第10話 戦い



 俺の人生はいつも惜しいところまでいく。

 

 あと一歩のところで、いつも最後にやらかして、台無しにしてしまう。何でもそうだった。

 

 だから諦めた。全てを放棄して、俺は平静を保っていた。


 人生はこんなもの。


 そう思ってたのにな───




 *


 

 

 『──2体の初期化を試みる』


 

 レクエルドスがそう言って、此方を一瞥した。


 「2体…俺のことを認識してるようだな」

 「…ああ。だが…まだ完全には認識できてねぇみたいだ」

 「何故わかる?」

 「…なんとなくだが、根拠は目の動きだ」


 レクエルドスの方をよく見ると、目の奥、機械の光が微かに瞬いていた。薄くなったり、濃くなったり、まるでピントを調節するカメラのようだった。

 

 「まだアドバンテージはある…。しかし、悩みはもう一つの鍵だな。扉を開くための、もう一つの鍵」 


 鍵か…。 

 

 「なあ、一個考えたんだけど、あいつが持ってねぇかな?」

 「レクエルドスが?」

 「こういうのって、扉に立ち塞がる番人とかが持ってるものじゃん。RPGとかではお決まり」

 「…そう都合良くいくか?」

 「可能性の話だ」


 その時、ピコピコと声が低く響いた。

  

 『いきますよ』


 レクエルドスが来る。

 

 さっきと同じ速度──いやそれよりもずっと速い、稲妻の速度で奴は来た。


 爪が閃光となって迫る。

 

 なんとか避けようとするも、爪先が頬をかすめ、焼けるような熱が肌を襲った。


 熱っ…


 と言っている暇もなく、二撃目が繰り出される。

 次の標的は太郎丸だった。グルリと首を回し、レクエルドスは爪先を向ける。それを察知してか、太郎丸は島の奥の森へ入っていった。


 レクエルドスも森へ後を追ったので、俺も森へ足を踏み入れた。


 森は深い闇が広がっていた。あたりが見えにくく、剥き出しになった根っこに足を取られそうになる。


 …気を付けないと。


 そう思い歩いていると、何か音が聞こえてきた。枝を裂く不快な金属音。


 「来るな!」


 音を頼りに近付こうとすると、太郎丸の叫びが闇を裂いた。


 次の瞬間、前から白い玉のようなものが周辺の草木を薙ぎ払いながら迫ってきた。ギリギリの間合いだったが、なんとか避けられた。


 あれは波動砲。太郎丸が言っていた、メガロイド特有の対人間兵器。全てを消し去る光砲弾ほうだんか。


 「そっちに行ったぞ!」


 また叫びが。

 前方からレクエルドスの巨大な影が方向を変え、今度は俺に突進してくる。


 木々を盾にして、必死に身をかわす。それを何度も食らわせられる羽目になり、その度に避けた。


 ちくしょう。防戦一方だ。


 「こっちだ! 俺に来い!」


 横から石が放り込まれる。太郎丸が投げたんだ。だが小さな攻撃、レクエルドスには何も効いていない様子だった。


 「石には当たるのか…」


 太郎丸が暗がりから顔を出した。レクエルドスの動きが止まり、太郎丸を見た。


 『私のセンサーは優秀でしてね。攻撃を解析して、防ぐべきか、避けるべきかを算出してくださるのですよ』


 「…こんな攻撃屁でもねぇってか。腹の立つ機械だ」


 『さあまだまだ続きますよ』


 レクエルドスの猛攻は止まらない。

 俺たちはなんとか避けるしかなかった。


 枝を折り、土を蹴り上げ、森中を右往左往する。慣れてきた視界と機械音だけを頼りに動き、奴の攻撃から身を守っていた。

 

 だが人間には体力がある。いずれ尽きる。

 それは機械より、早く尽きる。


 このままではいけない。守るだけじゃなく、攻撃をしないと。

 でもどうすれば? 

 奴に攻撃は効かない。強い攻撃も避けられる。ハッキングもできない。島から逃げ出すのも困難。

 どうすればいい?


 あ、駄目だ。肺が熱い。息も荒くなってきた。


 すると根の隆起した部分に足をとられ、俺はバランスを崩した。こけてしまった。


 「…あ」


 息を呑む暇もなく、慈悲も無いレクエルドスの攻撃が闇の中放たれた。


 死んだ──


 そう思った時、目の前に影が通った。速い。

 影の正体は太郎丸だった。俺の前に出て、代わりに血を流した。爪の攻撃から守ってくれたのだ。


 「おまっ!」


 どくどくと肩から血を流す太郎丸。


 『代わりに血を流したのですか』

 

 「…気にするな、啓太郎。これでいい。使いたくなかったが、切り札を出す…!」


 『何を言っているのですか?』


 どすんどすんと音がする。背後から木が倒れるような鈍い音が聞こえた。

 ぐおおおっ──という地鳴りのような唸り声が響いた瞬間、トカゲのような四足歩行のメガロイドが闇を切り裂き現れた。そして躊躇なく、レクエルドスの胴体に食らいついた。


 『何ですかこれは。この型は都市・空中で運用する、殲滅型メガロイド──JO7』


 JO7。


 ここまで俺たちが乗り継いだ、トカゲ型のメガロイドだった。島の前で待機していた機体がここまでやって来た。


 『なぜです? 攻撃をするのです? メガロイドが人間を守るだなんて』


 「…プログラム命令を付け加えておいたんだ。俺がメガロイドの攻撃で血を出した時、そのメガロイドに攻撃を加えるってな」


 やったぞ。

 形勢逆転だ。


 JO7の牙は鋭く、装甲を噛み潰す勢いで力を込めていた。鋼がギリギリと悲鳴を上げていた。奴にダメージを与えられているように思えた。


 『ですが』

 

 レクエルドスは爪を突き立て、JO7を容易く引き剥がした。


 「トカゲが……!」

 

 その後の動作は素早かった。

 音を置き去りにしたスピードで爪を動かし、JO7を切り裂いた。ネジや駆動部分といった金属の断片が宙を舞い、頭部分が俺の近くに落ちてくる。


 あと一歩のところで。あと一歩のところだったのに。


 『まあこの程度ですよね』

 

 「…ぐはっ!」


 そのままの勢いで、太郎丸の方へ攻撃を加えた。金色の爪がより赤く染まり、腹からぽたぽたと雫を落とした。


 『切り札はもう終わりましたよ。残念でしたね』


 「…………はぁ……ああ……終わりだ」


 『可愛そうです。それじゃあ生命活動を終わらしちゃってください』


 「……………切り札はな」


 『?』


 前に出る。


 JO7が周りの木を倒してくれたおかげで、差し込む光があり、前方をくっきりと照らした。レクエルドスの姿がよく見えた。

 そしてそのまま近付いた。

 その胴体に、息がかかるほどの距離まで近付いた。先ほどJO7が噛みついていた胴体部分まで。


 確かに俺は捉えていた。


 『なんです?』


 まだレクエルドスは気付いていない。

 ここにきて、俺のアドバンテージが活かされた。


 さあ、切り札の番だ。





 ────数時間前




 

 「…まあ作戦としては、もしメガロイドがいたら逃げる。そもそも会わない。最後は運にかける…だな」

 

 jo7に乗る前に、太郎丸が言った。

 戦わず、逃げるのが一番良いってことだな。

 少しつまらなく感じる。


 「それしか出来ねぇか」

 「…十分だ」

 「でもメガロイドと戦わざるを得ない時はどうする? 最悪のパターンは考えておくべきだ」

 「…その時はこいつで」


 太郎丸はJO7の鋼部分をこついた。

 

 「プログラムを一部追加した。もしも俺が血を流したら、メガロイドを襲うってな」

 「なんだよ、その条件は」

 「…外部からのプログラムはロックがかかる。JO7にハッキングして可能な最大の命令は" 飛ぶこと" 、" 噛むこと "。それくらいだ。他の機能はほとんど使えない」


 他の機能…。


 「じゃあ、他の機能が使える時っていつになるんだ?」

 「…そうだな。ロックが解除された時──例えば、中枢コンピューターからの命令は下るか、もしくは機体が使い物にならなくなった時とかかな?」

 

 


 ───そう。

 そして現在、バラバラに分解され、使い物にならなくなった。


 だから使える。

 JO7の持つ、特別な機能。



 波動砲だ。



 

 『いつの間にいたんですか』 




 レクエルドスがやっと気づく。

 自分の懐まで到達されてしまってはもう遅い。 

 

 遠方からの射撃はセンサーで避けられる。ならゼロ距離だ。ゼロ距離は、俺だけが近付ける距離。俺だけの領域。



 「生命活動を終わるのはてめぇの方だったな」


 『やられました』



 俺はJO7の頭部を装甲に当て、撃鉄を起こし、波動砲をレクエルドスに放った。


 静かな発射音が森中をこだました。


 






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