第4話:ヒロインあっての主人公です
午後の授業の甘酒さんは、とても静かだった。
お昼休みの山田先生の指導で見事淑女への変貌を……成し遂げたわけじゃない、残念ながら。
ただ、心底疲れ果ててしまっただけだ。
うーん、あの甘酒さんをこんなふうにしてしまうなんて、山田先生恐るべし。
「おーい、ユウ、いつまでも死んでないで部活行くぞー」
そうして迎えた放課後。
みんながそれぞれ部活に向かったり家へ帰ろうとする中、机に突っ伏している甘酒さんにクラスメイトの大滝さんが声をかけてきた。
まだ夏本番には程遠いのに早くも日焼けしている、いかにも運動部っぽい人だ。
「あー、今日はちょっとした用事があるから休むー」
のそりと頭を持ち上げて、気怠そうに返事する甘酒さん。
「また後で先輩に怒られてもしらないぞ?」
「だから先輩たちにはマルから上手いこと言っておいてよー」
「えぇ、面倒臭いなぁ。そもそも用事って何よ?」
「それは教えられない。重要機密だから」
「さっきはちょっとした用事って言ってたじゃん」
鋭いツッコミを受けた甘酒さんが、ちらりと隣に座る僕を見やる。
僕は無視して前を向きながら、大滝さんの下の名前を思い出そうとしていた。
甘酒さんがマルって呼んでいたから丸美とか丸子だろうか。まさかマルティネスではあるまい。
と、不意に甘酒さん以外の視線、つまりは大滝さんも僕を見ていることに気が付いた。
なんだろうと思ったけれど、やっぱり無視することにする。
「ほほう、そういうことか」
大滝さんが何かを悟ったようだった。
見当違いも甚だしい勘違いだぞ、それは。
「分かった。先輩たちには上手いこと言っといてあげるよ」
その代わり後でどうなったか教えろよと言い残して、大滝さんは教室を出ていった。
「……なんか勘違いされたみたいなんだけど?」
再び惰眠スタイルへ戻った甘酒さんに視線を向けることなく、僕は前を向いたまま問いかける。
「ああ見えてマルはおっちょこちょいだからなぁ」
「今のうちに否定しておいた方がよくない?」
「いいのいいの」
いいの、だろうか?
ただでさえ僕たちは、朝のホームルームを一緒にサボった件で、変な噂が立っている。
普段滅多に興味を持たれない身としては、なんとも居心地の悪さを感じたけれど、隣に座る甘酒さんは何とも思っていない様子だった。
慣れているのか、それとも僕とそういう関係だと疑われても別にいいのだろうか。
頭の中がむず痒くって仕方がなかった。
▽ ▲ ▽
「……そろそろいいかな?」
教室から僕たち以外の姿が消えてしばらくした頃、むくりと甘酒さんは上半身を起きあがらせると、両手を突き上げて大きく背伸びをした。
「ではかがみくん、返事を聞かせてちょーだい」
顔だけ僕の方へ向けた甘酒さん、耳に小さな貝殻の耳飾りが揺れる。
「……正直、今でも信じられない気持ちはあるよ」
その耳飾りを見ながら、僕は口を開いた。
遠くのグラウンドから、曇天にも関わらず、部活動に精を出す生徒たちの掛け声が聞こえてくる。
ついでにキンッって金属音に続いて、ガチャンとガラスが割れる音までも。
「だってそうだろ? 同じ時間を何度も繰り返しているなんて、そんな非現実的なこと、普通なら信じられるわけがない」
僕は『学校生活は時空少女とともに』で取り上げられていた時間旅行を実現するのに必要な技術について、懇々と甘酒さんに話してあげた。
その過程において、僕は耳飾りから彼女の顔へと焦点を合わせていく。
僕の目に、とても真剣な表情で話を聞く彼女の瞳が飛び込んできた。
まったく、普段はあんなにふざけた様子なのに、なんでこんな話を真面目に聞いているんだろう、この人は。
先生に怒られている時みたいに「うええ、もう勘弁してよぅ」って表情を浮かべたらいいのに。
そして「だよね、信じられるわけないよねっ!」って笑っては、話を打ち切ればいいじゃないか。
なのに今の甘酒さんはこちらをじっと見つめてきて、何かを信じるように耳を傾けている。
それはとてもヒロインに相応しい姿に見えた。
だから僕は――
「――というわけで、ループなんて普通はありえない。だけど」
話を転換させる。
いや転換するのは、何も話だけじゃない。
きっと僕の人生もまた、ここが転換点だ。
「甘酒さんが今日やったこともまた、本来ならありえないことだった。先生が指名する生徒とその順番、小テストの問題内容、さらには昼休み終了のチャイムが故障で鳴らないことや、さっきの野球部の打球でガラスが割れることまで。どれも同じ時間を過去に体験していないと、知り得なかったことばかりだ。だから」
僕は勇気を出して、僕から視線を逸らさない甘酒さんの目を、じっと見つめて言った。
「信じられないけれど、僕は君の言うことを信じることにするよ、甘酒さん」
それはつまり世にも奇妙な体験をしているヒロインを助ける主人公役に、このモブな僕が立候補するということだった。
「…………」
そんな僕の言葉を受けても、甘酒さんは相変わらず僕のことをじっと見つめていた。
さっきまでは僕が信じてくれるのを願ってのガン見だったと思うんだけど、今となっては逆に彼女が僕のことを値踏みしているように感じる。
あれ、この展開でまさか主人公失格って駄目出しされる可能性があったりするの?
そんな馬鹿な!?
もしそんなことになれば、これはもう黒歴史必至。今後何十年も時折思い出しては、その度に死にたくなる奴だ。
「……かがみくん」
甘酒さんが僕の名を呼ぶ。
その音色が妙に重い。これは確定か、黒歴史!
「で、結局信じてくれるのか、信じてくれないのか、どっちなの?」
「……はい?」
「なんか途中から宇宙の紐がどうのこうのとか、1,21ジゴワットの電力がとか難しいこと言い出すんだもん。話に付いて行くのに必死な状態で、信じられないとか、信じるとか言われてもどっちがどっちやら」
「甘酒さん……」
「なに?」
君はアホなのか、と言いたいのを必死に堪えた。
さすがにいきなりのアホ発言は、彼女も気分を害するだろう。
それにヒロインは、得てしてアホなものである。
めっちゃ偏見だけど。
「改めて言うよ。僕は君に協力する」
改めて僕は宣言した。
ただ、すかさず「こんな僕に何ができるのかは分からないけれど」と、いささか頼りない一言を付け足そうとする。
情けないけど仕方ない。だってこれまでモブ人生の王道を歩んできたんだから。
「ホント!?」
ところが距離を縮めてきた甘酒さんが、僕に弱音を吐くのを許さない。
「ちょっ!? 甘酒さん!?」
代わりに出たのは、あまりに情けない驚愕の声だった。
だって今の僕と甘酒さんの距離はゼロ、つまり彼女は僕に抱きついてきたのだ。
「やった! やったぁ! やったぁぁぁぁぁぁ!! 信じてたよ、かがみくん!」
「あ、うん、分かった、分かったからちょっと離れて」
女の子に抱きつかれるなんて生まれて初めての経験だ。
僕の鼻先を擽る甘酒さんの髪の毛の香りに、脳が焼き付きそうになる。
さらには胸元に感じるマシュマロみたいな弾力は、もしかして――。
「…………っっ!?」
ドギマギして視線をレーザービームのようにあちらこちらへと飛ばす僕の目が、不意に教室の扉の隙間から中を覗き込む人物の顔を捉えた。
マルティネス、じゃなくて、大滝さんだった。
部活に行ったんじゃなかったのか!?
抱き合う僕たちを見て「ほほう、これは面白いものを見た」と言わんばかりにニマニマする彼女。
これは違うんだと首を振り、目でなんとか訴える僕。
やがて僕の視線に気づいた大滝さんは、悪びれる様子も見せず何故か両手でサムズアップしてみせると、足音ひとつ立てることなく今度こそ部活へと向かって行った。
あの様子だと部活に行くふりをしてずっと覗いていたな……というか、甘酒さん、いつまで僕に抱きついて――。
ぐぅぅぅ。
と、突然大きな音を鳴らして、甘酒さんのお腹が自己主張してきた。
さすがは天然アホ可愛い系ヒロインだ。ちょっと感心してしまった。
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