫌いじゃないんだ」
「へえ……確かにお国言葉ってしゃべる人減ってるもんな」
「そうなんだよ。他県の人からは馬鹿にされるけれど、私はこういう文化? っていうの? そういうものが好きだから、だから方言を馬鹿にされるのは好きじゃない」
「へえ。案外こだわりとかあるんだな」
「何よ、案外って」
「いや。だって鈴野ってただのオタクっぽいのにその実そういう変な誇り持ってるし、あとそうだ。クッキーも美味かったしすごいよな」
「……! そ、そんなに褒めたってなにも出ないんだから!!」
鈴野は再び手に持っていた雑誌で顔を隠す。今度は開かずに。で、そのまま後ろに寝転んで、足をじたばたさせた。あ、これ、喜んでるんだ。
単純で、分かりやすい。
たぶん鈴野は、料理をするのが好きだ。だから、褒められるのが嬉しくてたまらないのだ。
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