第9話 レクエルドス




 島に降り立った。

 トカゲ型のメガロイドJO7から足を下ろすと、やわらかい土の感触が靴底に伝わってきた。


 目の前には一面の花畑が。色とりどりの花が元気に咲き乱れ、鮮やかに、喜びを謳うように生き生きとしていた。

 無機質な機械仕掛けの背景と並ぶことで、この島の異様さがより際立った。


 ここがマザー・フロンティアか。

 想像していた場所とは違ったな。

 中枢システムと言うからもっとこう……ロボアニメに登場する指令室みたいな場所がイメージにあった。


 「…なあ」


 隣の太郎丸に声をかけようと見上げると、彼は目を見開き、息を飲んでいた。視線は花々に釘付けであり、じっと静止していた。まるで初めて遊園地に来た子供のように、景色に見惚れていた。


 「おい!」

 「…あ。すまない」


 大声を出して、やっと正気に戻った。

 

 「どうしたんだ? 呆けていたけど」

 「…ああ。初めて見る景色で驚いていた。本の挿絵で眺めていた、自然の世界そのままだったから」

 

 初めて…。

 無理もない。あんな機械だらけの世界で育ってきたのなら、草一本、花一輪すら見たことのない筈だ。


 カルチャーショックというやつかな。なら興奮も収まらないに決まっている。しばらく眺めさせておいてやるか。

 

 


 ──ギギッ!!




 すると突然、花畑を引き裂き、聞き慣れた機械音が空気を震わせた。無惨に花々が散り、その中から巨大な影がゆっくりと立ち上がった。

 メガロイドだ。それもかなり大きい。桁違いだ。俺の身長の倍以上はある。


 巨大な体躯から、長く鋭い爪をしのばせ、ぎらりと輝かせていた。全てを切り裂き、命を狩り取るような暴力性を強く感じた。


 しかも胴体には脚が付いておらず、地面から数寸ほど浮いていた。


 「…メガロイドか」

 「まあいるわな。敵の本拠地だもの」

 「…だが、あの型は見たことない。こいつは…」


 その瞬間、機械から流れ出たのは、言葉にならない言葉。


 『A395788.^●N.489260 + "9999999" + " ? "』


 「「は?」」


 俺たちがポカンと口を開けたまま、驚いた表情をしていると、そのメガロイドはノイズを漏らし、声色を変え始めた。


 『ああ───失礼しました。人間語にコンパイルするのは初めてでして、これで、いいでしョうか?』


 喋り始めた…


 「…なんだお前は?」

 

 太郎丸が睨み付け、低い声を出す。


 『聞かれているのは───ああ、こういう場合は、名前を答えるのでしたね。人間と喋るには久しぶりでして』


 異様なほど丁寧な口調で喋るメガロイド。

 その丁寧で、抑揚のある声とは裏腹に、能面のような無表情が不気味さを増幅させていた。



 『私は、対地上等初期官。守衛を目的としたP.3907.B28型───名を呼びたければ、レクエルドス、でしョうか』


 レクエルドス…。


 「なんだよっ、そんなカッコつけた名前付けやがって…。助っ人外国人かよ!」


 横から俺は嘲笑するように言ったが


 『あなたはどうしてこんなところに?』


 此方を振り向くこともなく、俺のことを完全に無視していた。

 無視されると、少し悲しい。


 「…ずいぶん流暢に喋るな。メガロイドは会話を必要としないものとばかり」


 『私たちは人間を模したロボットですから、無駄なこともするんですよ。それに、鍵のことも訊ねないといけませんので』


 鍵──


 それはマザー・フロンティアに行くためのアクセスキーのことだろう。


 「鍵……」


 その単語を聞いて、太郎丸は思わずコート越しに胸を触った。


 『なるほど。隠し事は視線や行動に表れると、人間基本定義書Fデータベースに載っていましたが、どうやら事実のようですね。鍵は、あなたが持っている』


 鍵の場所がバレてしまった。


 「…だからどうした? やはり、メガロイドどもにとって、鍵は重要な物なんだな。鍵の指し示す先に、不都合なものでも眠っているか?」

 

 『…………愚かですね。本当にあなたたちは。なのに増える。気付くと子作り。気付けば繁殖。だから困るんですよ、初期化をする身にもなってください』


 「…初期化だと?」


 『つまりは排除するということです』

 

 レクエルドスは爪をギラリとさせ、俺たちの方に一直線に来た。爪が大地を削る。花弁が空中を舞い、ヒラヒラと落ちる。

 避けるのが一瞬でも遅れれば、俺の身体も木っ端微塵だっただろう。考えるだけで背筋が寒くなった。


 『避けましたか』

 

 速いな…。

 このメガロイド、普通の機体とは違う。人間を殺すために作られたようだ。


 大地に刺さった爪がまた動き出す。攻撃がまだ続く。俺は身体をひねり、レクエルドスから離れようとしたが、奴は俺を見向きもしなかった。


 狙いは太郎丸だった。爪は太郎丸の持つ" 鍵 "に焦点を定めているようだった。獲物を定めた獣畜生のように、攻撃は一点に集中していた。


 「…花畑に隠れて、身を隠すぞ!」


 紙一重でなんとか攻撃を避けながら、太郎丸は叫ぶ。俺は彼と同じように花畑の影へ身を投げた。


 そして進んだ。


 『やれやれ。人間のCPUの限界ですね。姿を隠しても無駄だというのに、此方には人間の姿形を捉える機能が────』


 突如、言葉が途切れた。

 レクエルドスは目をぱちつかせ、微かに光が薄くなる。機能が停止しかけていたのだ。


 それはなぜか。


 俺だ。


 俺がやったのだ。



 「…よし! うまくハッキングできたな!」



 俺は奴の目の前まで来ていた。そして神経回路にアクセスした。巡回型メガロイドをハッキングするように、この端末を使って。


 レクエルドスがガタガタと揺れる。

 

 『何故。どこから。人間は一体だった。筈ですが』


 やはり、そうだったのか。

 太郎丸と話した通り、レクエルドスメガロイドには俺が見えていない。


 



 ─────数時間前




 

 「その前に聞いてほしいことが」

 「なんだ?」


 太郎丸の方へ向こうとすると、彼は端末を俺に当てた。コードを機械に差し込むように。


 「おい。何してるんだ?」

 「…機械ではないか」

 「人間だよ! 何これ、喧嘩売られてるんか?」

 「…そういうわけではない。やはり人間か……なら何故だ、うぅむ」

 

 顎に手を置いた太郎丸は、その場で何か考え込んだ。

 なんとなくその考え込んでいる内容に俺は気付いた。


 「もしかして、どうして奴らが俺を認識しないのか、疑問なのか?」

 「…よく分かったな」

 「俺も何でだろうって思っていたしな」

 

 ──認識。


 俺はこの世界に来てから、一つだけ、疑問に思っていたことがあった。


 メガロイドに俺が認識されていないんだ。


 最初に通路でメガロイドに出会った時も、よく見ると、銃口は地面を向いていた。俺を狙っていなかった。

 

 そして二回目、巡回型メガロイドに近寄った際、目の前にいたにも関わらず、俺のことを無視しやがった。


 他のメガロイドも同じだった。


 奴らは何故か俺だけを認識していない。まるで世界に存在していないみたいに。


 世界………?


 「あ、もしかして俺がこの世界の住人じゃないから?」

 「…なるほど。データベースに無いから、そもそも認識されない……あり得るかもしれない。まだ謎は残っているが」

 

 太郎丸は納得した。


 「じゃあ俺は奴らに強く出れるな」

 「…ああ。そうだな。かなりのアドバンテージだ。ならば作戦を決めておこう。まずはこの端末で───」



 こうして、俺たちは作戦を練った。

 メガロイドと戦えるよう。メガロイドに負けないよう。



 

 ──そして現在に至る。



 

 「…やったか!?」


 花畑から太郎丸の声がする。

 

 「やれた! 上手くコードをぶっ差せた。こいつ端子が剥き出しだったぞ、馬鹿がよっ!」

 

 レクエルドスはギギギと不快な音を出して、静止した。


 「啓太郎…お前は本当に救世主だな」

 「そんなこと言ってねぇで、今のうちに奥へ行け! 鍵開けろ!」

 「…ああ」


 俺の言葉を受けて、太郎丸は走った。島の奥へ進む。




 『無駄ですよ。その鍵だけではたどり着けません』

  


 突如、レクエルドスから声が聞こえてきた。


 「こいつ…ハッキングしたのに。しかも太郎丸が作った抹消ウイルスだぞ!」


 『旧式のウイルス端末に犯されるほど、脆弱なシステムではありません。それに、内部データに支障をきたすだけではダメですよ。私自身を破壊しないと』


 「俺の声が…。こいつ、俺をした?」


 『人間一体の力で、私にハッキングすることは不可能ですからね』


 そう言いながら、レクエルドスは天を仰いだ。


 『Ⅱ型憲章、データ培養第14条第一項に則り、F.D.ライブラリに追加を申請。人間の姿形をモデル化し、一部を標準化。なお、これらの規定は一時的なものとし、排除命令を速やかに行うこと───』

 

 ぶつぶつと意味不明なことを言い始めた。

 よくは分からんが、俺の身が危ないことだけは分かる。


 ここから逃げねぇと。


 「……おい! 啓太郎!」


 太郎丸が戻ってくる。

 タイミングが神すぎる。


 「待ってたぜ! さっき、こいつに認識されちまった。だから早くマザー・フロンティアに……」

 「…認識された? す、すまない…」


 太郎丸がうつむく。

 その暗い表情で色々と察した。


 「…奥に扉らしきものはあったのだが、何度試してもびくともしなかった。この鍵だけでは足りないらしい。もう一つ鍵が必要みたいだ」

 「マジか…」

 

 

 マジか…。

 

 

 『許可を了解。只今をもって、人間2体の初期化を試みる』


 

 










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