第5話 オタクなの?
「何よ、馬鹿にしに来たわけ?」
「は?」
「どうせ、先生へのおべっかで私のところに来たんでしょ。私学校なんか行かないから」
「ちょ、待って」
「だって私、高校なんか行かなくても寂しくないし、友達なんかいなくてもかわいそうじゃないから」
彼女は右手でおくれ毛を耳にかける。
今日の彼女はそれこそ、彼女らしい服装だった。俺が来るのを知っていただろうに、一切おしゃれをしようという努力は見受けられない。
上下おそろいのキャラクターもののスウェットに、相変わらずの黒ぶち眼鏡。で、髪の毛は後ろで一つにくくってあって、あの時会ったときよりもだいぶ自然だと思ってしまう。
だがしかし、今はそんな彼女のファッションチェックをしている場合じゃない(もとより、俺にファッションセンスがあるかははなはだ疑問だが)
「待って鈴野、俺オマエを笑いに来たわけじゃないし」
「じゃあ何しに来たの」
「別に……プリント渡しに来ただけで」
「あっ、そう。じゃあもう帰れば?」
スンっとした目で俺を見て、そのあとまた、雑誌に目を落とす。まるであんたに興味はないわというように、まるで心を開くことはないわと言いたげに。
何が彼女をここまでしてしまったのだろうか。
踏み込むべきか、このまま帰るべきか。
ぼーっ立ち尽くす中、部屋のドアが開く。おばさんがこれまたきれいなお盆の上に、きれいなクッキーとおしゃれなティーポットとティーカップを乗せて帰ってきたのだ。
「あら、山野井くん、座って」
「や、いや。俺は」
「山野井帰るんだってー」
棒読みの鈴野に対し、
「まあ琴音、またひどいこと言ったの?」
おばさんは慣れた様子で言い返す。
「ひどいことなんか言ってないし。だって、私学校に行く気ないのに、仲良くする必要ないでしょ?」
「琴音はまたそういうこと言って。いつまでもそうやって人を避けて生きていけるわけないんだからね?」
「はいはい分かってますー。お母さんはいつもそう。私は私なりに考えて生きてるから大丈夫」
鈴野は相変わらず雑誌に顔を向けたままで、おばさんの話なんか右から左に流している。
おばさんは、「ごめんなさいね」、そう言いながらローテーブルに茶菓子とティーカップを置いて、そして慣れた手つきでティーカップに紅茶を注ぐ。
「お菓子だけでも食べていって、これね――」
「あーもう、お母さんうるさい! 余計なことは言わなくていいから! 出てって!」
ここにきてようやく鈴野は雑誌から手を離した。雑誌はガサっと無造作にローテーブルに置かれ、そして鈴野はおもむろに立ち上がると、母親の背中を押して、まるでごみを掃き出すかのようにおばさんを部屋の外に押し出した。
いよいよ俺と鈴野の二人きりになる。俺はいまだドアの真ん前で立ち尽くすばかりだ。
「ねえ、座ったら?」
「へ?」
「ほら、お母さんがお菓子持ってきたから、食べてってよ。私ダイエット中だから、お菓子とかあっても困るんだよね」
さっきとは打って変わって。もしかしたらこの子は天然のツンデレなのだろうか。だとして、何がこの子をデレに変貌させたのだろうか。
考えても仕方ないので(おばさんへの手前もあったし)、俺はひとまずローテーブルの前に座り、出されたおしゃれなティーカップを手に取った。
「オマエんちすごいな」
「何が?」
鈴野は今さっき自分はダイエット中だと言ったことを忘れたのか、ローテーブルに乗せられた皿に乗ったクッキーを口に放り込んだ。その食べ方は、女の子らしさは皆無だった。本当に、放り込んだのだ。
サクサクと咀嚼する音。
「食べないの?」
「いや、いただくよ」
「そう」
鈴野は横目で俺を見ながら、今度はティーカップに口をつけた。ていうか、何で鈴野はさっきから俺をじっと見ているのだろうか。俺、何かしたか?
……いや、したよな。思いっきり鈴野に失礼なことしたよな、言ったよな。ちんちくりんとか、ちんちくりんとか、ちんちくりんとか……
よくよく考えたら、俺ってやっぱり最低な人間なのかもしれない、鈴野の言う通り。
いやいや、でもあの時俺は鈴野を助けたわけだし、下心なんかなかったわけで、それを鼻の下伸ばしてなんていう鈴野が悪くて……
ぐるぐるぐるぐる。
今さらになって自分の行動言動に自信がなくなってきて、俺はその思考回路を絶たんとクッキーを口に放り込んだ。
サクサク、しゃくしゃく。
……ん。あれ。
「おいしくなかった?」
食べたことのない味、この辺で売ってるものではない。もしかしたらどこかのケーキ屋の手作り?
考え事なんか一気に拭き取んで、俺は皿に乗ったクッキーをもう一枚、手に取る。で、じいっと見つめる。
ハートとか星型とか。なんか赤いジャムみたいのも乗っていてきれいなクッキー。でも、焼きむらがある。
「これって……おばさんの手作りなの?」
「は、はあ!? なんでそこでお母さんが出てくるのよ!? ほんとあんた最悪だね」
「え? なんで怒るんだよ? だってこれ手作りなら……」
ハッとする。
確かさっきおばさんは何かを言いかけていた。
『お菓子でも食べて言って。これね――』
その時鈴野は慌てておばさんを部屋から追い出した。それから鈴野自身も、
『私ダイエット中だから』
と、俺にクッキーを食べるように促した(ダイエット中ってのは嘘だ。だって鈴野は俺より先にクッキーを食べた)
そんで、今のこの反応。もしかして、このクッキーを作ったのは。
「鈴野が作ったの?」
「べ、別に。あんたが来るから作ったわけじゃないし」
「は? じゃあなんでそんなにそわそわしてんだよ」
「し、してないし! てか、おいしくないなら食べなくていいわよ」
「いや、食べるし!」
「ふん、ありがたく思いなさいよ!」
ありがたく思いなさいよって……
初めて会った時も思ったけど、この子なんだか少し発言がちょっとあれ……いわゆる中二っぽいような気がするんだが。いや、そもそもそう思っている時点で俺も中二なのか? そうなのか?
指摘したら負けな気がする。が。
「鈴野さ」
「何よ」
「何か鈴野の発言ってその……中二っぽいっていうか」
「えっ? ちょ、え? そんなはずないでしょ何かの間違い……」
そわっと視線を泳がせた鈴野の視線の先に、大きな本棚があることを俺は見逃さなかった。
最初にこの部屋に入ったときはさして気にも留めなかったが、よくよく見たら、鈴野の本棚にはラノベやら少年漫画がずらり。つまりは、鈴野の語彙源は、これらの書籍なのだろう。
百歩譲ってその趣味はいいとして(俺だってラノベも読むし漫画も読むからな)、現実でそれらの言葉を無意識に使ってしまうのはいかがなものだろうか。
「鈴野ってオタクなの?」
「ち、ちが……」
「違わないでしょ。あの本棚、どう見たってオタクでしょ。俺も持ってるのあるし」
「うぅ……」
先ほどまでの強気な鈴野はどこへやら。今度は目に一杯の涙をためて、俺をキッとにらんできた。
泣き虫。
あの時もそうだ、確かに俺は鈴野にひどいことを言ったが泣くほどのものではないし、何より鈴野も鈴野で俺にあれだけ言い返していたのだから、もっと気が強いものだと思っていた。
だがしかし、鈴野はとうとうその目から涙をこぼした。
「どうせあんたも私を馬鹿にすんでしょ~!」
「うわ、面倒くさい泣き方!」
「ふぇー!」
「いや、ふぇーとか言ったってかわいくないよ? かわいいと思われるのはラノベの中でだけだよ!?」
いちいちツッコんでしまったが、自分の趣味がばれたくらいでこれだけ泣くか普通?
まあ、それはきっと。
「悪いって。別に馬鹿にしてるわけじゃなくて」
それはきっと鈴野にとっては泣くほど嫌なことだった、ただそれだけのことなのだ。俺にだって触れてほしくないことは一つや二つあるわけだし。
「嘘だっぺー」
「『だっぺ』??」
「もうヤダ~! 馬鹿してっぺよ!」
「ちょっと待って落ち着いて、言葉が変だよ、ちょっと待って鈴野」
わんわんと鳴く鈴野をなだめるべく、とりあえず頭を総動員させる(言葉遣いが変だということは置いておくことにしよう)
彼女が泣いている理由は、自分が馬鹿にされていると感じたからで、つまり裏を返せば、それを肯定してほしいだけで。
俺は本棚を凝視する。何かないか、俺と彼女の共通点。
「あっ、あれだよな、『忍忍帳』、面白いよな! 太郎と小次郎の関係性がさ」
「ふっぐ、えっぐ。忍忍帳知ってんの?」
「知ってるも何も、全巻読んだ。本誌も追ってる」
「ほんとに?」
「ほ、ほんとだって」
まるで。
まるで幼稚園児のようだ。いや、幼稚園児の方がかわいいものかもしれない。
俺は必死に記憶をたぐる。
忍忍帳。それは週刊少年誌に連載中の超人気漫画だ。アニメ化もされているし、そのファンは老若男女問わないと聞いている。
俺は週刊誌を毎週読んでいる関係で知ってから全巻コミックを集めたが、中にはアニメから入って全巻集め出した人間もいるのだとか。とにかく、国民的超人気漫画なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます