第5話:甘酒は甘酒を知る
「うわっ、美味しい!」
腹ペコ虫の甘酒さんに連れて来られた喫茶店。
そこで僕は、甘酒さんに勧められた甘酒(ややこしいな)を注文した。
見た目は薄っすら白く澄んでいるのに、一口啜るやいなや、口の中いっぱいに広がる甘みが凄まじい。
でも甘味料なんかで演出されたしつこい甘さじゃなくて、素材本来の味を最大限にまで引き出したような柔らかい甘さだ。
「どう、美味しいでしょ?」
「うん、こんなに美味しい甘酒を飲んだのは生まれて初めてかも」
まぁ、甘酒自体そんなに飲んだことないんだけど。
「それにしてもよくこんなお店を知ってたね?」
「ふふん、美味しい甘酒を出すお店は、なんかピンと来ちゃうんだよね」
なんたって甘酒姓ですからっとドヤ顔を決める甘酒さん。
ホントこの人、ドヤ顔得意だな。
そもそも甘酒さん、僕の質問の意図を取り違えている。
僕としては「よくここがお店だと分かったね?」と言ったつもりだった。
だって甘酒さんについていって辿り着いたのは、看板も出ていない普通の民家。
そこへ彼女がずかずか入っていくものだから、和室のちゃぶ台に置かれたメニュー表を見るまでは、甘酒さんの家だと勘違いしてドキドキしてしまった。
……いや、本音を言えば、さっき放課後の教室で抱きつかれてからずっとドキドキしてる。
なんせこれまでのモブ人生で経験したことのない過激なスキンシップイベントが起きたと思えば、立て続けに今度はデートイベント発生だもん。
落ち着いているように見えて、実際は心臓バクバクだったりする。
「ホント侑ちゃんの勘の良さには驚かされましたよ」
冷静さをなんとか保ちつつ、今日何度見たか分からないドヤ顔に呆れるやら感心するやらしていると、それまで部屋の片隅でお茶を点てていたマスターが、お盆に抹茶とチーズケーキを乗せてやってきた。
和服姿がよく似合う、すらっとした体型の男の人だ。歳は30代半ばぐらいだろうか。
「うちは見ての通り、看板も出してない隠れ家的お店でね。お客さんも全員、私の顔見知りなんです。そこへ侑ちゃんが『すみません、ここってもしかしてカフェですか?』ってやって来たきたものだから、最初は誰かのご紹介かと思ったのですが」
「まさか、そうじゃなくて彼女自身が自力で見つけてきたんですか?」
「はい。驚いちゃいますよね」
マスターは、なんとも愉快そうに口元を緩めた。
僕はと言うと、こんな民家然としている建物を喫茶店じゃないかと疑って、しかもそれを実際に確かめてしまう甘酒さんの行動力に、思わず彼女の顔を見る。
目の前に置かれた抹茶チーズケーキセット以外のことは何にも考えていないような、能天気な笑顔がそこにあった。
「それにしても……」
もっともマスターは、そんなクソ度胸アホ可愛い系キャラな甘酒さんではなく、何故か僕に興味深そうな視線を向けてくる。
えっと、僕はただのモブキャラですが何か?
「侑ちゃんが連れてきてくれた初めてのお友達が、男の子とは……」
マスターの言葉から次に繋がれる問いが想像できて、僕は一瞬たじろいだ。
そうだよな、僕らみたいな年代の男女がふたりだけで喫茶店にやってくるなんて、実際はともかく周りからそう見られてしまうものだろう。
とりあえずここは「ただのクラスメイトです」と答えるのが無難――
「かがみくんは救世主なんですっ!」
と、僕よりも早く甘酒さんが答えてしまった。
ああ、その返事はなんだかややこしいことになりそうなんだけど大丈夫なの、甘酒さん!?
「救世主……ですか?」
「はいっ! かがみくんが私を助けてくれるんですよっ!」
最初は訝しむような様子を見せたマスターも、続く甘酒さんの言葉で合点がいったように顔を綻ばせた。
多分、僕が甘酒さんの勉強を見てあげるとでも勘違いしたのだろう。
残念でした、僕はこう見えて、他人に勉強を教えてあげられるほど頭は良くない。
自分でもびっくりするくらい、なんの特技もない人間だ。まさにモブの各務、もとい鏡と言える。
「それではゆっくりしていってください」
僕たちの勉強の邪魔をしたら悪いと思ったのか、そう言うとマスターはお盆を手に部屋から出ていった。
和室には僕たちだけが残され、しばらく僕たちは無言のまま、甘酒だったり、チーズケーキだったりを楽しんだ。
「……かがみくんが今何を考えているか当ててあげようか?」
抹茶の入ったお茶碗をちゃぶ台に置いて、甘酒さんが切り出してくる。
確かにそろそろ本題――どうやってループから抜け出すのか――に入るべき頃合いだ。僕は自然と身構える。
「どうしてかがみくんに甘酒を勧めておきながら、私は抹茶チーズケーキセットを頼んだのか気になってるでしょ?」
そっちかい!
「ふふん。いい、かがみくん、こういうのは組み合わせが大切なんだよ。甘酒とチーズケーキも決して悪くないけれど、甘い物と甘い物じゃあ駄目なの。甘い物には渋い物を組み合わせてこそ、甘さが際立つんだよっ!」
「それは分かるけど、でもこの甘酒を飲まないで帰るのは、なんだか勿体ないような気が」
「ちっちっち! 甘い! 甘いよ、かがみくん!」
甘酒さんが「分かってないなぁ」と首を軽く振ってみせる。
……どうでもいいけど「甘」って言葉が多い会話だな。
「甘酒はシメに頼むんだよっ!」
「そんなシメのラーメンみたいなことをドヤ顔で言われても!」
こんな時どんな顔をしたらいいのか分からないよ、こっちは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます