第3話 なん……学級委員!?

 翌日には本格的な高校生活が始まった。まず最初に、学級委員が選出されるわけだが。

 例に漏れずそんな面倒な役割を自ら買って出るような人間はこの学校にはいるわけもなく。


「えー、誰かいないか? 学級委員。内申に書けるぞー」


 多田がいくら勧めたって、人っ子一人手なんか上げない。むしろ、オマエやれよ、いやオマエが……なんて責任のなすりあい。なぜなら、このまま学級委員が決まらなければ、それは教師のくじ引きによって決められることになる。

 とはいえ、一クラスまるっと四十人もいる、その中から運悪く俺が選ばれる可能性なんてこの学校を落ちるより確率は低い(この学校の難易度がどれくらいかは詳しくは知らないが)

 そんなわけだから、俺は余裕をぶっこいて、何なら居眠りすらこく始末だった。

 結局学級委員は時間内には決まらず、クラスメイトは各々に自分の名前を白紙に書き、そして多田はそれをあらかじめ用意していた箱の中に入れさせた。

 ここで気づく。多田のやつ、はなからこの学級委員選出がくじ引きになることを予見していたようだ。そうでなければこうも当たり前のように適当な箱を用意しているわけがない。

 学校とは面倒なところだ。一応生徒の自主性を重んじなければならないわけで、つまり俺たちの三十分は多田にしてみれば無駄な時間だったに違いない。おそらく毎年のことなのだろう、学級委員が決まらないことなんて。

 俺は殴り書きで自分の名前を書いた紙を多田の持つ箱の中に入れる。それとなく箱の中を覗いてみたが、改めて見ると四十枚というのは結構な数なんだな、なんてのんきにそんなことを思った。本当に、四十という数の中から選出される学級委員には同情する。

 宝くじよりは確率は高いが、それでもこの四十枚の中から選ばれる一枚、その不運には同情すらする、が、手伝おうとか代わってやろうとは思わない。

 だってそうだろ、学級委員って言ったら体育祭やら文化祭やら、授業前の起立礼、それに何か問題があったら何かと学級委員のせいにされてしまう。そんな損な役割、俺には耐えられない。


「それでは、この中から一枚引くぞ。誰に当たっても怨みっこなしだからな」


 多田は決まり文句を並べたあと(それでも同情はしていない)、箱の中からあっさりと、まるでタンスの中から一足の靴下を取り出すかのような簡単な手つきで、その一枚を選んだ。で、二つ折りのその紙を開く。

 クラス中が多田に注目する。今回ばかりは女子だけではなく男子までも、多田のその一挙手一投足を余すところなく見守った。

 二つ折りの紙は少しくしゃっとしわが寄っていて、多田は迷いない手つきでそれを開く。のち、はっきりとした声で(そして何の迷いもなしに)、その名前を声にした。


「山野井みこと。学級委員は山野井みことに決定とする」


 はあーっとクラス中からため息が漏れた。がしかし、俺に限っては他の誰とも違う声が漏れた。


「は?」


 耳を疑うという経験はこれが初めてかもしれない。受験に受かったときでさえこんな風に驚くことはしなかった。

 何が何だか。

 つまり、多田が選んだ紙には俺の名前が書いてあって、俺は学級委員に選出されて。つまり俺は四十分の一の確率に当たってしまったわけで。

 おいおいおいおい。

 宝くじの下一桁すら当たったことのない俺が、この四十分の一の確率に当たった? 冗談じゃない。いやマジで、俺ってそんなに普段の行い悪いか? こんな罰ゲームあるか?

 この先一年このクラスの問題ごとに、行事ごとに、何かにつけて俺が気を遣わなければならないなんて、誰がそんなの予想できた?


「山野井。それじゃあここからはオマエに任せる。前に来て」


 多田は相変わらず他人事のように俺の名前を呼んで、この先のホームルームはオマエがやれ、と俺を手招きした。

 回らない頭で立ち上がる。教壇まで歩く中、クラスメイトが俺を憐れむ視線が痛い。いや、そんな目で見るんなら代わってくれよ。俺が学級委員? 冗談じゃない。マジで、マジで……


「山野井、これから一年、よろしく頼む。なあに、大丈夫さ、みんな最初はそういう反応をするが、それほど大した仕事じゃあないから」

「はあ……」

「ほらびしっとしろ! 男なら頑張れよ!」


 多田は俺を励ましている(つもり)なのだろう、俺の背中をぱしんとたたいた。いや、大したことじゃないんなら学級委員なんか選出する必要ないでしょ? 教師からしたら大したことじゃなくったって、俺からしたら寝耳に水だよ。中学時代は部活すらやっていなかったんだから、こんな人の前に立つことなんかできるわけがない。できるわけが。


「それじゃあ、山野井。そのほかの委員会のメンバーを決めてくれ」

「……はい、ワカリマシタ」


 多田め、そんなさわやかに笑ったって俺はオマエを許さないからな。よりによって四十人の中から俺の名前を引き当てたオマエを、俺は(恐らく)一生恨むからな!



 あれよあれよとホームルームは終わって、授業一日目も無事に終わった。今日は俺が代理で日直だったから、放課後に日誌を書いて職員室まで届けることになっていた。


「おい山野井、オマエどんだけくじ運いいんだよ」

「いや、悪いの間違いだろ。からかうなよ」

「ははは、だよな、オマエほんと運ないよな」


 放課後、日誌を書く俺に話しかけてきたのは、昨日友人になった池田だった。ちょっと真面目な部類に入るこいつは、見た目通りお人よし、で真面目(だからと言って学級委員を代わってくれることはなかったが)


「でもよ、山野井ならやれるって。オマエお人よしそうだもん」

「いや、オマエに言われたかないね」

「マジで? 俺なんかよりオマエの方がお人よしだろ」

「それって褒めてんの?」

「おう、褒めてる!」


 池田は俺の隣の席の椅子を引っ張ってきて、俺の机のわきに座る。で、俺の日誌を見て、ふうん、と頷いた。

 俺は日誌から顔を上げて、池田の方を見る。


「山野井、やっぱオマエ、学級委員向いてるよ」

「はあ? そういうお世辞は要らねえし。てか、オマエこそ学級委員になればよかったのに」

「俺が? 何で?」

「何でって、オマエすごく真面目なやつだしいいやつじゃん」

「いやあ、俺は友人にしか優しくしないし、案外いいやつでもない」


 池田は俺の書いた日誌の文字をなぞり、ふっと笑った。


「だって、今時こんなに真面目に日誌書くやつ、初めて見た」

「え? 普通だろ」

「いや、オマエはちょっと世間知らずだな。じゃ、俺先帰るわ。頑張れよ」


 池田が言わんとしていることなんて俺には分からない。俺が真面目? 世間知らず?

 まあ確かに世間知らずっていうのは認めなくもないが、それでも、それでも俺が真面目な奴だとしたら、この世界の殆どの人間が真面目な奴になってしまうのではないだろうか。こんな俺が、そんな評価を受けるならば。


「あーあ、さっさと書いて帰ろ」


 今日一日の授業の内容、特記事項。それらを思い出して書き出して、黒板をきれいに消してから、俺は日誌を届けに職員室へと歩いた(本当は走りたかったが仮にも学級委員なので歩くことにした)

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