第5話 最後

ここから逃げられないのなら彼女が何をしようとしているのかを突き止める。


これが今の自分に出来る精一杯のことだ。


見たことの無い彼女の部屋の中。


今まで絶対に入らせてはくれなかった。


自分の部屋を男に見せるのは恥ずかしいだけなのかもしれないが、そこには何か手掛かりがあるかも知れない。


しかし彼女は自分のことをずっと見ている。一番安全なのは恐らく夜。


彼女が寝静まった頃を見計らって起こさないように抜け出す。


そのくらいしか思い付かなかった。


実行日は今日、あと5時間くらいだろうか。


ここで食べる食事も今回で最後になるのだろうか。


途中からは不信感が芽生えてしまい何も感じていなかったが、今思うと何処の誰かも分からない人を家に上げて温かい食事や寝床を与えて家族として迎え入れてくれるような人達はこの世にどのくらいいるのだろう。


こうやって食卓を囲むこともとても懐かしいような気がして、嬉しくて、騙されててもいいからこの2人と一緒に居たいと思ってしまった。


涙が一粒溢れてしまった。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


リアがそれに気がついて心配そうに見つめる。


俺はそれを右手の甲で拭き取り、作り笑顔で


「・・・いや、なんでもないよ」


そう返した。こうしてここでは最後になるであろう食事が終わった。


今日はいつもよりも少しだけ美味しいような気がした。


もう寝る時間になり、辺りが静かになった。


静かになるほど、自分の心音がだんだん大きくなっていって、いつか他の人にも聴こえてしまうようなそんな感じがした。


ベッドに入ってから少しするとリアもベッドに入ってきた。


ここまではいつもどおりで作戦も順調に進んでいる。


あとは彼女が寝るだけなのだが、


「ねぇ、お兄ちゃん、ドキドキしてるでしょ。何かあった?」


突然こんなことを言われたもので考えていることがバレてしまったのではないかと思い、ほんのちょっとだけ驚いてしまった。


俺は急いで話題を変えた。


「リアは、兄ちゃんのこと好き?」


「うん、好き」


「そっか・・・」


なんでこんな変な話題にしてしまったのだろう、少し前の自分を責めたくなる。


「・・・だから、お兄ちゃんはどこにも行かないでね」


「・・・」


返事はできなかった。


これから俺はリアのことを裏切るようなことをしてしまうから。


何分間の静寂の後、彼女が眠っているのに気がついた。


起こさないようにゆっくりとベッドから抜け出し、部屋を出て、リビングに掛けてあるランプを手に取り、彼女の部屋のドアを開けた。


普段は気にならないドアの軋む音が工事現場の騒音の様に感じる。


ランプに灯りを付けて、部屋を覗き込んだ。


年季の入った勉強机、その上に無造作に置かれている本、ベッドに横たわっている人形。


古臭いことを除けば至って普通の子供部屋であった。


「・・・やっぱりなんでもないじゃないか」


今までの悪い夢も、あの母親の不気味な行動も、リアの冷たい目も全部気のせいだった?


・・・全部気のせいだったのだ。


自分の疑心暗鬼から生まれた妄想だったのだ。


そう思うことにした。


ここでの生活も楽しいのだから。


もう記憶が戻らなくなったとして、何も困らないだろう。


そう思い部屋から出ようとしたが、好奇心が抑えられる訳もなくほんの出来心で、積み上げられた本の一番下にあった彼女の日記の中身を覗いてみることにした。


人は他人の秘密を知りたい生き物である。


少しだけ罪悪感はあるものの、日記を手に取って椅子に座り、ページをめくって行った。




1456年 ◯月×日

きょうは、おとおさんがもじのよみかきのれんしゅうにといってこのにっきをくれました。すごくうれしかったです。




思わず驚いてドタンと傾けて座っていた椅子のバランスを崩し、倒れてしまった。


自分の無くなっていた記憶が戻ったからだ。


彼女の日記は自分の記憶を思い出させるのには十分過ぎる衝撃があった。



─さっきの倒れた音に気が付いたのか、誰かがこの部屋に近づいてくる。


ドアを開けて入って来たのはリアだった。


「えっ・・・何をしてるの?」


驚いたような顔をしてこっちをみ見ている。


俺はすっと立ち上がり、椅子を戻して座った。


「・・・君がアルベールの森を霧で包んだんだろ」



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