第6話 夢

自分の子供の頃は辛いことばかりだった。


一生罪を背負って苦しんで生きていかなければいけないと子供ながらに思っていた。


けれど、そんな時に先生に出会った


─人は変われるから。─


そう先生に言われて救われた。


だから自分も苦しんでいる子供がいたら使徒だろうと何とかしてあげたい。






「何を言ってるのかわからないよ、お兄ちゃん・・・」


困惑した顔でこちらを見つめる。


「・・・そうだね。寝起きで様子を見に来て説教じみたことを聞かさせるのは大変だよね。とりあえずベッドにでも座って。ゆっくり話したい事があるんだ」


手を差し出すと彼女は恐る恐る手を取って、ベッドに腰掛けた。


「まずは言いたい事があるんだ。勝手に日記の中覗いちゃったんだ。ごめんね。」


頭を下げ謝ったが、リアは下を向いたままこちらを見る様子はない。

相当怒っているのだろうか。


「それで、リアはさ・・・何かお兄ちゃんに隠してることないかな?」


「・・・」


「お兄ちゃん、気づいちゃったんだ。これが夢なんだってこと。

リアの夢の中に入ってきちゃったんだよね?」


「・・・なんで分かったの」


「一つはあれだね。寝ている時の夢。思い返してみると明らかに目線は低かったし、男が着ないようなワンピースの姿をしていた。これはリアが今まで経験してきた記憶なんだろうなって思ってさ。2つ目はね・・・君の母親が読んでた本だよ。本の中身が白紙だったから・・・いくら現実に近い夢を見ていたとしても本の内容を知らなかったら、白紙になるのも仕方ないがない。でも確信を得ることが出来たのは、日記だよ。日記の年が自分が暮らしている年代と60年以上も離れてたから、ここは現実では無いって思ったんだ。」


話を終えると彼女は両手を広げて後ろに倒れた。


「・・・で、結局は何を言いたいの?」


「・・・とりあえず、言いたい事はそれだけ。後はリアの口から話して欲しいんだ。なんで夢の中にいるのか、なんで助けてくれたのかをね」


「まだ、私のことリアって呼んでくれるんだ」


「そりゃあ、君が呼んでほしいって望んだから・・・」


「・・・ありがと、お兄ちゃん」







私が夢の中にいる理由はね・・・。


えっと・・・。


寂しかったからなんだ。


みんな私を置いていっちゃったから。


私はね、お母さんと・・・の3人で暮らしてたの。


お父さんは私が生まれる前に死んじゃったんだって。


それでもね、お母さんは優しくて、沢山ギュ~ッってしてくれて、いっつも遊んでくれた面白い人もいたの。


だから一つも寂しくなかったんだよ!


・・・けどね、突然、怖い男の人達がこの村を襲ったの。


うちの家は村から少し離れてるからすぐ気付かれはしなかったんだけど、お母さんが森に隠れなさいって言ったから裏口から抜けて逃げたんだ。


実際あの時は何が何だかよくわからなかった。


そうして森の中に隠れたんだけど、一緒に逃げた人が様子を見てくるって言ったの。


私は嫌だって言ったんだけど、その人は聞かなくて


「すぐに戻るから」


そう言って私の手を振りほどいて行っちゃったんだ・・・。


ずっと待っても戻って来なくて、気付いたら朝になってたの。


それで気になって見に行ったら・・・みんな死んじゃってたんだ。


村長さんも、友達も、お母さんも・・・山積みになってた。


私だけが生きていた。


怖くて、寂しくて全身の力が入らなかったわ。


これは悪い夢で起きたらお母さんが心配そうに頭を撫でてくれてるんだって思って、何度も何度も目を瞑った。


でも起きたら目に入るのは蝿がたかるみんなの姿だけ・・・。


もう限界だった。


お腹もすいたし、何もやる気が起きなかったの。


みんなの呼ぶ声がして、私は枝に紐を掛けて首を吊った。


苦しかったけど、だんだん眠くなってきて・・・気付いたら家のベッドで寝ていたんだ。


ベッドから出て、リビングに行くとお母さんがいたの。


嬉しくて、私は泣いて抱きついた。


お母さんもギュってしてくれたけど、変だった。


・・・いっつもあったかいお母さんが人形みたいに冷たかった。


それでわかったんだ。


夢なんだって。


でも、よかった。


夢なら覚めなきゃいいの。


この幸せだったあの時間がずっと続きますようにってお願いした。


そうしたら、神様は願いを叶えてくれたわ。


私のこの夢は覚める事なく、ただあの悲しい出来事が嘘だったかの様に同じような日々が過ぎていった。


そして、いったいどれだけ経ったかもこれが夢だったのかも分からなくなった。


でも、そんな永遠に変わらない日常でお兄ちゃんに出会ったの。


倒れたお兄ちゃんの手を握ったとき、すごく懐かしくって、温かいって感じて思い出したの。


これが夢なんだってこと。


今まで夢の中にいなかった、忘れてしまっていた私の本当のお兄ちゃんのこと。


ずっと何かが足りないって思ってた。


だから、あなたをお兄ちゃんにして、また3人で暮らそうとしたんだ。


ただそれだけ。






「ここにいて楽しかったでしょ? だから、これからも一緒にここで暮らそう」


リアははにかみながらそう言った。


「・・・それは、無理だよ」


「え?」


「自分には帰る場所があるし、待ってる人達もいる」


「・・・でもさ、私にはないんだよ?帰るところも、私の帰りを待ってくれる人も。人の温かさも知ったばかりなのに、夢の中でまたずっと一人。そんなの寂しいよ・・・」


「・・・だから、リアの帰る場所はお兄ちゃんが作るよ」


「どうやって・・・」


「ここの村から出てさ、一緒に住もうよ」


「でも、みんながここに・・・」


「リア、君は生きてて良いんだよ」


リアはそれを聞いた途端泣きだしてしまった。


この夢はリアが寂しさから見たものでもあり、自分だけが生き残ってしまっていた罪悪感が作ったものだ。


頭ではわかっていたとしても、自分の心がそれを許してくれない。


だから、誰かに大丈夫だと言われて救われたいんだ。


自分もそうだったから。


リアのことを優しく抱きしめて、頭を撫でる。


目を真っ赤にして鼻水を垂らしてずっと泣いていたが、気づくとつかれたのか眠ってしまっていた。


リアを抱っこしてベッドへ寝かし布団を掛けた。


しかし、この夢が終わる気配は無い。


罪悪感とか後悔は全くのゼロになるわけではないので結局最後は彼女がどうしたいのかに委ねられる。


過去にとらわれてこの夢の中に留まるのか、過去を受け入れて前に進むのか。


自分はどうなったとしてもここから出て行くしか無いのだが、あの霧の中を迷わずに帰ることはほとんどできないはずだ。


彼女は故意に人を傷つけるような使徒ではない。


昔、ここの調査に来ていた人もこの森の濃い霧を無事に抜け出すことができなかったのだろう。


最悪リアを殺すことになるかもしれない・・・。






朝日が顔を出し、辺りを明るく照らして来た。


カーテンの隙間から日が差し込み、その光でリアが目を覚ました。


体を起こして目を擦る。


「お兄ちゃん、おはよう。私、決めた。お兄ちゃんと一緒にいきたい」


リアは覚悟の決まった目をしている。


「わかった。じゃあ行こうか」


その前に部屋に戻って自分の服に着替えた。


準備を終わらせて、二人で家のドアノブに手を掛ける。


「ねぇ、どうしたの?」


突然後ろから声をかけられた。


振り向くと母が不思議そうに立っていた。


「2人してそんな格好してどこか行くの?」


・・・まずい。そう感じた。


リア作った夢の中の住人は夢が終わらないように、彼女を止めようとするかもしれない。


「早く、逃げよう!」


俺は手を取って、無理矢理にでも家から出て行こうとした。


「待って!!」


リアが大きく叫んだ。


「大丈夫だから」


彼女は冷静に一歩、また一歩と母親に近づいていく。


「お母さん、私ね・・・ここから出て行こうと思うの。まだまだ自分の知らないことがたくさんあるし、自分から逃げちゃいけないって分かって・・・。だからお母さんにはもう会えなくなっちゃうけどね、お母さんはそれでも大丈夫・・・かな?」


「・・・えぇ、大丈夫よ。それはリアの決めたことなんだから・・・。でも、最後にお母さんのわがまま一つだけ。リアのこと抱きしめたいな。」


「うん、わかった」


リアは涙を流し、母親の胸元ヘ飛び込むように抱きついた。


母親も娘を離さないように、しっかりと、でも優しく抱きしめている。


「・・・あったかいわね」


母が呟いていた。


その光景を俺は一人でただ眺めるだけであった。


二人の抱擁が終わって、リアと家を出る。


彼女は中から手を振るだけ。


自分の存在が消えてしまって娘にも会えなくなるにも関わらず彼女は母親としてあり続けていた。


それを見ていて俺は何だか嬉しくもあり、それと同時に悲しい感情が湧き出てきた。


もう自分のお母さんには会えないからだろうか。


・・・よく分からない。


「お兄ちゃんは、家族っているの」


「今は居ないかな、幼馴染と二人で暮らしてる」


「そうなんだ・・・。何だか私たちって似てるね」


リアはクスッと笑った。


それにつられて笑ってしまった。


森の中を歩いているうちに霧が濃くなって来た。


道もだんだん荒れてきて、現実に近づいていることが分かる。


「リア、手は絶対に離さないでね」


「うん」


リアも強く手を握って、一緒に前へ進む。


1メートル先も見えない霧を歩くと、突然止んで強い光が差し込んだ。


それに当てられて俺は倒れてしまった。






ガタガタと揺れている。


強い揺れが来て、それに驚いてしまい寝ぼけていた体は完全に目を覚ました。


「ん・・・あれ、ここは?」


「やっと起きましたか、僕ですよ。一週間経っても連絡の一つもよこさなかったので様子を見に来ました。そしたら、あなたとそこの子供が森の前で倒れてたんですよ」


馬車を運転していたフリッツが教えてくれた。


隣に目をやると、そこにはリアがスヤスヤと眠っている。


「あ~そうか、帰ってこれたなら良かったわ」


「あと、森の霧が無くなってたんですけど。誰が使徒だったんですか?」


「・・・この女の子だよ」


「えっ!なんで殺さないんですか?」


「だって子供だぞ。それに約束したからな、家族になろうって・・・」


「はぁ?何言ってるんですか、そんなの大司教様が黙っていませんよ」


「まぁ、何とかやるからさ見とけって」


「いいですけど、退職とか火刑ってことにはならないで下さいよ。同期で仲いいのアルフレートだけなんですから」


3人で教会本部ヘ戻るのであった。



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グリノワール アント @aunt

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