最終話 結局は機械仕掛け






 レクエルドスの胴体と腕部分は消滅し、顔の付いてある上部分だけが地面に叩き落とされた。


 「や、やった…!」


 俺はJO7の頭部を抱えながら、その場に崩れ落ちた。手が震えている。これは恐れからじゃない、歓喜の震えだ。


 「やったぁ! ざまあみろ! 俺の勝ちだ!!」


 俺は叫んだ。レクエルドスを指差し、目一杯の声を上げた。

 切り離されたレクエルドスの顔が、静かに此方を見つめていた。悔しそうな顔にも見えて、俺は心底嬉しかった。


 『驚きました。波動砲を使うとは』

 

 「最後の手段だ! 波動砲の使い方を事前に聞いておいて良かったよ。………あ」


 はっとして、太郎丸の方へ駆け寄った。

 喜びで忘れかけてた。

 血の匂いが強くなると、彼は血をどくどくと流しながら倒れていた。かすかに息をしているが、もう──


 「おい! しっかりしろ! 起きろ!」

 

 抱き起こすと、温かい血が腕を濡らした。


 「起きてるよ………もう眠たくなってきたが」

 「死ぬのか…?」

 「…ああ。そうみたいだな。死んでいった奴らも、いつもこんだけの血を流していた」


 太郎丸はゆっくり視線を下ろし、自分の身体を見ながら、かすれた声で続けた。


 「…あのメガロイドは? どうなった?」

 「倒したよ。真っ二つだ。まだ意識はあるみたいだが」

 「…そうか。ちゃんと聞いておけよ、鍵のことを。お前の言う通り、あいつはマザー・フロンティアのことを何か知ってそうな気がするしな」

 「ああ。分かった」

 「……ふっ…マザー・フロンティア………か」 


 自嘲気味に笑う太郎丸。


 「やっとたどり着いた。何人もの犠牲を払って……やっとここまで……。ゴールだ。ここがゴールだ………俺は行けないけれど、啓太郎は行ける……。バトンを繋げられた」

 「ああ、ありがとう。俺が変えてやるよ、世界を」

 「…ありがとう……そうか……やっと分かった。何故…最後に翔があんなことを言ったのか」


 翔───そいつは確かアジトで死んだ仲間の一人だよな。最後に何か言葉を伝えていた。俺は聞こえなかったけど。


 「……人は生きて死ぬだけ……その限り……その程度の存在だ。だけど役割を俺たちは持てた…俺は全うできた……使命を託すことができた。幸せだ。こんなに血を流していても…とても幸福に感じる」


 目が虚ろになり、遠退いていく。


 「訳も分からずこんな世界に生まれ落ちて……ずっと最悪な気持ちだったけれど…最後の最後は………この世界も………愛おしく……感じる…よ………………………」


 声が途切れる。瞳からは完全に光が消えており、温もりが失くなっていく。もうこの世から旅立ったようだ。


 「…本当にありがとうな。太郎丸。お前らのことは忘れない」


 そっと遺体を置いて、懐から太郎丸の持っていた鍵を取り出した。鍵を自分のポケットに入れ、レクエルドスの方へ向かった。

 

 「おい! クソ機械! 教えろ、鍵の在処を!」


 倒れたレクエルドスの頭を強く蹴った。

 すると、ブゥンと低い音が響き、青白い光が輝きを増した。


 『ものを頼む態度じゃありませんね』

 

 「マザー・フロンティアに行くための鍵、もう一つの鍵はどこにある?」


 『マザー・フロンティア…。貴女たちはそう呼んでいるのですね。面白い』


 「教えろ!」


 『鍵などはありませんよ。あなたの持っている鍵だけで事足ります』


 咄嗟にポケットから鍵を取り出す。


 「でも太郎丸は開けられないって」

 

 『扉の認証には鍵ともう一つ、暗証番号が必要なのですよ』


 「暗証番号?」


 『鍵をよく見てください』


 「あ?」


 鍵に目を向ける。

 

 『じっと見てください』


 鍵は小さな楕円型で、表面に細かな配線が刻まれ、微かに緑色の輝きを発していた。

 その美しさに魅了されながらも、目を凝らして眺めていると、その配線がだんだんと数字を象っているように見えた。

 

 FD……24


 そう書かれている気がした。


 「FD24…そう見える」


 『当たりです。その記してある番号を扉に打てば良い』


 「そうか。でもずいぶん物分かり良いな。敵に教えてくれるなんて」


 『私は役目を終え、既にあなたはたどり着きましたから』


 たどり着いた…。


 『それでは私は…信号を受信できなくなりましたので…シャットダウンさせて頂きます…』


 目から光が消え、レクエルドスは機械の残骸へ変わった。


 「…行くか」


 俺はゆっくり歩き出し、森の奥へと向かった。





 *




 

 茂みをかき分け、前へ進む。石造りの細い橋を渡ると、湿った苔の匂いと足裏にひんやりとした感触が伝わった。


 さらに奥へ進むと、ピリッとした感覚が走り、何か空気が変わった。


 開けた場所に足を踏み入れると、木々の隙間からの光を受け、そこだけ異様な明るさに包まれていた。


 その中心には、鉄で覆われた扉がぽつんと立っていた。


 それもまた異様な雰囲気を漂わせている。

 これがマザー・フロンティアへの扉だというのか?


 そういえばどこかで見たことがある。見覚えがある。


 どうしてだろうか。


 思い出そうとする脳裏を、焦燥がかき消した。

 一刻も早く開けなければ──その衝動が頭と身体を支配した。 

 手を動かし、鍵を握りしめた。


 扉の前に立ち、丁度楕円形のくぼみがあったので、そこに鍵をはめる。

 次に暗証番号が必要なので、扉の表面に目をはしらせると、中央に淡く光る小さなパネルがあった。

 そこに指を触れると、静電気のような痺れとともに、数字入力画面のようなものが浮かび上がった。


 F、D、2、4…


 俺は暗証番号をゆっくりとタップしていく。

 全て打ち終えると、扉が動き始めた。


 低い呻き声のような音を上げながら、厚い鉄の扉がゆっくりと割れていく。


 間から白い閃光がキラリと溢れだし、光はあたりを包み込んだ。


 まるで祝福の光だった。

 ここまでたどり着いた俺を、天が祝福しているように感じた。

 

 マザー・フロンティア── 


 全メガロイドを支配する中枢システムがあり、世界を人間主体に変えることができる、希望の部屋だ。


 「……ここまで来た」


 色んなことがありながらも、やっと俺はここまで。

 

 29年生きてきて、こんな経験はできなかった。まるで物語の主人公のような経験だった。最高の時間を過ごした。




 というのに何故だ。




 何故、俺はこんなにも胸をざわめつかせている?


 まだ満足していないのか。まだ足らないのか。

 いや、違う。

 この胸のざわめきは、不安から来ている。

 自分でも知覚できない、とびっきりの不安。

 

 ゴールにたどり着いたというのに、何が不安なんだ。何を不安なんだ。


 俺は、俺自身に問い掛ける。



 ゴール…。



 そうだ───ゴールだ。



 芝生の青い匂いと、屋台からの香ばしい匂いとを鼻に感じながら、夏の日差しを一身に浴び、スタンドに俺は座っている。


 横には新聞を握り潰さんばかりに丸め、目を血走らせているじじい。その隣にはデートに来ているらしいカップル。スタンドは歓声とざわめきで揺れている。


 俺の選んだ馬は、オッズも三桁に迫る、大穴中の大穴。調教欄に目を通した時から気になっていた競走馬。

 美しい黒鹿毛の毛並み。余分な肉のない腹回り。鍛え抜かれた四肢。

 パドックに現れた瞬間、今日は調子もかなり良さそうだった。


 勝利を確信していた。


 レースが始まる。俺の馬は好発を決めた。

 前半は控えつつ、向こう正面でじわりと進出。先頭に躍り出た。俺の読み通り、あの馬こそ今回の主人公だった。


 風を切って走る。

 このまま行けば、万馬券だ。

 

 だがゴール手前、スピードがどんどん落ちていく。持久力が致命的に足りなかった。一頭、二頭と追い抜かされていく。必死で追い付こうと頑張るけれど、徒労に終わった。



  

 そうだった。




 いつも俺は肝心なことを見逃してしまっている。爪が甘く、最後の最後、ゴール手前でいつも取り逃す。

 ギャンブルの時だけじゃなく、人生、俺の人生そのものが、そんな風に出来ていたのだ。



 いつもだ。



 いつもそうだったんだ───






 

 扉が開き切る。








 『さあ只今、人間が一人ゴールを迎えました! スタッフに鍵を確認して来て貰いましょう。扉に付いてある鍵ですよ。おおっと、確認して貰ったところ、人券番号はFD24でした!! お手元の人券番号と照らし合わせてください! 今回のオッズは84.4倍。もしも合致していれば、巨額の配当が貴方を待っていることでしょう!! 如何だったでしょうか? 鍵を人間たちの住むエリアにばらまき、誰が一番早くここまで持ってこれるかハラハラドキドキの大レース! 楽しんで頂けたでしょうか? 第158回錬精賞、今回は前大会優勝者の敗北など、様々な波乱を見せていましたが、なんとか無事に終わりました。それでは、次回もお楽しみにしていてください!!』

 




 目の前にはドームのような空間が広がりを見せ、スタンドのような場所から無数のメガロイドが俺を見下ろしていた。


 笑い、泣き、怒り、嘆いている。


 なんと表情豊かなメガロイドたちであろうか。今まで見てきた機械とは到底思えない姿をしていた。




 『さあ人間、大人しくしろ。メモリーを消去し、また繰り返すぞ』


 

 前からスーツを着たメガロイドが来る。

 俺を始末するみたいだ。

 


 『…ん? どうした? 何を持っている』



 ──持ってきておいて良かった。


 JO7の頭部をメガロイドどもに向け、一心不乱に発射した。



 

 『──こいつ!! 対地上等官を呼べ!! この武器は、ドーム用の型落ちメガロイドだが、他の機体に比べれば殺壊能力は高い!! 早く呼ばなければ、被害が甚大に!! やむを得ん』




 機械どもの壊れる音が聞こえる。


 部品の外れる音。金属のえぐれる音。配線がちぎれる音。信号が途絶える音。基盤が崩れていく音。鉄の割れる音。逃げ惑う音。嘆く音。


 この空間に無慈悲に響き渡った。




 『20体の対地上等官よ、多次元的波動兵器の使用を認める。排除しても構わん!』




 だから言っただろう。俺はそうなんだ。


 最後の最後、ゴール手前で、いつも取り逃すんだ。




 『発射!!』





 あと一歩のところだったのになぁ───




 

 



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