第2話:え、僕がラブコメの主人公に!?
彼女はいわゆるアホ可愛い系だ。
アホみたいに可愛い、というわけでは残念ながら無い。
言動が何かとアホみたいなのに、でも可愛いからいいかと許されてしまうキャラということだ。
僕が知る限りの彼女の特徴のひとつとして、
ちょっとしたものならそれこそしょっちゅうだけど、笑えない類のものは決してしない。
きっと自分のキャラ的に許される範囲を分かっているのだろう。
だからそんな甘酒さんが隣の席に座る僕のことを知らないふりするどころか、あまつさえ新キャラ呼ばわりするなんて笑えない悪戯を敢行するなんて思ってもいなかった。
そして驚くことに今、朝のホームルームを無理矢理サボらせて僕を屋上へと連れ出した彼女は、まだその悪戯を続行しているのだった。
「かがみくん、実は私、タイムトラベラーなの!」
ふたりしてフェンス越しに梅雨らしい曇天に煙る街をしばらく眺めていたら、やがて甘酒さんは湿気を纏う髪を弄りながら、僕の方を見てそう切り出してきた。
タイムトラベラー……ほんの少し前まで僕は、そんな体質を持つ女の子との物語の世界にいた。
そこでは当たり前だったけれど、現実ではなんだかとても浮いている言葉に聞こえる。なるほど、浮世離れしているとはまさにこのことか。
「と言っても未来や過去から来たわけじゃないよ! 同じ時間をずっと何度も繰り返してるの!」
しかもループだ。
ループと言えば、これまた『学校生活は時空少女とともに』の最新刊において、主人公が告白すると同時にヒロインが発動させた新能力じゃないか……って、ネタバレしてしまった、ごめん。
「で、これまでの世界にかがみくんはいなかったんだけど……って聞いてる、かがみくん?」
小説を愛する者として決して許されないネタバレ行為に猛省していると、甘酒さんが僕の顔を覗き込んできた。
彼女の感情のようによく形を変える大きな目に見据えられて、少しドキっとする。
「あ、うん。聞いてる……」
「ホントに?」
ジト目で睨まれてしまった。
アニメや漫画でしか見たことのない、女の子にジト目で睨まれるというシチュエーションに、ますます心臓の鼓動が早まる。
いいよね、ジト目。自分の中にあるMっ気を丁度いい感じに擽られる感じがする……って、内なる快楽に浸っている場合か。
今一度落ち着いて、状況を頭の中で整頓するとしよう。
タイムトラベラー、ループ、そして僕……この三つのキーワードから推測されるのは、ひとつしかない。
そう、つまり甘酒さんもまた『学校生活は時空少女とともに』の愛読者だったってことだ!
しかも昨日発売されたばかりの最新作で使われたループを絡めた悪戯を仕掛けて来るってことは、彼女もまた昨夜のうちに読了したということ。
かなりどっぷりハマっているようだな、甘酒さん。
「甘酒さん、ひとつ訊きたいんだけど……」
「何かな?」
「甘酒さんは
説明しよう。
虹花は『学校生活は時空少女とともに』のメインヒロインである時空少女で、対して鈴咲はサブヒロインの幼馴染のことだ。
基本的に物語はメインヒロインの虹花を中心に展開していくけれど、鈴咲も存在感は大きく、読者からの人気も高い。
実際、各書店の購入特典であるおまけSSには、鈴咲ヒロインの物の方が多かったりもする。
「にじか……すずさき……」
甘酒さんがむつかしそうに眉を顰めた。
確かにファンの中には、そのどちらか一方を選べと言われたところで困る人も多いだろう。
虹花にも鈴咲にも、どちらにも読者を強力に惹きつける魅力がある。
甘酒さんの反応も至極まっとうと言えよう。
だけど僕は断然、虹花派だ。
どれだけ推しているかと言うと、昨日も鈴咲おまけSSが付いてくる地元の書店ではなく、わざわざ虹花のを求めて都心の書店にまで足を運んだほどだったりする。
正直、甘酒さんも『学校生活は時空少女とともに』の愛読者だったのは嬉しい。
このドッキリも最初は驚いたけれど、今となっては高評価だ。できればこのまま一時間目もサボって感想を話し合いたいと、人付き合いが希薄な僕にしては珍しいことを思っている。
ただ、それも甘酒さんが鈴咲派となれば話は違ってくる。
その場合は残念ながら話はここで終わり……いや待てよ、彼女を説得して虹花派へ寝返らせるのはアリだな。
うん、だったら僕は今日一日サボるのも厭わないぞ。
「にじか……すずさき……」
「うん、どっち?」
「……って何?」
思いもよらぬ返答に、今度は僕がむつかしい顔になる番だった。
「かがみくん、ちょっと言っていることが分からないよ?」
「分からないって『学校生活は時空少女とともに』のことだけど」
「何それ? アニメ?」
「まだアニメにはなってないけど……ってちょっと待って、昨日発売された最新刊になぞらえて、こんなドッキリを仕掛けたんじゃないの?」
「ドッキリじゃないって!」
びっくりするぐらい大きな声と、びっくりするぐらい大きく開けた目で、甘酒さんは僕に訴えかけてきた。
そのどちらもがびっくりするぐらい真剣だった。
「本当に何度も何度も同じ日を繰り返してるのっ! そんでもってこれまでの世界にかがみくんはいなかったんだって!」
「そんなこと真面目な顔で言われても……って僕、いなかったの!?」
「いなかったんだよ! さっきも同じこと言ったんだけどなんだか反応鈍いなと思ってたら、やっぱり私の話を聞いてなかったね、かがみくん!」
ごめん、その通りです。
「で、でも僕、入学直後に席替えをしてからずっと甘酒さんの隣の席だよ」
存在感が薄かったのは否めないけれど、それは間違いない事実だ。
甘酒さんとも毎日挨拶ぐらいは交わしていたし。
「だけど私が繰り返してきたこれまでの世界では、隣にはかがみくんどころか机すらなかったんだよ」
「そんな……」
そんな馬鹿なことがあってたまるかと言いたいけれど、甘酒さんに嘘をついているような気配は感じられなかった。
裏表のない素直な性格を表すような澄んだ目で、僕をじっと見つめてくる。
でもだからってさすがに現実世界でループしているとか言われてもなぁ。
おまけに何故か僕はその世界にいなかったそうだし……。
「信じられないって感じだね、かがみくん」
「そりゃあまぁ……」
「うんうん、それが普通だと思うよ。さっきまではのれんに腕押ししてるみたいな感じだったから、むしろ今みたいな反応の方が助かる」
助かると言われても……と言うか、さっきまでの僕ってそんなに上の空に見えてたのか。
まぁ実際上の空だったっけ、そう言えば。
「でも、かがみくんにはどうしても信じてもらわなきゃ困るんだよっ!」
「どうして?」
「だってもういい加減うんざりしてるんだもん。毎回毎回、同じ日々の繰り返しでさ。だけど、そこにいきなりかがみくんが現れた! きっとかがみくんは、私をこの超常現象から救い出してくれる救世主なんだよっ!」
救世主、って。
そんなこと言われても僕は何のとりえもない、至って普通の凡人だ。
ループを抜け出す方法なんて全くこれっぽっちも思い当たらないし、ましてや世界に干渉するような力なんかも持ってない。
いくらなんでも買いかぶり過ぎだ……と思う。
でも同時に僕はこうも考えていた。
もしも本当に甘酒さんの言う通りのことが起きているとしたら……
そしてこれまで彼女が繰り返してきた世界にいなかった僕が、この不可思議な現象を止める鍵なんだとしたら――
――だとしたらこれは、これまでみたいなモブキャラではない、僕を主人公とした物語の始まりなんじゃないかって。
しかも畏れ多いことにこのシチュエーションは、ラブコメの主人公じゃないか。
確かにラブコメの主人公と言えば、モブキャラとか陰キャとかぼっちとかが多くて、しかも揃って凡人ばかり。
だったら僕にも出来るかもしれない。
なんせラブコメ主人公に必要なのは、ツッコミと鈍感能力だけだからな!
「というわけで信じてもらう為に、私のとっておきをかがみくんに見せてあげよう!」
「とっておき?」
「そう! 私が同じ毎日を繰り返してきたことを証明してあげるよっ!」
心臓がいつになく高鳴るのは、甘酒さんに見つめられているからか、それとも僕の人生が変わろうとしているからか、それともその両方なのか。
今の僕にはどうにも判断しかねるのだった。
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