エピローグ 



 「………あいてっ!!」


 尻から衝撃が走った。冷たいコンクリの地面を直に感じ、ケツの骨が割れるように痛む。思わず手を後ろに回し、そっとさすった。


 …コンクリ?


 地面を触る。鉄ではない。

 俺のいる場所は路地裏。鉄の扉を見つけた路地裏だった。


 周囲を見渡す。雑踏が耳に届く。ビルの谷間を縫って人々が歩いている。聞き慣れた車のエンジン音、街路樹を揺らす風。


 どうやら俺は元の世界に帰ってきたらしい。


 「どうしてだ。メガロイドどもに殺られたと思ったが…」


 自分の身体に視線を走らせる。腕も脚も無傷。痛みはさっきの尻の打撲だけ。血の匂いもない。

 

 夢、だったのか…。


 いや、あの戦いのヒリヒリ感、太郎丸の声、飛び散った血潮。


 すべてがリアルだった。現実の感覚だった。


 なら夢じゃない。きっとあれは現実だったんだ。もう一つの世界の現実。


 

 ──あまりに残酷な現実だ。



 仲間は命を賭して戦い、血を流し、希望を託した。それが結局、ただの機械仕掛けの悪戯で終わるなんて。


 胸の奥がひりつく。吐き気を催すほどの空虚さが広がる。


 「くそっ……」


 その時、不意に脳裏に声が蘇った。


 

 『…そうか。俺は啓太郎の日常の方が羨ましいよ』



 太郎丸の言葉だ。

 ハッキングの時、太郎丸が語った言葉。


 

 『希望だと持て囃され、危険を強いられ、ずっと走り続けることがどれほど大変か。どれだけ苦痛か! 実を言うと……世界を救うなんてどうでもいい……興味がない。俺は疲れたんだ』


 ──そうだよな。


 疲れるよな。


 お前の言う通り、最悪だったよ。


 結局のところ、やっぱり平和より優先されるものなんて無い。世界を救うとか救世主だとか、そんなの漫画や映画、フィクションの中だけで充分なんだ。


 退屈で、不満だらけの世界だけど、繰り返されるこの日常こそが、何より尊いんだと俺は気付かされた。


 

 …けれど、何故だろう。



 

 『訳も分からずこんな世界に生まれ落ちて……ずっと最悪な気持ちだったけれど…最後の最後は………この世界も………愛おしく……感じる…よ………………………』

 


 

 何故、太郎丸は最後にあんなことを言った?



 あいつは世界を恨んでいたはずなのに、最後には世界に感謝し、尊ささえ覚えながら死んでいった。その最期の表情は、どこか満ち足りた様子だった。

 

 あんな世界でも、太郎丸は確かに生き抜いた。 太郎丸だけじゃない。仲間たちも同じように、それぞれの生を全うしたのだ。



 ──もしかすると、どんな世界にも糞ったれな側面と、愛おしい一面が同居しているのかもしれない。


 俺の世界が優れているわけでも、劣っているわけでもない。きっと「良い」も「悪い」も、それを定義するのは生き抜いた者だけにしか分からない。


 きっとそうだ。



 なら俺は───



 『幸せだ。こんなに血を流していても…とても幸福に感じる」


 

 俺は───


 

 「本当にありがとうな……太郎丸」



 ポケットにあった馬券をやぶり捨てる。 

 



 「あーあ…。もう少し真面目に生きてみるかな」



 

 俺は立ち上がり、薄暗い路地裏から出ることにした。


 



 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

結局は機械仕掛け 雨漏り球団 @shinya3086

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ