第7話 したたかだな

三、学級委員と不登校少女



「はあ」


 よくわからない。朝のホームルームを終えて多田に呼ばれて廊下に出た。で、開口一番何を言われたかと言えば、


「山野井。今後たまに鈴野の家にプリントを届けに行ってくれないか?」

「はあ」


 よくわからなくて、とりあえず生返事。

 でも、よくよくその言葉を咀嚼してみれば、それって結構面倒なことじゃあないか?


「いや、先生。なんで俺が」

「それがね。鈴野のお母さんがね。鈴野がすごく楽しそうにしていたって言うもんだから。なんでも山野井と鈴野には共通の趣味があるそうじゃないか?」

「や、それは……」


 素直に「はい」と答えなかったのは、鈴野の趣味を多田に伝えてしまっていいのか迷ったからだ。いや、俺は迷っていない。鈴野の趣味は絶対に誰にもばらしてはいけない。そう、それは鈴野がギャン泣きしたことからも簡単に推察できる。


「正直言うと、俺には全く心を開いてくれなくてな。何で学校に来ないのかも教えてもらえなくて」

「いや、それは俺も同じですよ。帰り際に『学校に来ないか』って言ったらすごく嫌な顔されましたし」

「おお、そこまでの仲になったのか?」


 多田はなんの屈託もなく俺に羨望のまなざしを向けた。いやいやいや、聞いてましたか先生、俺今「嫌な顔された」って言ったんですよ? え? 何その期待するようなまなざし。え、え?


「やるな、山野井。その調子で鈴野の力になってやってくれないか」

「いや、力も何も俺嫌われてるし」

「そんなことはない! 暇な時でいい、週に一回、いや、月に一回くらいでいい。たまに鈴野のところに行ってやってくれないか?」

「いやでも……」

「どっちにしろ山野井は学級委員だから、山野井には定期的に鈴野のことを頼む予定ではいたんだが」

「え、マジすか」

「マジです」


 案外したたか。

 多田は元々学級委員に鈴野の面倒を見させるつもりだった。それはちょっと教師としてどうなんだ……

 とはいえ、それがこの学校のいいところでもあるんだろうな。他にはない、生徒と教師の関係。


「じゃあ、たまになら……」

「そうこなくっちゃ」

「でも、プリント届けるだけですよ」

「ああ、もちろん」


 そんな。

 そんな軽い約束だったはずなのに。

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